4.無能力だったあの頃
オラクルは再びマイナスの犯罪開始のサイレンを受け、現場にやって来た。
周囲を見回し、マイナスの存在を目に焼き付けた。
(ナンバリングレッテラーさえなければ、彼らも普通の人生を過ごせたのでしょうか……)
オラクルは左手を9時の方向に向け構える。マイナスからエネルギーを集める。それでもマイナスの犯罪は止まらない。
コートが黒く染まっていく。
「バーズは宇宙の秩序を保つと言って、結局これですか」
軽く悪態を吐く。十全に事前にリモコンを渡しておいて良かったとオラクルは思った。プラスの能力も、マイナスの能力も強大で、地球人にこの試練は時期尚早ではないかと感じていた。熟す前に果実を食すように、調理途中の食材を食すように。
(ただ、十全さんがいれば世界はひっくり返る。宇宙も認める。早く覚醒を促さなければ……)
オラクルは少し焦った表情で後ろを振り返る。すると『The DECAGONAL 9』とロゴが入った車が到着した。
中からはスカイとアイリスが飛び出してきた。
「オラクルさん!到着しました!」
「私も来た!アイリスと組むなら私もいないとね」
アイリスに続いてスカイが言う。
「助かります!アイリスさんは右斜め前に、スカイさんは訓練通り私の左斜め前に立っていただければ幸いです!」
アイリスとスカイがオラクルの言う通り立つ。
オラクルは光球を構える。右手は0時の方向、左手は9時の方向。フォーメーション、反逆。アイリスのレンズで対象を捕捉。スカイの矢でオラクルを攻撃。オラクルが攻撃を増幅して跳ね返す。
意志とは異なり、反逆であれば能力者自身に負担は掛からない。アイリスには負担が掛かるが。
「捕捉しました!空にレンズを作ります!」
アイリスは装備していたレンズを空に投げる。レンズは巨大化し、空中に浮いた。
「撃つよ!」
「お願いします」
スカイがオラクルに矢を放つ。1本の矢はオラクルに近くなるにつれて増え、それらは上空のレンズへ向きを変えた。
矢がレンズに吸い込まれると、一拍おいて、様々な場所のマイナスに向かって雷のように一斉に発射された。
マイナスの断末魔があらゆる場所から聞こえてくる。
「ナイスショットです。スカイさん。アイリスさんもナイスアシストです」
「やってることは簡単だからなんとも言えないねえ」
「私はあんな巨大なレンズ初めて出せて嬉しいです!」
スカイがアイリスをよしよしする。
スカイの弓矢は捕捉さえできれば必中の武器、アイリスのレンズは対象を捕捉するレンズ。各々の能力が光っている。
(ただ、違う。これは違う)
マイナスを倒したオラクル達だったが、オラクルだけは達成感とは遥か遠くのものを感じていた。
──────
『The DECAGONAL 9』事務所にて。
十全が3人を迎える。
端末で活躍を見ていた十全はやはりメンバーファーストだった。
「お疲れ様。ゆっくり休んでおけよ」
「お疲れ様です十全さん」
互いに労いの言葉をかけると、十全は担架を持ったスタッフの指示に忙しくなった。
オラクルは事務所の部屋に入ってお菓子を食べる。
するとゴーストが顔を出した。
「珍しいですね。ゴーストさん。いつも一人なのに」
「……俺はあんたに聞きたいことがある」
ゴーストはとにかく一人でいることが多い人間だった。もちろん訓練や会議の際には集まるし、出撃でコンビを組む場合もある。が、普段過ごしているのは一人なことが多かった。
「十全の能力を知っているか?」
オラクルのお菓子を取る手がピタリと止まる。
「……ええ。もちろん」
「それを言ってくれないか」
「できません」
オラクルはゴーストに両手の人差し指をクロスさせて×の文字を作った。
「何故だ」
「プライバシーと、口にするほどのものではない、という2つの理由があります」
「我々はナンバリングレッテラーによって、あからさまに人生が変わった。しかし十全は変わっていないように見える」
「いえ、彼も変わっているはずです。もちろん、あなた方を採用して事務所を運営していますから」
ゴーストは食い下がった。
「そういう意味ではな────」
「そういう意味になっちゃうんです。十全さんは特別でもなんでもないんですよ。いや、ヒーローの皆さんが普通なら特別と言えるのか」
「言葉遊びはいい」
「本当ですよ。私は嘘が吐けないんです」
オラクルはお菓子を取る手を動かした。
「とても重要な能力です。敵を倒すこともできませんが、いるだけでいいんです」
「……抽象的だ」
「具体的には、人間の、命のありのままが十全さんにはつまっているんです。人を見て聞いて判断して、動いている。それだけです」
ゴーストがフッと笑う。
「それで言えば、能力を持たない頃の俺達ってことか?」
「そうです」
「あの何も持っていない俺達と何も変わらないってことか?」
オラクルは立ち上がってゴーストの方を向く。
「あのですね。可能性や伸びしろっていうのは、そういう意味じゃないんです。本来それらは地続きなんですよ。ある日魔法が使えるようになったとか、極端な能力を得たなんていうのは人間の可能性の外側の話なんですよ」
ゴーストは小さな頃、いじめられていたことを思い出し言い返した。
「能力を授かって、初めて得られる場所もある。あんたみたいな能力のある人間には分からないだろうがな」
「初めて得られる場所もあるのはそうかもしれません。能力があるというか、私の場合は、周りで能力者が動いているだけです。言ってしまえば、十全さんと私に、そう差はありません」
「あんたも無能力ってことか?」
オラクルはフフ、と笑った。
「いえ、私の能力は人を活かす力であって、自分が何かを成す力ではありませんということです。私はコートが無ければ居場所がありませんが、十全さんは無くても居場所がある。ゴーストさんも、きっと居場所が見つかります」
「そうかね」
「ええ。なんならこれからどうです?ちょうどマイナスが見つかりそうな空気がしてるんですが」
ゴーストは躊躇いなく返事をした。
「行くぞ」
「そうこなくっちゃ」
オラクルの読み通り、サイレンが鳴る。
部屋に十全が駆け込んでくる。
「今行けるのはゴースト、オラクルの2人だ!オラクル、すまん!もう一回現場に向かってくれ!あとゴースト。失礼のないようにな!」
「問題ありません」
「ちょうど行こうとしていたところだ」
「へ……?」
十全はポカンとしながら2人を見つめた。




