3.ナンバリングレッテラー
『The DECAGONAL 9』事務所で中継を見ていた誰もが、呆然とした。
能力上昇を授けるグレイスでもできないことをやってのけ、更には奇妙なフォーメーションによる銃の修復と衝撃波による鎮火。
最初にヒーロー達がお互いの能力を見せ合ったときですら、ここまで圧倒的なものは感じなかった。
しかし驚いてばかりもいられない。戦いが終わったということは────
「戻りました。今度は二人も連れてきました」
オラクルは気を失ったトリガーとゾーンと共に無の空間から現れた。
「お帰り。オラクル様。トリガーとゾーンも」
「十全さん。私も呼び捨てにしていただいても……」
十全は内心「こえーよ」と思いながらも堂々とした。
「……では、オラクル。あの座標の力とはなんなんだ?説明が途切れてしまったから説明し直してくれないか?」
「はい。もちろん」
オラクルは事務所のホワイトボードを使って説明を始めた。
「座標の力は大きく分けて意志、反逆、深淵、分断に分かれます。意志は能力の極端な強化。反逆は能力の向きの反転、深淵は莫大なマイナスによるプラスのパワーの発生、分断は能力の除算です」
「出撃前にX軸とY軸の話をしていたってことは、それぞれ対応した向きがあるんだな?」
「はい。意志は右斜め前、反逆は左斜め前、深淵は左斜め後ろ、分断は右斜め後ろとなります」
X軸とY軸を書いて説明する。
「厳密にはZ軸の能力やT軸の能力もありますが、説明ばかりで長くなるので省きます」
「省くんだ……」
スカイが突っ込む。
「ええ。些細なことです」
十全は少し違和感を覚えた。オラクルが説明を避けているように感じたからだ。
しかし、確かに説明だらけだとメンバーが辟易してしまう可能性もある。敢えて無視することにした。
「まあ、取り敢えず」
「敵が倒せるならなんでも良いよね」
エンドとアークが喋る。ヒーローの本質とは、敵を倒せるかである。敵を倒せないヒーローに価値は無い。その価値観が『The DECAGONAL 9』にはあった。
「……そうだな」
ゴーストも壁にもたれかかりながら言う。
「馬鹿だから分かんねえけど、敵が倒せる能力なら歓迎だぜ」
ビーストも歓迎する。事務所が活気づいて盛り上がっている中、聞こえないようにオラクルは少し寂しげな表情でぽつりと言った。
「敵、か……」
アイリスは能力で誰が何を見ているのかが分かる。オラクルの見ているものも見ることができた。が。
「……?」
無色だった。ただひたすらに無。十全も他のヒーローも自分すらも同じように見えている。まるでこの世界の生き物ではないかのような。
アイリスの視線に気付いたオラクルはフフ、と笑った。
「さあ皆さん、訓練しませんか。マイナス達は明日もやってきますよ」
「ああ訓練だ訓練。俺の能力を強化したらどうなんのか気になるぜぇ!」
ビーストや他の皆も乗り気だ。
アイリスは立ち尽くしていたが、オラクルに背中をポン、と叩かれた。
「アイリスさんも行きましょう」
「……はい!」
気のせいということにしてアイリスも訓練場へと歩みを進めた。
──────
オラクルは訓練場で7人のヒーローと訓練した。
意志のフォーメーションだけで、7人のヒーローは皆力尽きて倒れていた。
「皆さんお疲れ様でした」
息を切らして倒れているヒーロー達を横目に、オラクルはほんの少しだけ黒ずんだ自分のコートを見ていた。
(どれだけもつでしょうか)
オラクルが考えていると十全がいつものように差し入れにやって来た。
「おーいお前ら。予想通りだなあ」
「十全さん。いつもありがとうございます」
オラクルにお菓子を渡し、能力を使い切ったヒーロー達をつつきながら十全は質問した。
「オラクル。改めて聞くが、何故うちの事務所に入ったんだ?他の事務所のヒーロー達ならこんなに潰れることはないかもしれないし、個人で事務所を立ち上げれば選別もできる。何故なんだ?」
オラクルはおかしを食べる手を止め、回答した。
「実際、家に近いからというのはあります。個人で事務所を立ち上げるというのは……お恥ずかしながらその発想はありませんでした。そもそも私の前ではどの人間も同じですから」
「どの人間も?」
「ええ。どれだけ体力に自信があろうと、どれだけ能力に自信があろうと。……『0』は私と私の家族しか持ち得ない数字で、言い方は悪くなるかもしれませんが、マイナスやプラスはただ試されているだけの数字達ですから、どの事務所に入っても同じ結果になると思いますよ」
十全は周りを見回した。ヒーロー達に聞かれていないことを確認し、更に質問した。
「オラクル。君は何を知ってる?試されているとはなんだ?」
「ナンバリングレッテラーはただの事象じゃないんです。宇宙からの最初の試練のようなものです。意思を持つ者達が意思をコントロールできるか。ただ────」
オラクルは一拍置いた。
「試練は失敗でした。でも私は意思を持つ者の失敗を失敗と思いたくない。成功ばかりが正しいという世界はおかしいと思うんです」
「……何を言っている?」
オラクルは神妙な面持ちで話していたが、パッと明るく笑顔を作ってみせた。
「持論です。押し付けるつもりはありません。ですが私はそのためにやって来ました。ではこれを」
そして十全に、ガラスで覆われた手のひらサイズの小型のリモコンを渡した。
「私もいつかは制御が利かなくなる可能性があります。その時はそのリモコンのスイッチを押してください。私の着ているコートの機能が失われます」
「……」
十全は頭の中を整理した。
ナンバリングレッテラーは2025年に起こった試練。今は2026年。1年間宇宙人によって監視され、その判定は失敗。失敗ということは何かしらの事象が起こる可能性がある。それに対しオラクルがやって来た。オラクルは暴走する可能性があり、それを止める権限を与えられた。
(と、いうことか。俄かには信じ難いが……)
あのオラクルの言うことだ、と苦しくも十全は信じた。
「分かった。そしてオラクルは宇宙人、という認識でいいんだな」
「はい」
「……そうか」
十全は情報過多だ、自分の手に負えるものではない。と感じたが、オラクルという味方がいるのだから、と頼もしさも同時に感じていた。
そしていつの間にか無くなっていたお菓子を「補充する」と告げ退出した。




