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壁の向こうのB  作者: カカオ
第3章
28/53

継道のバーサーカー理論

 小鈴はひとりで喫煙所のベンチに座っている。

 タバコを吸わなくても、こうやってぼんやりするには良い場所だった。酔っ払いの男は未だに高いびきをあげて眠っている。

 と、そこへ眼鏡をかけた若い男が小鈴に近づいてきた。小鈴はぼうっとしてるせいか気付いていない。

「やあ」

「あ、増山ユニットの……増山継道さん」

 眼鏡の男――増山継道は不敵に微笑む。

 ユニットの意味を知った上で改めてこの男を見ると、たしかにユニットが家族でないことに納得する。

 なぜならこの男と最初に会ったとき、ほかにも屈強な男たちが五人ぐらいいた。もしユニットが家族なら、随分と大家族なことである。

「珍しいね。君がひとりでいるなんて。いつも大がボディガードみたいにくっついているのに」

「大さんはちょっとタバコを買いに行ってるんです」

「あー、あいつまだタバコ吸ってんのかぁ。肺によくないからやめろって言ったんだけどね」

 継道がすとんと小鈴の隣に腰を下ろす。

 小鈴は拳一個分ぐらいの距離を取る。

「大丈夫、怯えないで。もう君を狙ってはいないから」

「信用できませんなー」

「というか、狙うなと言われてしまってね。リーダーに」

「おぉ、それはそれは。よくできたリーダーでいらっしゃいますね」

「小鈴ちゃん、そんな棒読みみたく喋らないでよ。もっと楽しく会話しようよ」

「タノシイデスヨ」

「そんなにつまらなそうにしてると、バーサーカーになっちゃうよ?」

「なりませんよ。怒らなければ大丈夫って大さんが言ってましたもん」

「ふふふ、そうか。もう知ってるのかい。たしかに、つまらなそうにしたからってバーサーカーにはならないさ。けれど君はそれ以外にバーサーカーの何を知っているのかな?」

「ほえ?」

「その反応だと怒りが原因ぐらいしか知らないみたいだね」

 居心地の悪い雰囲気が小鈴と継道の周囲に舞う。もっとも継道にとっては逆だろうが。

 大はまだタバコを買いに行ったまま帰ってこない。――早く帰ってきてよ大さーん。

「怒りが原因というのも、あくまで推測でしかないんだよ」

「そうなんですか」

「そう。ただこの十六年の間、バーサーカー化した人間の誰もが心に怒りを抱えていた。それが爆発した結果がバーサーカー、そう結論付けられた。もっとも、僕もそれには賛同するけどね」

「はぁ」

 ――どうもこの人は苦手だなぁ。まだストーカーさんのほうがいいや。

 小鈴がそんなことを思っていることも知らず、継道はバーサーカーについて語る。

「だがバーサーカー症候群という名称は気に入らないね。それでは病気みたいじゃないか」

「病気ですからそれでいいと思いますけど」

「僕は病気だとは思っていない。進化だと思っている」

「進化、ですか?」

「そうさ。蓄積された怒りが世代を超え、ここに来て我々人類に進化をもたらした」

「あ、すいません。そういう壮大な語り口やめてもらえませんか。わかりにくいっす」

「……君が大と馬が合う理由がなんとなくわかった気がするよ」

 継道がやれやれと力なく首を振る。

「つまりね、弱者が自然淘汰を始めたってことだよ」

「シゼントータ?」

 余計わからないぞ、と小鈴は思った。

「進化論さ。進化し力を得たものが、進化しない者を隅へ追いやるってことだね。この場合だと、バーサーカーが僕ら非バーサーカーを隅へ追いやるってわけさ」

「弱者っていうのはどうことですか?」

「お、ちゃんと話についていけてるね。それだけでも大より見込みがあるよ。こういうことさ、弱者であればあるほど怒りを溜めやすい傾向にあるんだ。とくに人間の場合はさ。人間の弱者っていうと貧しさや社会的地位の低さがそれに当たる。そして弱者は進化しバーサーカーの道を選んだ」

「それって」

「暴力でねじ伏せようってことだね」

 継道は涼しい顔で言った。

 小鈴もさして表情を変えずに黙ったままである。

「あれ、あんまり驚かないね。大にこれを聞かせたら驚いて怒ってそりゃあ大変だったけど」

「ああ、そうですね。驚くべきかもしれませんね。でもわたし、驚いたり怒ったり寂しく思ったり、そういうのってよくわかんないです」

 ――楽しい、はわかってきたけど。

 と、小鈴は心の中で付け加える。

「はっはっは!」

 突如、継道の高笑いが轟く。

 ベンチでいびきをかいていた酔っ払い男が何事かと目を覚まし、あたりをきょろきょろするが、またすぐに眠りついた。

「君は面白いね。いやまったく、今井ユニットなんかにいないでうちに来たらどうだい? 増山ユニットは君を歓迎するよ。リーダーも喜んでくださる」

「遠慮しときまーす。琢磨さんのほうが立派なリーダーなので」

「君はうちのリーダーを見たことがないだろう。二代目増山ユニットリーダー、増山啓造を」

「見たことないですねぇ。二代目は大抵しょぼいと相場が決まっていますから興味ないですけど」

「可愛い顔して辛口だね君は。その辛口を甘口にするためにも、ぜひ一度増山ユニットに来てくれないかな」

「いえ、わたしはボーカルですから。辛口でも甘口でもありません」

「ボーカルねぇ。ここでバンドなんかやってたって意味がないと思うけどね」

 そのとき――

「くぉぉぉおおおらああああ――――――――――――――――――!」

 という狼の遠吠え級の絶叫が発せられた。

 音源のほうを向くと、大が化物のような形相でこちらに向かって駆けている。 

「てめえ継道、小鈴に何かしてねえだろうな!」

「また騒々しい登場だね大。もっとスマートに現れなよ。例えば僕みたいに」

「何がスマートだ眼鏡野郎。つうか質問に答えろ」

「なにもしてないよ。見てくれよ今日の僕を。ボディガードなんてひとりも連れてないじゃないか」

「まあそうだけどよ」

「じゃあ僕はこれで」

 継道は歌うような調子でそう言うと、サンザンロードのほうへ歩いていった。去り方がスマートである。 

「まったくあいつは神出鬼没だぜ。なんか言われなかったか?」

「ええと、進化論がどうとかシゼントータとか」

「出た出た。お得意のバーサーカー持論だ」

「持論?」

「そうだ。あくまでも継道の妄想だかんな。気にするこたぁない。あいつ勉強大好きだからさ、そういうの考えるのが好きなんだよ。もし<外>にいたら大学行って研究所勤めとかしてただろうなぁ」

 大は感慨深げなふうにそう口にする。「俺ももし<外>にいたら……ってチェーイ!」

「ちぇ、ちぇーい? なんですかその奇怪な叫びは」

「……いや、ちょっとネガティブになってたぜ。ちくしょう、俺としたことが」

「でもそれは――」

 それはしょうがないですよ、そう言おうとして、小鈴は結局言わなかった。

 <外>から来た人間に、しかも<外>に戻れる人間にそんなこと言われても、大は救われないだろうから。 

「さてと、じゃあ気分切り替えてまた家族探しといくか」

「はいです」

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