異世界転移は突然に④
──日が落ち始めると、村の広場にはいくつもの長机が並べられ、頭上には色鮮やかな布とランタンが吊り下げられていた。
ニックさんの妻回復記念と、双子の歓迎会である。
「リオン様! こっちの特製ハーブ肉、ぜひお召し上がりください!」
「レン様! こちらのシチュー、我が家の自慢なのです」
村人たちに囲まれた双子は、「ありがとうございます」と差し出される料理を次々に平らげていた。香ばしい肉の香りを漂わせた、鳥っぽい肉の丸焼き。
皮はぱりぱりで、みそ風のたれをつけて食べるのだけど、北京ダックに似ている。
(おいしい! シチューもおいしい)
子猫のルルはリオンのそばでシチューを食べていた。
お肉も食べていたし……子猫だけどなんでも食べられるんだなぁと感心した。
さすが異世界の猫。
リオンは隣に座るレンに囁く。
「食が合わなかったら苦痛だと思ってたけど……おいしいね?」
「うん。めっちゃうまい」
異世界から来たばかりで至れり尽くせりなリオンたちだけど──。
「まぁこれってきっと、WinWinな関係ってやつよね」
「そうだよ、ねーちゃん。気分と体調が直結するらしい異世界人。真新しいエンタメ(ソーラン節)を提供できる俺たち伊集院姉弟。──完璧な共存関係が成り立つと言える」
うんうん、とレンが真面目な顔で頷いている。
それならリオンたちはちゃんとエンタメっていう対価を提供して、異世界人を健康にしてるわけだ。
食べ物でちやほやされるのはなんの問題はないということだ!
楽しく食べて時間がすぎたころ。
ニックさんがやってきて、二人して彼の家に呼び出された。
ニックさん曰く──異世界から来たというのは伏せておいた方がいいかもしれないとのこと。
「え、そうなんですか?」
「はい。私も村の人たちにはあなた方が異世界からいらしたことは伝えておらず……」
ニックさんは出会ったときの双子の会話を聞いていて、異世界から来たということに気づいたらしい。
(伝えてない……え、私たちのこと異世界人だって言ってないのに、この村の人、あの騒ぎようだったってわけ?)
ではこの世界基準ではきっと怪しすぎるであろう恰好の双子を、みんな、なんだと思っていたのだろうか。
「あっ、ずっと隠していた方がいいというわけではなくて、神殿や権力者に保護されるまでは……という意味でして」
「保護、ですか」
「御身を誘拐し、自分だけのものにしようという不届き者が必ず出てくるでしょう。神殿と同じように浄化をしてくれる方が旅をすることは耳にしており、その方々を聖女様と呼ぶことはあります。ただ、異世界から来られたとなると、その価値が大きく変わってきますので……」
「……確かに」
異世界人など、令和の日本で言えば『宇宙人捕獲!』みたいなものかもしれない。
それがリオンとレンの二人も。
珍しくて調べられまくるかもしれないし、余計なことは言わない方がいいのはさすがにリオンでも分かる。
「分かりました。極力隠します」
ということで、この世界の常識をニックさんになんとなく教えてもらった。
今いるこの国は王制で成り立っているらしく、貴族もいる。
そして、王族と同じくらい権力を持っている神殿があるという。
王様には王子様が二人。
下の王子は呪われているらしいとか。
(呪われてるって、それはまた──あれかな。またしてもこの世界特有の気分的なものなのかな。なんか、かわいそう)
皆に「お前は呪われている」と言われて遠巻きにされるなんて──考えるだけで辛い。
そんな非現実的なことで……と思うけれど、事情を知らぬ人間が色々口出すべきではないのも分かっている。
さらに、異世界から聖女がくる、というおとぎ話のことも教えてもらった。
【世界が終焉を迎えるとき、異世界からすべてを浄化する聖女が訪れる。慈悲深き聖女はその身を尽くし、世界を清浄の地へ導くだろう】
ニックさんに「この聖女というのがリオン様のことです」とキラキラした目で言われて──口元が引きつった。
レンは小馬鹿にしたように笑い、リオンの耳元でささやく。
「……絶対にねーちゃんのことじゃねーな。慈悲深きだって。ねーちゃん、横暴の塊だもんな」
「うるさいよ」
でもリオンもそう思う。
聖女という柄では全然ない。
もしかしたら顔だけならイケるかもしれない。
この世界の美少女基準が分からないけれど。
「これがお金です。多くは用意できませんでしたが……」
お金の単位や大体の目安の金額を教えてくれた。
多分、日本円換算で──十万円くらい……って、十万!?
「……っ!? こ、こんなにもらえませんっ!」
大金に目が飛び出た。
ソーラン節踊ったら、みんなちょっと楽しい気分になったというだけだろうに。
すでに食事もいただいたし、宿も提供してもらう予定だし、十万はもらいすぎだ。
「……なんと謙虚な。いえ、この程度はさせてください。村全体の瘴気が消えました。村人全員からなのです。それくらい私たちは助かったのです」
嬉しそうに涙ぐんでいる。
リオンとレンは顔を見合わせ……これ以上断る方が失礼だろうと、ためらいながらお金を受け取った。
「ありがとうございます。大事に使います」
「リオン様とレン様は、王都に向かわれるとよろしいと思います。保護できる方もたくさんいらっしゃるでしょうし」
「王都ですね。気になるので行ってみます」
「道中はそちらの……ルル様がいらっしゃるので大丈夫だと思いますが」
ニックさんはルルに目をやり、なぜか一瞬ひるみそうになったものの──喉をごくりと鳴らした後、優しげな意味を浮かべた。
ルルが「ミャウ」とかわいく鳴いた。
「ルルが? ただのかわいい子猫なのに? あ、癒し的な意味で?」
リオンが小首をかしげると、ニックさんは「え」と戸惑った顔になった。
顎に手を当て俯いて「俺が伝えることじゃないよな……怖がらせない方が……」となんかぼそぼそと呟いていたけど、よく聞こえなかった。
「えっと……ルル様はとても珍しい種類でして……きょ、巨大化できると思いますっ!」
「……え!? ほんとに!? ルル、大きくなれるの!?」
驚愕して目を輝かせたリオンたちは、抱っこしたルルを凝視した。
するとルルはぴょーんとリオンの腕から飛び降り「みゃう」と一つ鳴いて──。
ボフッ、と大きくなった。
──二メートルくらいある、真っ白のもふもふニャンコ。
「みゃーうっ!」
「ルル……最高~~っ!!」
双子はルルの身体にボフッとしがみついた。
もふもふの毛は大変柔らかく、確実にこのまま眠れそう。
ルルを堪能していたら、ニックさんが「えっと、えっと……」と目を泳がせながら説明し始めた。
「先ほども申し上げた通り、とても珍しい種類なので……ひ、人前ではそのことを伏せた方がいいかと! さらわれてしまいますので! ルル様も、お二人と共にいたいと思いますので!」
ポンと手を打った双子は「確かに」と頷いた。
異世界だとて、巨大化する猫は珍しいということだ。
ルルを連れ去られてはたまらない。
そんな猫にしょっぱなから出会えて、非常に幸運だったということだろう。
「秘密にしますっ!」
満面の笑みで、双子は元気よく返事をした。
──そしてその日の夜。異世界転移して最初の夜。
リオンたちは、驚愕の事実を知ることとなる──。
◇
寝るところは、一番立派な村長の家に部屋を用意してくれた。
バンガローみたいな木の部屋にはベッドが二つ。
でもルルに巨大化してもらってるので、ルルの上に寝ることにした。
上に乗って寝てもいいか聞いたら、「みゃ~う」と甘く鳴いてきたので、良いってことだ。
これ以上最高のベッドは、きっとどこを探しても存在しないだろう。
ジャージに着替え、ゴロンとルルベッドに横になった。
なんか色々あって疲れた。
「レン~。チョコ食べたい」
「ねぇよ。あるわけねーじゃん」
「カバンひっくり返してみてよ! どっかに入ってるかもしれないじゃん!」
無性にチョコが食べたい。
姉とは弟にわがままを言うものなのだ。
日本だったら、家にチョコがないなら、絶対レンにコンビニに買いに走ってもらってる。
姉のために走る。それが弟の使命。
レンが大きなため息をつきながら、めんどくさそうにガサガサとカバンを漁る。
「チョコとか持ってるわけねーじゃん……え? あれ?」
お弁当のきんちゃく袋に手を突っ込んだレンは──そこからキャンディ包みされたチョコを一つ、出してきた。
「なんだ、持ってんじゃ~ん! いつの間に用意してたの?」
リオンはそれをひょいと奪った。姉の特権である。
「あ、それ、待っ」
レンが手を伸ばしたけど、食べたもの勝ちなのが我が家のルール。
キャンディ包みされた透明のフィルムの両端を持ち、現れた一口サイズのチョコをポイッと口に放り込んだ。
口の中に広がる、カカオの香り。滑らかに溶けていくチョコ。至福の時間。
(これだよこれ。チョコからしか得られない幸せっ!!)
安いとか高いとか、値段は関係ない。
お徳用パックだろうが、食べたかったチョコの味だ。
「はぁ、しみわたる~!」
リオンがおいしさにとろけていると、レンはきんちゃくを持ったまましばらく茫然としていた。
「ねーちゃん。僕、チョコ用意してない。いれてない。昼は絶対入ってなかった」
「……ん?」
お弁当箱と箸箱を出したレンは、きんちゃくをひっくり返し、袋が空っぽなのをリオンに見せた。
チョコが一粒だけ端っこの方に潜んでたということだろうか?
「僕もチョコ食べたい」
そう言って、なぜかきんちゃくに手を突っ込んだ。
「……いや、勝手に食べてごめんって。そんなわざとらしくアピールしなくても」
そんなにレンもチョコが食べたかったのか。
確かに欲しいものがあったからと言って、弟のものだからと言って、許可を得ず食べたのは本来間違いかもしれない。
いつも「仕方がないな」で許してくれるからつい甘えてた。
(だからってそこまであからさまにアピールすることなくない?)
きんちゃくから手を出したレンの手には──チョコが一つ、握られていた。
「え? マジック?」
うちの弟ってば、いつの間にそんな技を覚えたのか。
でも使うところは今じゃないのではないか。ここは異世界だ。
この先、マジックで食べていこうというのだろうか?
でもレンの表情は心底「意味が分からない」って感じで、首をかしげながら「チョコ」と言っては、またしてもチョコを出している。
「どーなってんの、これ」
まじまじときんちゃくを見ても空っぽ。
でも、レンがチョコ、というとチョコが出てくる。
(おや? これはもしかして、マジックじゃ……ない?)
となると……双子は顔を見合わせ──。
「……四次元ポ」
「ねーちゃん。それは言っちゃダメなやつだ」
青いロボットのお腹のポケットを思い浮かべたけど、色々言ってはいけないやつだったらしい。
「よ、四次元きんちゃく……なら、どう?」
「かろうじてセーフかもしれない……」
「レン。それって──チョコ以外にもいける?」
「やってみよう!」
そこから夜遅くまで試し、判明したことは──。
・このきんちゃくが使えるのはレンだけ
・直径三センチ以上の物体は取り出せない
・日本の我が家(伊集院家自宅)にあるものしか取り出せない
・無機物しかダメ(動物はダメだった)
・こっちのものを、あっちに送ることも可能(無機物に限る)
ということだった──。
回想終了となります




