異世界転移は突然に③
──ニックさんに連れられてたどり着いたのは、いかにも「異世界」という感じの集落だった。
周囲は背の高い木の柵でぐるりと囲まれていて、質素な木の門。
そこをくぐって村の中に入ると、中央には集落で作っているのだろう大きな畑。その周りを素朴なログハウス風な家が点在していた。
この時、リオンが強く思ったのは「キャンプ、連れてってもらっててよかった……」である。
アウトドアを経験していなかったら、都会育ちの人間は一目で「はい、ムリ」とシャットアウト確定な状況ではないだろうか。
これは村だからなのか、それとも街中にいけばもっと発展しているのか──結構大きな問題。
耐えられなくはないけど、清潔で便利だったらいいなぁと思うのは当然のこと。
リオンの友人の大半は、きっと耐えられないだろう。
門をくぐってしばらく進むと、畑で作業をしていた村人たちの手がぴたりと止まった。
リオンたちをいぶかしげに見ている。
「……ねーちゃん。俺ら、めっちゃ見られてるね」
「視線が刺さるねぇ……」
遠巻きに、でも不振感たっぷりの視線を投げかけられている。
(まぁ私たち、制服だしね。明らかに浮いてるよね)
ニックさんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません……外からの人間が珍しいのもあるのですが、妻の具合のせいで今、我が家は距離を置かれていて」
精神的なものがうつるわけないと思うけれど。
だが状況も良く知らない来たばかりの人間が口を出すことではない。
郷に入れば郷に従え。
日本人の本領発揮とばかりに、他の村人には「お邪魔いたします」とにっこり微笑み、ニックさんの家に入った。
◇
ログハウスの扉を開けると、ほのかに乾いた木とハーブみたいな草の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
頭上に広がるのは、太い丸太が組み合わせれた天井。
そこにロープが渡されていて、ハーブや花を束ねたものが干されていた。部屋の中央壁際には、黒く重厚な薪ストーブがあるが、季節的に今は使われていないみたい。
裕福ではないのだろうけど、ちゃんと掃除されてるし、きれいに整頓されてるな、というのが第一印象。
──ただ、その穏やかに見える空気は、どこか張りつめているような重苦しさがある。
「こちらです……」
ニックさんが廊下を通り、さらに奥の部屋へと案内してくれた。
一番奥の部屋の扉を開けると……そこは閉め切られた空間だった。
「……暗っ」
レンがぽそりと呟いた言葉に完全同意だったけれど、聞こえちゃうでしょ! と肘で突っついて注意しておいた。
確かに暗い。あと、空気が悪い。
(だって閉め切ってるんだもん! これ絶対換気してないよ)
暗い部屋にはベッドサイドのチェストにランプが一つだけ置かれている。
ベッドに寝ているのが、瘴気病だというニックさんの妻なのだろう。
ニックさんが彼女に声をかけると、彼女は目を覚ました。
ニックさんが耳元で何か説明をすると、彼女はげほげほと咳をしながら身体を起こして、申し訳なさそうに頭を下げた。
顔が赤い。
これは絶対熱がある。
娘もいるらしいが、いま出かけているという。
双子は引きつった笑みを浮かべ、挨拶をし──二人でくるりと後ろを向き、ひそひそと作戦会議を始めた。
「え、これ、踊ったからってなんとかなるやつ? 気分の問題とかじゃなくて、普通に病気なんじゃない? あれ、絶対熱あるよね?」
「うん。めっちゃ具合悪そう。僕てっきり引きこもりかなんかかと……」
(トップアイドルだって、実際の病気はさすがに直せないんじゃないかなぁ?)
うーん、と二人で首をひねっていると──ニックさんが勢いよく頭を下げてきた。
「ぜひとも浄化を……! 聖女様、お願いします!」
──いまさら断れない状況ではある。
「……じゃ、じゃあ、ちょっと窓を開けさせてもらいますね」
レンが引きつったような顔で微笑みながら、窓を開けた。
閉め切ってばかりだと空気が淀む。定期的な換気が必要なのは現代では当然のこと。
光がサーッと差し込み、風が吹き込んできた。ようやく息ができた感じ。
(こうなったら、とりあえずやるしかない! 女は度胸だ!)
「え~……効果のほどはまったく分かりませんが! なんにも変わらないかもしれませんがっ! 元気になるよう、心を込めて踊りますねっ! レン。ルルのことお願い」
あはは、と苦笑いしながら伝え、子猫のルルをレンに預け、ニックさんの奥さんが寝ているベッド前のスペースに立った。
一瞬、ニックさんが「え?」と言ったような気がしたけど、もう心の準備は万全。
レンと視線を合わせ、大きく深呼吸し頷く。
レンが親指を立てた。音楽スタート準備OKということだ。
よし、と覚悟を決めたリオンは──
「構えっ!」
大きな声で合図した。
ニックさん一家が驚いて、ビクゥッと飛び跳ねたのは気にしない。
バッ! と四股を踏み、膝を深く曲げ、おしりを落とした。
ソーラン節の、最初のポーズである。
数秒待つと──。
──テンッ! テ、テテテーン!
三味線の激しい前奏が始まった。
私は音楽と共に、踊り始めた。
ソーラン節をアレンジした、ロック調のアレンジ曲『南中ソーラン』だ。
リオンの学校でもレンの学校でも、運動会の定番である。
『あ~、どっこいしょ~、どっこいしょっ! どっこしょ~、どっこいしょっ! あ、ソーランソーラン! ソーランソーランッ!』
腰を落とし、身体を大きく伸ばし、網を力強くお腹まで引く。
制服のスカートのままだけど、多分見えない。大丈夫。
(私は今──漁師!!)
「はい、はいっ!」
大きな声を出しながら、手を空に突き上げる。ぐるっと両腕をまわし、ツッパリ。
(強弱が大事だ。網を引け! 声を上げろ! 踊れ!)
(リズミカルに! 最後まで集中を切らさず! 声出して!!)
……息が上がってきた。
(でもここが最高にかっこいいところ! あともう少しだ!)
『ジャーン!』
最後の腰を落としての──決めポーズ!
「……っ、はぁ、はぁ」
(ふっ……これ、完璧に決まったね)
やはり美少女はソーラン節くらい完璧に踊れないと。
息は上がっているものの、満足感から顔が緩む。
これぞ、ドヤ顔。
完璧だった自分の踊りによる高揚感と満足感から、どうよ、みんな見惚れちゃった? などと思いながらリオンがようやく立ち上がると──。
ニックさんも奥さんも、茫然とこちらを見ていることに気づいた。
(……ん? あれ? これは……歓喜の目じゃない、ね……? 喜んでない、感じ?)
目が点になってると言っているのが正しい。
しかも他にもやたらと視線を感じる。
気配のする方に顔を向けると……さっきレンが開けた窓から、たくさんの村の人が驚愕の表情でこちらを見ていた。
「うわっ!?」
思わず大きな声を上げてしまったけど、レンがスススッとリオンに近づき囁いた。
「音楽かけちゃったからかも……。最初の方からみんな覗きに来てた。やばかったかな……」
「でも私、音楽ないとさすがに踊れないし……ってか、そもそもさぁ、踊ったくらいで元気になるわけないよねぇ。普通に考えて、踊りで病気は治んないよ」
ちょっと調子に乗って踊ってみたけど、みんなの反応に気づき、肩を落とした。
(ドン引きされてるじゃん……。まぁそりゃそうだよね。私はアイドルじゃないし、たかが素人のソーラン節で気分が晴れるかと言われれば、そんなはずはないし──しかも熱と咳は治んないわ。どう考えても無理だわ。うん。分かってた!)
当然の理論である。
──ステキな踊りを見たからとて、熱は下がらない。
「す、すごいですっ!!」
突然ニックさんが大きな声を上げたと思ったら、それを合図に、窓の外の人たちも大歓声での拍手喝采が始まった。
(……え、どういう状況?)
ふと見れば、ニックさんの妻は先ほどの顔の赤みがすっかり引いている。
自身の身体を「信じられない」とでも言うようにきょろきょろと見回し、ゆっくりとベッドから立ち上がった。
「治ってる。な、治ってます!」
涙目で喜ぶニックさんの妻。
その妻を抱きしめ、喜びの涙を流すニックさん。
うおぉぉ! とさらに大歓声を上げる村人たち。
「瘴気病が治った~!」と歓声を上げながら、ほかの人たちに触れ回る陽気な村人A。
(いや、そんなわけないでしょ?)
国民的アイドルが踊るのを目の前で見て感動したからと言って、熱と咳は治らない。
むしろ、熱の場合上がることすらあり得る。
それはさすがに、推し活の範囲外というもの。
だというのに、「完全に一帯の瘴気が消えている!」とか「奇跡だ!」とか「足元から光が溢れ、天の音楽が!」とかの大合唱でリオンたちはあがめられていて……。
「……ソーラン節効果、やばくない? どういう状況?」
「ねーちゃんのソーラン節、気合入りすぎてたから刺激強すぎたのかも……」
でもニックさんの妻は本当に元気そう。
さっきとは明らかに違う。
「病は気からって、ほんとにここまで効くんだっけ」
「……異世界だからさ。俺たちの常識はきっと通用しないんだ。気分と体調が密接に関わってるのかもしれない」
レンの言葉に、目から鱗とばかりに、ポンと手を叩いた。
「──それだ!」
きっと、この世界の人はリオンたちと人体構造が微妙に違うのだ。
だってここは異世界!
気分と体調が密接にかかわる体質だというのに、この世界には──エンタメがない。
エンタメに飢えすぎていたとみて、間違いないだろう。
スマホから流れる音楽に感動するのは分かるけど、素人のソーラン節でここまでとは……。
窓からのぞく村人の顔も晴れ晴れとした満面の笑み。
鬱々とした気持ちがスッキリしたってことだ。
……ソーラン節で。
(楽しい=体調が良くなる、ってことだ!)
「レン。私、もしかしてこの世界でなら、ソーラン節でトップアイドルになれちゃうかも。覇権、とれちゃうかも」
「真面目な顔で何言ってんだよ……ソーラン節で異世界の覇権とりたいのかよ」
「……ごめん。めっちゃ微妙」
スン、とした顔で返事をした。




