呪われた王子様②
部屋の用意ができたと使用人の女性が部屋に入ってきたのだけど──ふと顔を上げた彼女は全体をちらりと見て、顔を伏せ──「え?」と慌てて顔を上げた。
彼女の視線は完全に、アル一人に注がれている。
美しい二度見である。
彼女の心の声が聞こえてくる。
アルを見て「え、誰!? 誰なのこの美形は!?」と、きっと心の中で言っているのだろう。
頬はほんのりピンクに染まり、目がキラキラと輝いている。
(……逆に今の今までアルの顔知らなかったって、どういうことなの?)
率直に疑問だ。
新人というわけではなさそうなのに、これは一体。
そしてふつふつと沸き起こるのは、いら立ちである。
(呪いだかなんだか知らないけど勝手に怖がって、全然アルのこと見てなかったってことなの? アルを長い間一人ぼっちにしてさ。なんかちょっとイラっとしちゃうよね? ──ちょっと……見返してあげたいよね?)
レンに目配せをすると、彼はにやりと笑った。
そうだ。教えてあげなければならない。
この、世界最高のイケメンが、何者なのか!
「ねぇ。アルって甘いものは大丈夫なの~?」
「あ、ああ。なんでも食べるが……」
リオンが甘い声でたずねると、アルはちょっとだけビクッとして狼狽えながら答えてくれた。
レンが自分のきんちゃくを手に取った。
その中に入っていたものを、間にいるアルを通り過ぎて、リオンにポンと投げてよこした。
リオンは包み紙を開き、中に入っていた一口サイズの茶色い塊を手に取り──アルの口の前に持っていく。
「アル~。私たちの地元のお菓子……あ・げ・る♡ はい、あーん!」
「……へ? んぐっ」
アルの唇に押し付け、無理やり口に入れると──彼は目を白黒させ一気に赤面した。
ちらりと使用人の女性を見ると、彼女は顔を真っ赤にさせてこちらを凝視している。
──これぞ、リオンたち双子の『見せつけ大作戦』だ!
見せつけるためなので、タメ口が発動中である。
敬語でやっても威力半減なのは目に見えている。
ここで必要なのは親密感。
ずっと顔を伏せてたんじゃアルのこんなかわいいところ、きっと見たことないだろう。
優越感により、心の中でどや顔をしている。
「ん? なんだこれ。なめらかでうまい……」
口の中でコロコロさせてるアルの瞳が、輝き始めた。
「これはね~、チョコっていうの」
こっちの世界なのか、この国限定なのかは不明だが、どうやらチョコレートがなさそう。
初めて食べるチョコなど、ほっぺが落ちちゃうこと間違いなしだろう。
「うまいだろ~。もっと食べる?」
両手に花……かどうかは不明だけど、両隣からの双子の接待。
アルは顔を染めながら戸惑っているけど、拒絶されてないのだけは分かる。
あれが第二王子!? とでも言いたげな驚愕の表情でこちらを見ていた女性が、ちょっとだけ悔しそうな顔で部屋からいなくなった。
「……ふっ! 私たちの勝ちぃっ!」
「だな! あの顔見た?」
「見たみた~! あの悔しそうな顔!」
レンと二人で騒いでいると、アルがきょとんとした顔でこちらを見ていた。
きっとアルは、リオンたちが何をしたかったかなんて分かってないんだろう。
(たくさんの人にあんな態度されてても、アルは怒ったり悲しくなったり、もうしないんだなぁ)
そう思うと、やはり切なくなってしまう。
「アル。さっき、口調なれなれしくなっちゃってごめんなさい。ちょっとここの人たちのアルへの態度にむかついてちゃって、つい」
「僕も、アルはこんなにかっこいいしかわいいんだぞ~! って見せつけてやりたくなっちゃって、つい」
えへへ、と苦笑して一応謝ったものの、実は別に悪いことしたとはさほど思ってない。
(だってやっぱむかつくし。これからも見せつけてやろうか、って思ってるけど)
「──お前たち、そんなことを……気にしなくてもいいのに。仕方ないんだ」
苦笑し、目を伏せたアルの腕に……双子は左右からしがみついた。
レンがムッとした表情で、先に切り出す。
「アルが気にしないならアルは気にしないままでもいいけどさ!? まだ出会ったばっかりだけどさ!? 俺たちはアルのこと、もう友達だって思ってるから!」
「友達があんなことされてたら私たちがイヤなの。だからアルと仲良くしてるとこ見せつけて、今までほったらかしにしてたこと、後悔させてやるんだから! 今さら後悔してももう遅いっ! アルは私たちがもらった! ってやっちゃうんだから!」
ふっふっふ……とほくそ笑んでたら、レンがスン、とした顔でこっちを見ている。
「ねーちゃん。それだとアルが囚われのお姫様でねーちゃんが悪役になっちゃうけど」
「そっか。アル、王子様なのに……って、口調また戻っちゃってるね!? ごめんなさい。敬語ね、敬語」
一回タメ口にすると、また敬語に戻すのはなかなか難しい。
オンオフはできるつもりではあるが、それはオンの口調で話す相手と、オフの口調で話す相手がそもそも違うから。
一度オフになったら、もうずっとオフというものなのだ。
そもそも異世界ではほぼずっとオフ状態なので。
レンも気づいたようで、二人して「敬語敬語」とぶつぶつ唱えていると──。
「口調……このままで別に構わない」
アルが俯いて自身の膝を凝視したまま、ぽそりと呟いた。
(それってどういう心境?)
顔が見えず、思わずアルの顔をのぞき込むと……。
「うわ。アル。顔、めっちゃ真っ赤」
「アル、めっちゃ照れてる」
彼は真っ赤になって、小刻みに震えていた。
「……っ、み、見るなっ!」
アルは手で顔を覆いたかったのだろうけど、彼の両腕は今、双子のものである。
右に顔をそむけても、左に顔をそむけてもリオンたちがいる。
下を向くしかないのに、追い打ちをかけるようにのぞき込んでくる、双子。
「アル、かわいい」
「完全同意」
ふふっと笑い、さらにその腕に強く抱きついた。
視線をきょどきょどとさせているアルは、大変かわいらしい。
◇◇◇(アルヴィス視点)◇◇◇
左右から双子が抱きついてくる現状は、一体なんなのだろう。
アルヴィスの頭は大混乱していた。
使用人の、アルヴィスへの態度が不満だとわざとらしく腕に抱きついてきて、口になにやらとんでもなく美味なものを放り込まれた。
──友達だと思っていると、言っていた。
それが気恥ずかしくもあり、同時にどれほどうれしかったか。
「アル~。そろそろ寝ないといけない時間かも。眠いかも」
リオンが大きなあくびをした後、眠そうな声で言った。
「そうだな。部屋を案内しよう」
アルヴィスが立ち上がり、部屋に案内しようとすると──。
「あ、ねーちゃん。その前にこの部屋の虫だけやっつけとこーぜ。ここの虫、さっきから目障り」
レンが先ほどチョコなるものを出した、小さな袋に手を突っ込み……中から円柱の筒を取り出した。
(……ん? そのきんちゃくにその筒は……入るのか?)
明らかに、袋の大きさと筒の大きさが釣り合っていない気がする。
──袋が小さすぎる。
袋にあんな大きな筒が入っていたようには、とても見えなかったのだが。
「あ、だよね~! アル、ちょっと部屋に殺虫剤かけてもいい? ごめん、うちら虫苦手で」
レンがリオンに筒を手渡した。
「サッチュウザイ」がなんなのかよく分からないが、「あ、ああ。構わないが」と適当に返事をすると──。
──プシュ~~~~っ!
リオンが「サッチュウザイ」なるものを部屋の隅の天井に向けると、その瞬間、白い煙が一気に発射された!
(な、なにを!? そこには瘴気の塊がっ! ……は? ……瘴気が消えてる?)
部屋の隅には瘴気が集まりやすい。
瘴気は消えることはないし、それは存在して当然のものだった。
けれど──リオンが煙を撒いた後のそこは、見たこともないほどにきらきらと輝いた、一切の瘴気がない場所となっていた。
「よし、オッケー。このおうち、虫結構多いよね」
「城なのにな……もうちょっと管理、徹底した方がいいんじゃね?」
「掃除してないんじゃない? 怠慢だよ怠慢」
「よし。明日から僕たちが虫退治しよう。お世話になるし」
「だね。それくらいならできそう」
どんどん勝手に話を進めていく双子たちだが──。
「ま、待ってくれ。その、今、煙を出したのは一体……」
「これ? 殺虫剤だよ。えっと、私たちの地元でよく使われてる、虫をやっつけるスプレー。人体に害はないはずだけど、吸い込みすぎないようにしてる。……アル、使ってみる?」
部屋へ案内をしながら、濃い瘴気のある場所を見つけると、双子たちは「あ、ほら。あそことかちょっと虫いるじゃん? あそこにめがけて構えて、ここのノズルを引くんだよ」と説明し、アルヴィスが試してみるが──。
──プシュー……。
瘴気はまったく減っていない。
「え~、アル、へたくそっ! あははっ!」
リオンがころころとかわいい声で笑う。
「これ、レンも下手なんだよ~。ただかけるだけなのにさ」
「僕が下手なんじゃなくて、こっちの虫がしぶといだけだよっ!」
レンが不満そうに唇を尖らせた。
「アル、貸して。こうやるの」
リオンが殺虫剤を手に取り、瘴気に向かって振りかける。
聖域とはこのことか、と思えるほどに、そこはまたしても輝く空間となった。
けれど二人はそのことを、まったく気にも留めてないようだ。
レンが使い終わった殺虫剤を、小さな袋にしまい込んだ。
(……なんでそこに入るんだ? やっぱりどう見ても質量が合ってなくないか? しかも、その袋はなぜ膨らまない?)
離宮の廊下は大理石。
頭の中にたくさんの疑問を浮かべながらも、コツコツと靴音を鳴らして先陣を切って歩いていたアルは、ふと振り向いたとき──二人が通った道が、キラキラと輝いていることに気づいてギョッとした。
小さな瘴気など、いたるところに飛んでいる。
埃のようにそれは存在するのだから当然だ。
それなのに二人が通ったあとは、先ほど殺虫剤をかけたあとの場所のように、輝いていて──。
二人を先に歩かせて気づいたが……どうやらこれはレンの仕業ではなく、リオンの仕業のようだ。
彼女の身体が触れた瘴気が、ことごとく消し去られている。
(これは一体──なんなんだ)
双子は「うわ、この絵すごっ!」と瘴気のことは何一つ気にしていないように見える。
奇跡を目の当たりにして、アルヴィスはただ、茫然としていた。




