呪われた王子様①
「……え? ここがアルの家?」
「これって……城じゃん?」
馬車に乗せてもらい、走らせて十五分ほど。
双子の口は、情けなくもぽかーんと開いている。
ルルはリオンの膝の上で首をかしげていた。
(いや、なんか、王宮って呼ばれてるところにどんどん近づいていくな~? とは思ってたよ? でも一人で住んでるっていうし、まさか違うだろうと思ってたんだけど)
王宮を横目に、その奥の林に入り、しばらく進むと──王宮とは別の城が現れた!
王宮と比べれば小さく、ゴテゴテした装飾も控えめではあるけど、双子からしたらどう見てもこれは「城」である。
夜だからはっきりとは見ることはできないけれど、庭園の樹木も形よく剪定され、石畳も草一つなく美しく保たれている。
けれど……人の気配がほとんどしない感じがするのは気のせいだろうか。
こういう場所は、そもそもそういうものなのだろうか。
馬車を降りると──屋敷の扉がゆっくりと開いた。
視線を泳がせた執事の恰好をした壮年の男性が、頭を下げたまま扉を開けている。
けれど挨拶すらしてこない不思議。どう見ても、怯えているような気がする。
(おかえりなさいませって、言わないの? こっちの世界のお金持ちはそういうものなの? この人、私たちのこともだけど、アルの顔すら一度も見ないし。なんか……嫌な感じ~)
アルがパワハラをしまくっていて、使用人たちに怯えられている存在……とは考えにくいのだけど。
「どうぞ。入ってくれ」
「「お邪魔します」」
下を向いたままの使用人にアルが客室を二部屋整えるように伝えると、彼は「はい……っ。すぐにっ」と、アルと目も合わせないまま足早に去って行った。
やはりアルの顔を一度も見てない。
アル自身は淡々としていて、それを注意するでもなくいつも通りだと言わんばかり。
(……なにこれ)
なんだかモヤッとして、思わず隣にいたレンの手を握った。
レンは何も言わないまま、リオンの手を握り返した。
◇
客室が整うまで応接室で待機となった。
見上げた天井一面に広がっていたのは、圧倒的なスケールで描かれた天井画だった。
「……すご」
「うん。これはすごい」
この世界の芸術に、初めて触れた。
地球とは違う技法での進化があるのだと一目で思わされるほどの、圧倒的な迫力。
祖父のいるイタリアに滞在した際、実際に数々の芸術に触れてきたけれど、また別物だ。
それでいて、美しいと圧倒される気持ちは同じ。
双子は繊細な刺繍の入った若草色のソファに座り、天井を見上げたまま、情けなくもぽかんと口を開けたままになっている。
子猫のルルはレンのカバンの中ですやすやと眠ってしまった。
天井画に唖然としていたリオンたちではあるが、アルが自ら紅茶を入れてくれた。
リオンはソーサーを片手に持ち、ゆっくりとカップを口につけた。
ふわりと鼻腔をくすぐる、華やかで芳醇な香り。
喉の奥に気品ある甘い余韻が残る。
(ロンドンのティーサロンで飲んだ、最高級ダージリンと同レベル……!)
天井画に見惚れていたけれど、紅茶でようやく現実に戻ってきた。
この城。この紅茶。アルの待遇──。
リオンはアルに率直にたずねた。
「ん~……もしかしてアルって、王子様だったりします?」
頬に人差し指を当て、コテンと頭をかしげるという、わざとらしいポーズである。
確かこの国は王制で、二人の王子がいて、下の王子は瘴気に呪われているとかなんとか……という噂は聞いていた。
(呪いがある世界なんだなぁ。でも瘴気病って所詮、楽しくないから起こるっぽいし、じゃあ呪いとは一体? ってあの時思ったんだよね)
使用人に明らかに怯えられているアルの状況。
この屋敷の位置、城に住む人間から導き出されるもの──つまり彼が実は第二王子なのでは? ということだった。
「──ようやく気付いたか」
八の字に眉を下げ、わずかにほほ笑んだアルは──双子の対面の三人掛けのソファに一人で座ったまま、膝の上で手を組み……大きなため息をついて俯いてしまった。
アルの状況から察するに──きっと呪われてるってことで、今までずっと一人だったのではないだろうか?
(私たちにそれを話すと、私たちも怖がって逃げてしまうんじゃって、そう思ってたのかな?)
使用人たちの様子を見たら、彼がどんな扱いを受けてきたのか一目瞭然だった。
喉の奥がぐっと詰まって、鼻の奥がツンとして、すごく苦しくなった。
(呪いとか意味わかんないことでなんでこんな扱い……そんな顔、しないでよ)
リオンの隣に座るレンと目が合った。
(……うん。ダメだね。アルにこんな顔させちゃ、ダメ)
リオンたちは、別に慈悲深い人間ではない。
聖女だと名乗り、みんなをだましてお金を巻き上げてる、詐欺師だ。
(だからって、ほっとけないよ。……そう。──アルは国宝級イケメンだから!)
レンと頷き合い、彼の対面のソファから立ち上がった。
アルはうつむいたまま、覚悟をしていたようにぐっと唇を引き結び、膝の上で組んだ手にさらに力を加えたようだった。
自分が呪われた王子だと言えなかったのは理解できる。
(そんで私たちが立ち上がった今も……私たちが帰っちゃうと思ってるんだろうなぁ)
くすっと笑った双子はツカツカと移動し……。
──アルが座っているソファに、アルを挟み込むようにして左右に座った。
ついでにむぎゅっとアルにくっついて──
人間サンドイッチの出来上がりである。
リオンたちはパン。アルは中身。
ちなみに我が家はスキンシップが多い家だ。気を許した人への接触は多め。
「……っ!?」
「アル。私たち、王子様に対する礼儀なんて知りませんけど大丈夫ですか?」
「うちのねーちゃん、実は暴君なんですけど、大丈夫ですか?」
「レン、うるさい。あ、今さら宿に戻れって言われても、もうチェックアウトしちゃったのでできないんですけどね?」
遠回しに責任取ってくれ、と言ってるつもりだ。
「ここって、何日までいてもいいですか? 無期限オッケーですか? さすがになんか手伝いますよ。虫退治とか」
そうなのだ。部屋の隅っこに小さい虫がたまっているのがずっと気になっている。
(虫ヤダよね。殺虫剤まきたくてたまらないけど、まだ我慢……いきなり失礼すぎるもんね)
アルがゆっくりと顔を上げた。
彼は驚いたように目を見開いたまま、双子を交互に見つめてくる。
(……ほんと、きれいな瞳だなぁ)
「いて、くれるのか……?」
「え~? 当たり前でしょ? こんな好待遇、逃すわけにはいかないし! ……よろしくお願いしますね」
リオンは手を差し出した。
「……?」
アルが首をかしげる。
(あれ? こっちって握手の文化、なかったっけ? 確かにしたことないけど……)
リオンはアルの手をつかみ、むりやり握手をして、その手をぶんぶんと大きく振った。
「仲良くしましょう、っていう儀式ですよ」
ニカッと笑うと、レンも「あ、僕も!」とアルの反対の手を握り、ぶんぶんと握手をしていた。
双子に両手を振り回されたアルは明らかに面食らっていたけれど、徐々に顔をほころばせ……いつの間にかまた声を上げて笑っていた。
(──さすが、国宝級イケメン。笑顔が最高)




