権力の巣窟鑑賞会……?④
初めてのレン視点。
◇◇◇レン◇◇◇
弓を軽やかに躍らせる、ねーちゃんの高速の跳ね弓。
一人で二つの旋律を同時に響かせる重音。
超絶技巧の嵐が、ねーちゃんの手から繰り出されていく。
僕もピアノで追いかけ、時には旋律をリードする。
──幼少期から様々な英才教育を受けてきた僕ら。
僕はピアノ。ねーちゃんはバイオリン。
とくにねーちゃんは、コンクール常連だった。
ピアノで有名な超絶技巧曲であるこの曲は、もともとはバイオリンのために書かれたもの。
毎日毎日、指が死にそうなほどに繰り返した、去年のねーちゃんの勝負曲……だった。
でも練習で無理をしすぎたからか、コンクール直前でひどい腱鞘炎にかかって──ドクターストップがかかった。
しばらく絶対にバイオリンに触るな、って言われて……コンクールには出られなかった。
ねーちゃんはみんなを心配させないよう「結局、ここまでだったってことよ」って笑ってた。
でも知ってるよ。
部屋で声押し殺して泣きまくってたこと。
あれからバイオリンに触らなくなって、クラシックすら聴かなくなって、こっちに飛ばされて──。
期せずしてドクターストップの半年が経過してたね?
……手、痛くないみたいだね。
めっちゃ楽しそうに弾くじゃん。
──これ以上目立たないようにって、詐欺師聖女やめようとしたんじゃなかったっけ?
この曲、めっちゃ目立つと思うけど。
もう捨てたと思ってたバイオリン。
アルのためになんかしたいと思って、そのためならって弾こうとしただけなんだろうけどさ。
ねーちゃんがバイオリン捨てられるわけないし?
でも、アルと出会わなかったら……ねーちゃんはバイオリンに二度と触れてなかったかもしれない。
ねーちゃんのおかげで、毎日瘴気が消えてるらしいアル。
アルのおかげで、もう一度楽器を手にすることができたねーちゃん。
──もうさっさとくっついてほしい。僕の身にもなってよ。
◇
「レン。悪いが絶対にそばにいてくれ。手を出しそうで怖い」
「…………」
事前にそう言われてはいたけどさ?
左手でねーちゃんの肩に手をまわしつつ、その手でねーちゃんの頬とか耳とか色々触ってるくせに、右手では僕の手を握るアルに──僕は虚無顔。
僕の膝に乗るルルだって、きっとうんざりした顔してると思う。
……アル。それはすでに手を出してる範囲に入ると思うんだけど……。
異世界基準はどうなんだろう。
ねーちゃんはアルに攻められだしてからは、完全に余裕失ってる気がするけど、たまに僕を見てすっごいスン顔してる。
それはそうだと思うよ。
だって……僕が隣でアルに手を握られてるんだもん。
ねーちゃんがちょっとだけかわいそうになるよ……。
──ルルの巨大化がバレてしまったあの日。
アルは夜、僕を自分の部屋に呼んだ。
僕の頭の上ではルルが寝ている。
最近この位置がお気に入りらしい。
落とさないようにするの、結構大変なんだけど。
初めて入ったアルの部屋は、壁面に夜空を思わせる濃紺の壁紙が張り巡らされ、そこに繊細な銀糸で刺繍が入っていた。
足元には、群青の絨毯。ふかふかすぎて、踏みしめても完全に足音が消える。
部屋の奥には、彫刻が施された黒壇の天蓋付き大型ベッド。シルクの寝具もまた、濃紺と銀で統一されていた。ベッドサイドにはサイドテーブル。
そこにキラキラと輝く、銀の小箱が置かれていて、随分と目立つ。
「アル。あの箱なに? めっちゃキレイ」
彼は顔を上げて、僕が指さした小箱に視線合わせると、ふっと微笑んだ。
「ああ、あれは母の形見だ」
「……実母ってことだよね?」
「ああ。今の王妃はもともと側室だったんだ。母はなかなか子ができなくて。で、兄が先に生まれて、あとから俺が生まれた」
「ふーん……」
……この前ちらっと聞いた時も思ったけど、なにその、後継ぎ戦争勃発まっしぐらみたいな状況。
もしかしてアルは祠を壊したんじゃなくて、義母の現王妃から呪われたんじゃ?
お化けの呪いは、現王妃のしわざなんじゃ?
貴族社会と呪術は切っては切れない関係……みたいなところがあるし。
それなのに、お前は義母も義兄もいい人だって言ってたよな?
自分の息子と、優秀な義息子。どっちが大事だと思う?
……血の繋がった自分の息子を王位につけたいに決まってるだろ~~っ!?
歴史、そんなんばっかじゃねーか!?
お前、チョロすぎかよ~!?
──……と、声を大にして言いたいが、なんの確証もないので黙っている。
沈黙は金なのだ。
どうやら、アルの母が亡くなって二年後、アルは呪われたらしい。
アルの有能ぶりが判明するのに十分な期間だ。
僕が予測するに、アルの呪いの黒幕は──王妃だ。
そんなことを思っていると、なんかさっきからずっと何か言いたくてためらってたみたいなアルが、勢いよく顔を上げて宣言した。
「レン。俺は──リオンが好きだ」
「……そーなんだ?」
なんで僕に言うんだろ? とは思ったよ。
でも、その次の言葉に驚いた。
「お前たちは……異世界から来たのだろう? お前のその袋は異世界とつながっているのだと思っているが」
「……っ!?」
──バレたっ!!
どっからバレたんだと思ったけど。
普通に考えてアルの目の前で使いすぎてるから、当然と言えば当然かもしれない。
……まぁアルなら、別にいっかぁ。
「そしたお前たちは──瘴気が一切見えない」
ん? なんて? って、僕はぽかんと口を開けた。
「……瘴気って……え、見えるものなの?」
「もちろん実際に見えている。そうだな、見えないお前たちに伝えるとすれば……黒い埃が宙を舞っていると思えばよいのか? 集まれば塊になるし、自身の体内にも瘴気はたまっていく。人それぞれ瘴気の許容量があって、それを超えると瘴気病になるんだ」
……花粉症みたいな感じかな?
「俺の場合、呪いにより瘴気の渦に包まれ、周りからは俺の顔が見える状態ではなかった」
「……アルには怖いお化けが憑いてたんじゃなかったの?」
「……ふはっ! お前たち、そんなこと思っていたのか!」
アルがお腹を抱えて笑い始めた。
「じゃあさ、瘴気ってただの鬱々した気分のことをそう呼ぶんじゃない……ってこと? こっちの人は気分と体調が密接に絡んでるから、具合悪くなるってことじゃないってこと? ねーちゃんのソーラン節で楽しくなるから、気分が晴れたって意味じゃなくて?」
「……色々こじつけたな」
このとき、ようやく僕はアルと認識の違いをすり合わせたわけだ。
瘴気は実際この世界のみんなの目に見えていたらしいし、ねーちゃんは触れるだけで瘴気を浄化できる。
ねーちゃんが殺虫剤でスプレーすればその辺が浄化されるし、ソーラン節を踊れば一帯の瘴気が劇的に薄まるそうだ。
……なにそれ。おもしろ。
そしてアルは、ねーちゃんにはこのことを秘密にしておいた方がいい気がするのだが、と相談してきた。
「確かにその状況なら、ねーちゃんには言わない方がいいかな。自分からわざとそうふるまってるときはノリノリなんだけどさ。周りから実際特別視されると、ねーちゃんは頑張りすぎてすっげぇストレスになるタイプ。でも、ずっと笑顔でいるから周りもなかなかそれに気づかないんだ」
ねーちゃんは、楽しくやってるときが一番いい。
ねーちゃんが、実際に瘴気を浄化していることは分かったし、それで毎日アルが浄化されてるのも分かった。
「……で、ねーちゃんが聖女だから、アルを浄化できるから、ねーちゃんが好きなの?」
別にそれでもいいんだけど。
でも、ねーちゃんが聖女じゃなかったら……? ってちょっと考えてしまう。
「いや、それはない。たとえリオンからその力が消えたとしても、それはなんの問題もない」
……問題はあるとは思うけど、まぁいいや。
「で、問題はここからだ」
ごくりと喉を鳴らした僕は、大変なことを言われる覚悟をしていた。
「俺はリオンが好きで、これからしっかりアプローチをしようと思う。ただ、一人だと理性が決壊する恐れがある。だから、レンには隣にいてほしい」
──……ん? 今、なんて?
え、アルがねーちゃんに迫ってるときに、僕、隣にいなきゃいけないの?
「……普通にめっちゃイヤなんだけど……」
「──お前がいてくれないと、俺は理性を失ってリオンをそのまま自室へ連れ去り、二度と外に出さないように鍵をかけてしまうかもしれない」
「ナチュラルに監禁宣言するなよ」
そんなこんなで、仕方なしに協力することになったわけだ。
「別に、お互い好きあってるなら別にいいと思うけどさ? 無理やりとかは絶対許さんよ。神の鉄槌、くだすからね」
……スタンガンのことである。
そんなこんなで、ねーちゃんに迫るアルを、僕とルルは日々真横で虚無った顔でいなきゃいけない羽目になっているわけだ。
アルの案は、完全にマイナス方向にしかならないと思うんだけど。
でも彼の決意は固いようだ。真面目だ。
それにしても、あっという間にねーちゃんに惚れてしまったな。
アルは超絶イケメンだけど、人との耐性がなさすぎたからか、超絶チョロかったってわけ。
環境を思うと仕方ない執着なのかな。
二人っきりの方が絶対もっとコトが早く進むだろうに、まぁアルの希望なら仕方ない。
……ちょっと面白いし。
でもそろそろ飽きてきた。さっさとくっつけばいいと思う。
◇
──大広間全体が、狂乱の旋律に飲み込まれていく。
曲は終盤。怒涛のクライマックスへとなだれ込む。
指先が焦げるようなスピード。息を吸うことすら忘れてしまいそうな熱量。
音の波が最高潮に達したその瞬間──。
ねーちゃんが弓を激しく跳ね上げ、僕の指がすべての音を解き放つように、最後の音を鍵盤へと叩きつけた。
──ダンッ!!
重く澄んだ『鐘の音』が、エコーのように大広間の天井へと吸い込まれていった。
大広間が静まり返ってる。
みんな、茫然とした顔で僕らを見つめていた。
もしかしたらこっちの世界では受け入れられない音楽なのかもしれないけど。
でも、今僕たちが奏でることが出来る、一番の音楽だった。
僕はゆっくりと立ち上がり、ねーちゃんと並んで静かにお辞儀をした。
──パン……パンパンパン……。
静寂を破ったのは一人の拍手──アルだった。
それを合図に、大広間が揺れるほどの、地鳴りのような大喝采が起こった。
僕とねーちゃんは顔を見合わせて、ニッと笑い合う。
大成功だね。ねーちゃん。




