権力の巣窟鑑賞会……?③
内心ウッキウキのリオンだが、表情は静かな微笑を保ったまま。
だが、アルはそう思わなかったようで(思うわけないのだけど)、驚きの表情になったあと、ジュリアン殿下に鋭い視線を向け、かばうように前に出ようとした。
(っていうか、この義兄を良い兄って言ってたアルって……マジで心配になるわ。まったくもう。人が好すぎるんだよ……)
かばってくれようとしているのが分かり、心に温かいものが降りてくる。
だから自分たちみたいなのにも懐いちゃって──と胸がツキンと痛んだが、今は切なくなっている場合ではない。
アルが前に出るよりも早く、リオンが可憐な笑みのまま静かに声を上げた。
「ジュリアン殿下のおっしゃる通りでございますわ」
「……なんだと?」
眉をひそめたジュリアン殿下。
「私たちのおこなうことなど、本来皆様のお耳を汚すほどの価値もございません。所詮気晴らしの、ただの気休めにすぎませんもの。それをこれほど過剰に喜んでいただけている現状は──ペテン、と呼ばれても仕方のないことではないかと思うのです」
扇をそっと口元に添え目を細めたリオンは、圧倒的余裕に満ち溢れているだろう。
ジュリアン殿下がペテンと言った行為を王都の民はただ喜んでみていただけなのに、それをペテンと言い換え、バカにする──許容量の小さな男がお前である、とご本人は捕らえてしまったのだろう。
言葉とは難しいものだ。
人により受け止め方が違う。
ほとんどすべての人には好意的に受け取られる言葉でも、嫌味を言われたと思う人もいるのだ。
──そう狙ったのだが。
(……あ。ジュリアン殿下、額に青筋浮かんでるじゃーん! なんかワナワナ震えてるし……めっちゃ顔に出る人だ! ウケる! 大したこと言ってないのに煽り耐性低すぎでしょ!)
何とか持ち直したジュリアン殿下は、無理やり口角を上げた。
「……ふん。どこまで口が回るか見ものだな。ならばその『気休め』とやらを、今この場で見せて見よっ!」
つまりそれは、ソーラン節をこの場で踊れ──ということか。
(……バカじゃん? ドレスでソーラン節、するわけないじゃん? 髪も装飾品もぐちゃぐちゃになるし。……どうしよっかなぁ)
一瞬で会場に視線を走らせて──とある一角に狙いを定め、グッと唇をかみしめた。
ずっと気づいてた。
大好きな音色がそこにあることを。
──でも、見ないようにしていたのだ。
(……アルのためなら──やってやろうじゃん)
「──申し訳ございません。ただいま足を痛めておりまして、激しい舞が踊れぬ身の上。ですが、皆様の一時の気休め……ということでしたら、他のことでいかがでしょう?」
リオンは手をスッと会場の隅に向けた。
そこには、今まさにBGMを奏でている宮廷楽団がいる。
「……ハハハッ! お前たちが音楽を奏でるのか? 我が国の貴族でも、一部の教養豊かな者しか奏でることができぬ、音楽を!? 異国の民ごときが……太鼓でも叩くのか!? いいぞ! 楽しませてみせろ!」
高笑いしたあと、ジュリアンがパンと手を叩くと、宮廷楽団の音楽が止まった。
(この世界で音楽はすごく敷居が高い……ってことか。ならさらにちょうどいい)
リオンはレンに目配せをして、二人で優雅に楽団の方へと歩き始めた。
楽器があちらの世界と同じことはさっきから気づいていた。
音も、ちゃんと合ってた。
──すべて問題なし。
「なんにする?」
「そんなの決まってる。去年の──私の曲」
「おっけ。……僕、指動くかな」
「──絶対いける。あと……ミスしてもここの人は正解知らないから突っ走る」
二人にしか聞こえないようひそひそと話しながら──リオンはドレスから、シフォン素材のロングスリーブがついた肩の装飾をサッと外した。
肩から袖部分が着脱可能になっていたことこそが──これならイケる、と踏んだ最重要ポイント。
首元の一粒ビジューネックレスをぐるっと一回転させ、背中側へと回す。
これで肩の可動域も、バイオリンを挟むのにも支障はなし。
そして楽団の前で歩みを止めた。
「──大切な楽器だとは十分承知しておりますが、決して乱暴には扱いませんので、こちらお借りできますでしょうか」
リオンはバイオリンを持った恰幅の良い男性に声をかけると、彼はおろおろしながらも手渡してくれた。
「ピアノ、お借りしてもよろしいでしょうか。ほんの少しで構いませんので──」
レンが貴公子みたいな笑みを浮かべ、ピアノ席に座っていた男性に席を譲ってもらった。
何でもないような顔をしてるアルが見える。
でも、手を開閉して本当は心配でたまらないのを隠しているのがすぐ分かった。
(そんなに手を握り締めちゃ、ダメだよ。大丈夫だから)
レンはピアノのタッチの確認を、リオンは軽く弦を鳴らして感触を確かめてから──。
(……よし。指の記憶、ちゃんと残ってる。レン──いくよ)
リオンが顎にバイオリンを乗せ、軽く弓を構える。
レンが鍵盤の上にスッと細い指を渡した。
視線が交差した、次の瞬間。
──大広間の緊張した空気を一瞬で切り裂くような、澄み切った『鐘の音』が響き渡った。
パガニーニ/クライスラー編曲──『ラ・カンパネラ』
昨年のリオンのコンクール曲……のはずだった。
バイオリンの超高音のハーモニーが、光の粒となって大広間にはじけ飛ぶ。
間髪入れずに叩きつけられる、レンの繊細なピアノの旋律。
「……っ!?」
バカにしたようなジュリアン殿下の顔から、一切の笑みと余裕が消えたのが見えた。
でも──今はそんなことどうでもいい。
(……手、痛くない。自由に動く。──あの日以来の、大好きな音楽)




