ぼっちの王様①
◇◇◇アルヴィス◇◇◇
「え? 猫、おっきくならないの?」
「いや、現になってるじゃん」
双子の頭が同時に何度も左右に傾くのを見て、アルヴィスは思わず吹き出しそうになってしまった。
離宮の応接室で若草色のソファに座り、ルルを膝に抱っこしているレン。
お茶を飲むべくカップに手をかけようとしていたリオン。
二人の頭の中は、現在疑問でいっぱいらしい。
「ああ。もう一度言うが、猫は大きくならない。特殊な種類の猫、というのも存在しない。大きくなるのは──魔獣になってしまったときだけだ」
長い足を組み、静かにほほ笑みながら説明したアルヴィスは、ソーサーを持ちあげると優雅に紅茶を一口含んだ。
双子も続いて紅茶を飲む。
二人の所作は大変美しいもので……そういえば初めて出会ったときから、言動こそ破天荒ではあったものの、さりげない仕草は王族たる自分が見ても美しく、それでいて無理をしている様子は一切見られないものだったことを思い出した。
「じゃあ……ルルはなんなの? 猫じゃないの? どう見ても猫なのに」
「ツノが生えた猫など存在しない」
今までルルは、双子以外に触れさせたことがなかった。
やんちゃでかわいいけれど警戒心が強い猫なのだと特に気にしていなかったため、額の白い毛の間に小さなツノがあることに、周囲の誰も気づいていなかったのだ。
「でも、出会ったときからルルは白い子猫だったし、ツノも生えてたよ? 珍しい種類の猫だからルルはきっと大きく変身できるはずだけど、珍しすぎてさらわれちゃうから人に話しちゃだめだよって教えてくれた人がいて」
「──つまり、二人がルルと出会ったとき、他に誰かいたということだな?」
「うん、そう。ニックさんっていう、おじさん」
「そういえばニックさん、ルルをなんとかだって言ってたよな。なんだっけ……うーん……あ! 『孤独の王』だ!」
「そうそう! 『孤独の王』! そんなこと言ってた! 手のひらサイズだった白猫のルルがね、身の毛もよだつ、すっごく大きな黒い魔獣に見えたんだって~」
「あれな! やばい人かと思ったよな。光り輝く漆黒のツノが、とか言ってさ」
くすくすと楽しそうに笑う二人の会話から、アルヴィスは頭の中で情報を組み立てていく。
──瘴気が見えないと思われる二人の認識は、一度除外すべきだ。
ニックなる男が見えていたのは、見たこともないほど超大型の魔獣。
全身が黒く、頭に光り輝く漆黒のツノを持つ──……『孤独の王』?
「…………『虚空の王』では?」
「あ……なんかそんなのだった!」
「……ぷはっ! 私たち二人して『孤独の王』って! ルル、ぼっちの王様みたいになっちゃってた! ごめんっ!」
自分たちの盛大な覚え間違いに気づいたらしく、腹を抱えて笑う二人。
そんな主人を非難するかのように、ルルが「みゃ、みゃーうっ!」と鳴いて、二人の指をカプカプと甘噛みし始めた。
(『虚空の王』か……世界に終焉をもたらすおとぎ話の魔獣。実在していたとは。それがリオンたちには最初から白い子猫に見えていて──実際にリオンに触れたことで、一気に瘴気が浄化されたというわけか)
リオンの無自覚な行動で、すでに世界の破滅が防がれていたとは。
アルヴィスは、リオンの膝の上でカプカプと戯れているルルの額に視線を落とした。
そこにあるのは、かつてニックが見たという禍々しい漆黒のツノではない。
まるで氷のように透き通った、透明なクリスタルのツノだ。
(そして……大小さまざまな姿に変身し、透明な結晶のツノを持つ白き獣。そんな存在は、歴史上に一つしかない)
頭の中で、記憶が一つにつながる。
(銀嶺の守護獣──ルミナーク。かつて大陸全土を支配したヴァルハイト大帝国の建国神話に出てくる神獣、か。そちらも実在したとはな……)
つまり、かつての『銀嶺の守護獣ルミナーク』が瘴気に侵され、禍々しい漆黒のツノを持つ魔獣へと落ちた姿こそが、『虚空の王』だったということなのだろう。
そしてニックという男は、その真実に気づいた。
黒いツノが透明なクリスタルへと変わる瞬間を目の当たりにしたのなら、察するのは容易かったはずだ。
さらに男は、双子が何も見えていないことにも気づいた。
だからこそ自分が余計な口を出すべきではないと判断し、ルルの正体がバレないよう『珍しい猫』とうそをついて言い含めたのだ。
(ずいぶんと聡明で、察しのいい男のようだな。そして俺はこのことを──二人に伝えるべきなのか……?)
ルルが聖獣であると知っても、二人はルルへの扱いを変えたりはしないと思うが。
屋敷の人間は先ほど徹底した箝口令を敷いていたが、二人がポロッと口にしてしまう可能性は──。
(……非常に高そうだな。伝説の聖獣だと知れば、ルルはすごいんだぞと自慢したくてたまらなくなって、周りに匂わせてきそうだ)
その様子があまりに鮮明に想像できる。
アルヴィスはまたしても吹き出しそうになってしまった。
であれば、今言うべきはただ一つ。
「──ルルのような種族の猫を文献で見聞きしたことはない。だが今のルルが魔獣ではないのは確かだ。それは俺が保証する。──つまり……もう完全に絶滅してしまい、ルル一匹しかいないということなのだろう。こんな小さな姿だが、すでにかなりの長寿だと思うぞ」
嘘をついているわけではないが、肝心のことも言わない。
ただ、秘匿すべき条件を追加しただけだ。
「……うそ。もういないの?」
「きっと乱獲されたんだ。ひでぇ。どこもそんなのばっかりだ」
悲しげに眉を下げた二人は、ルルをぎゅっと抱きしめる。
「ルルが最後の一匹って知られたら、きっとみんなから狙われちゃうよね……貴重って言ってたのは本当だったんだ」
「ていうか、ニックさんが言ってたことよりさらにやばいよ。文献に残ってすらいないってことは、もうずっと前にルルしかいなくなってるんだ」
「……ルル! 一人ぼっちで寂しかったねっ!」
リオンが泣きそうな顔をして、ルルの頭に頬を擦り付けた。
頭や顎下をカリカリと掻いてやると、ルルも気持ちよさそうな顔をしている。
「みゃ~う」
ふと、レンが顔を上げた。
「……じゃあさっきの……『孤独の王』ってマジでルルのことじゃん」
ぽそりと呟いたレンの言葉に、リオンは一瞬呆気にとられ──ブハッと吹き出した。
「ルル、ほんとにぼっちの王様だった! あはははっ!」
「ミャ、ミャーウッ! みゃう!」
またしても大爆笑を始めた双子に、ルルが目を吊り上げて抗議している。
「ひゃあっ! ごめんってぇ~!」
「ルルにはもう僕らがいるじゃんってば! わっ、噛むなよぉ」
(──……シリアスが続かない双子だな)
そこが良いところでもあるのだが、とアルヴィスは口元を緩めた。




