責任は取ってもらう②
本日5話まとめて投稿します。
2話目。
根本的な問題として、アルはなぜ呪われているのか、という問題がある。
今まで呪いを受けていたということで、第二王子は前面に出られなかった。
それゆえ、第一王子の地位は安泰だったはず。
それが仮とはいえ、アルの呪いが解除されてしまったわけだ。
第一王子のことは知らないけれど、アルの容姿がこの世界でもとびきりすばらしいものであることは、使用人の反応を見れば言うまでもない。
さらにアルは、引きこもってうじうじしてばかりの人間ではなかった。
この離宮には膨大な蔵書量を誇る書庫があり、彼はそれをほぼすべて読破していた。
執事情報によると、難解な戦略術だろうが、物理書だろうか、どれも当然のようにしっかりと内容を理解しているらしい。
幼少期から、とびきり頭が良かったという。
アルに仕事の内容を聞くと、第一王子の仕事の補佐をしていた。
どれもこれも、第一王子の実績となっている。
(なるほど。容姿がすばらしく、頭も切れる義理の息子。それまでは呪いの影響から第一王子の即位は安泰だった。これはどう見ても──アルは邪魔者案件じゃない?)
ちらりと弟に目配せをすると、彼も同じ思いをしていたようで、複雑な表情のままこくりと頷いた。
立ち上がったリオンたちは、椅子を引きずりアルの左右に設置した。
「な、なんだ? どうした?」
怪訝そうな顔で動揺しているアルを横目に、左右に座り──その肩にコテンと頭を乗せた。
「アル~。私たち、王宮まで一緒に着いて行こっかな~?」
「僕もお城見たいし~……って、ルル、どこ行くんだよ! おいっ!」
ピョーンとテラスから庭に走って行ったルルを追いかけて、レンが去ってしまった。
双子からの甘えっこ作戦だったのに、リオン一人になってしまった……。
実際のところ、別に王宮になど行きたくない。
むしろ、拒絶したい。
なぜなら双子は詐欺師である。
万が一聖女活動をしていることが耳に入り、それが詐欺だとバレようものなら──。
(え、この世界では詐欺罪ってどうなるんだろう? まさか死罪とか……!?)
恐ろしい考えが脳裏をよぎった。
けれどアルを一人で敵地に向かわせるようなことはできない、と思っていたら。
──アルはフハッと声を出して笑った。
「お前たちは本当に心配性だな。問題ない。──リオンこそ……おとなしく待っていろ」
彼はなぜか真剣な表情をしてから目を細め、リオンの頬にするりと手を置いた。
眼前に迫るサファイヤブルーの瞳は宝石のごとく乱反射しているように見え、そこに自分が映っている。
(……ち、近っ!?)
今までそんな風にあるから触れることなんてなかったのに、一体どうしたことか。
動揺して、声が出ない。
アルは私をじっと見つめたまま、微動だにしない。
リオンの頬に添えられたままのアルの手。
そっと動かした彼の親指が──リオンの唇をなぞった。
(ふぇ!?)
メデューサにより石に変えられた人のように、リオンは刮目したまま硬直した。
体温も心拍数も急上昇。
動けないのに、顔が真っ赤になっていること間違いなし。
アルは何かにとり憑かれているかのようにボーっとしていて、リオンをその瞳に宿したまま、親指でリオンの頬や唇をなぞっている。
(な、なななに!? 今までと違う、他のお化けにとり憑かれちゃった!? あ、私に触れてたらお化けとり憑けないじゃん。じゃあこれって──)
身体がぞくぞくっとした。
不快ではない。
むしろアルの方から初めて触れられてうれしいのだと気づいた瞬間。
リオンの中で、急速に危険信号が鳴り始めた。
──これ以上は、ダメだ。
「……アルっ!」
「!? はっ!? す、すまない!」
大きな声で名を呼ぶと、アルが慌てて手を引っ込めた。
彼は完全に無意識だったようで、自身の手で口元をおおい隠し「俺は一体何を……!?」と動揺している。
これでも現代女子高生。
アルのこの行動がなんの意味を持つのか、まったく分からないなどと言うつもりはない。
今──アルはリオンを異性として見ていた……と思う。
「……え~? 顔に何かついてたぁ? それともリオンちゃんのこのすべすべほっぺ、触ってみたくなっちゃったの?」
からかうようにわざとにやりと笑い、アルの腕を横からつんつんと突っつく。
「いや、あの」
「まぁ分かるけどね? 私もアルのほっぺ触ってみたくなるし~」
きゃはは! と笑いながら、さらに彼のほっぺもつんつんと突く。
ひんやりとしていて、すべすべしていて、毛穴はどこだというほどの肌。
「リオン。俺は」
何か言いたそうにしているアルの言葉を、リオンは遮った。
「家族のほっぺって触りたくなるよね! 私はレンのほっぺ、よく抓ってる。レンのほっぺはすっごく伸びるんだよ。ふふふっ。今度やってみるといいよ。怒るけどね」
笑いながら話題を逸らした。
──突然自分のテリトリーに現れた、家族みたいな人が異性なら。
特別な感情を持ったような気持ちになることもあるだろう。
今まで自分の生活にいなかった異性が、いきなり日常の距離感に入り込んでくるのだから。
恋愛リアリティショーと同じだ。
あれに用意されたシナリオがあるかどうかはともかく、限定された空間に男女が放り込まれれば、人は容易に身近な相手へ恋心を抱く。
けれどそれは、ただ環境的要素が強かった場合がほとんど。
ひとたびその閉塞的な箱から抜け出せば、外の世界にはもっと魅力的な人がたくさんいることに気づくのだから。
アルは特にその状況に陥りやすいだろう。
呪いのせいで今まで誰とも接触できず、スキンシップのメーターが極限までマイナスに振り切れていた状態。
そこにリオンたち伊集院姉弟という、接触過多で距離感バグ気味の双子がいきなり投下された。
彼の情緒がバグっても無理はない。
しかも今のところ、リオンだけがアルのお化け呪いを一時的に除霊をできるという──彼の中で非常に重要な人間になっている。
確保したい特別な存在と思っても、何もおかしくはない。
(けどそれは……私しか選びようがないからなんだよ~。ただの勘違いってこと)
女子高という状況ながらも、今までたくさんの人を見てきたリオンと。
この、心地よくも狭い『離宮』という箱庭だけで、ひな鳥が初めて親鳥を見るかのようにリオンを見ているであろうアル。
同じ景色になど、なりようがない。むしろ、なってはならない。
(吊り橋効果と箱庭効果のダブルパンチってとこか。ちょっとスキンシップ、しすぎたかな)
それに……リオンたちは異世界の人間。
そのうちいなくなる自分が、アルの心を乱すのは適切ではない。
朝のハグは必須だ。
アルの除霊に必要だから。
それ以外では──少しずつ距離を置いた方が良いかもしれない。
ぐっと胸が締め付けられる気がしたけれど、きっと気のせいだ。
コテンと首を傾げた私は、計算しつくされた、あざとかわいいスマイルをアルに向けた。
「アル、王宮行かないといけないんじゃないの? それとも私たちも連れてって……く・れ・る?」
「え、なになに~? 王宮連れてってくれるって~?」
とぼけた声のレンが、ちょうどテラスからルルを頭に乗せて登場した。
「ちょっ! ルル、なんで頭に乗ってるの!? かわいい~!」
「なんか気に入ったみたいでさ……降ろそうとすると、ぺちってされる」
レンのところに行き、ルルに手を出すと……レンが言っていた通り、私もぺちっとされた。
「さわらないで!」と言われている感覚。
「え~、ルルぅ。リオンちゃん、それはちょっと悲しいわぁ。ほら、私の頭に移動しなよ!」
レンの頭にリオンの頭をこつんとあわせ、移動を促すけれど──ルルには無視されてしまった。
といいつつ、これもアルへのけん制なのだけど。
アルへの接触はリオンにとって家族の範囲なんだよと、レンを使うことで見せつけているつもり。
ちらりとアルに視線を送ると彼は──ふっとやわらかく微笑んだ。
光り輝いてまぶしいその笑顔はあたたかく、何もかもを許容しているかのように見えて、慌てて視線を逸らした。
(び、びっくりした。今、心臓めっちゃ飛び跳ねた……)
「では俺は王宮に行ってくる。二人を連れて行きたいのは山々だが、許可のない者を王宮に連れて行くことはできないからな。二人は留守を頼んだ」
そのまま部屋から出て行ったアルを見て、レンがぽそりと呟いた。
「なんかアル……たくましくなった?」
「…………」
リオンもそう思ったけど。
急激に心臓が鼓動を増していることを隠すため、無言を貫くしかなかった。




