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異世界救済  作者: リンドウ
第一章 【希望の少年】
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第一章一話  ヴィルゴの森


「……て…………起きて」

 

 体を揺さぶる振動と少女の声が徐々に大きくなり、少年の意識が覚醒する。


「……ん?うわぁぁぁ」


 短い黒髪、上下グレーのスウェット、どこにでもいるような平凡な顔つきの少年は、寝起きに現れた見知らぬ少女に悲鳴を上げ、少し後退りし、はっきりとしない頭と目で目の前の少女を見つめる。


「…………だれ?」


「私はカスミだよ!君は?」

 

 黒髪のポニーテールに黒の外套。黒を基調としたコーディネートのカスミは、黒色が持つ重い印象を跳ねのけるような、美しい笑顔で少年の顔を覗き込む。

 褐色の瞳に見つめられ、少年は顔を少し赤く染めるが、子犬の様にそわそわと返答を待つカスミに急かされ、口を開く。


「…………シキって言い」


「シキって言うんだ、よろしくね!」

 

 食い気味にハイテンションで答えるカスミに多少戸惑いながらも、瞳を動かしてあたりを見まわし状況の整理を始めた。


(ここは、どこなんだ?東京じゃないよな)


 シキが東京じゃないと判断したのは、目の前に疎らに生えている木々の見た目だ。根、幹、枝、葉。木を構成する要素すべてが黒く染まった木。こんなもの見たことが無かった。

 東京ではない、もしかしたら日本でもない。少なくとも海外か、


「ここってどこ?」


「ここは、ヴィルゴの森だよ」


「ヴィルゴ?」


(ヴィルゴってどこかで聞いた気が……ヴィルゴ、ヴィルゴ、ヴィルゴ…………)


 カスミの口から出た聞き覚えのある名前。頭の中でその言葉を何度も唱えるとシキは「あっ」と言いながらカスミに目を合わせ、


「ヴィルゴって星座の名前だよね?」


「違うよ……」


 シキの出した答えを、カスミは考えることなく否定した。全くの見当違いなのだろう。


「ヴィルゴは、十二宮の一人だよ」


「十二宮?……って、ここって結局どこ!?」


 カスミから聞かされた情報はシキの知識には無いものだった。

 ヴィルゴとは何なのか、最強とは何なのか。歴史上の偉人なのか、はたまた格闘家なのか。


「ごめんごめん。この森の外のことが聞きたかった?」


 カスミは自分の答え方が悪かったと思ったのか、シキに謝りながら近くに落ちていた棒を拾い、地面に何かを書き出した。


「簡単な説明になっちゃうけど……」


 地面に大きな丸を書くと、その中にバツ印を描いた。これは簡易的な地図なのだろう。


「丸の内側が大陸ね。西がレオ獣王国、南がタウラス王国、東がピスケス神国、そして今いるのが北のアリエス王国だよ」


 レオ、タウラス、ピスケス、アリエス。すべて十二星座の名だ。シキは地理に詳しいわけではないが、このような名前の国があれば知らないはずはない。

 

 シキの中で仮説が生まれる。今の状況やカスミの話をまとめた結果、出てきた仮説。

 馬鹿げてはいる。正気ではないのかもしれない。だが、カスミの話が本当なら、これが悪質ないたずらでないのなら、

 

「…………異世界……異世界転移?」


(いやいや、そんなわけないだろ)


 現実味がない、シキはそう思っていた。

 シキは十六歳の高校生であり、現在は不登校である。不思議なもので、学校に通っていた時は一日が短く感じていたが、学校に行かなくなってからは一日が長く感じるようになっていた。暇な一日どう過ごすか、学校には行きたくない。けれども何もしないのも苦痛だ。そしてシキはアニメやゲームに時間を費やすようになっていった。そうなれば当然、異世界という存在も知ることになる。

 

 だがそれは画面の中の話。自分には関係のない、創作の話…………のはずだ。


「……あのさ……変なこと聞くけど、魔法って使える?」


 もっとふさわしい質問があったかもしれない、もしここが日本のどこかであればカスミはシキを頭のおかしい人として認識するかもしれない、酷い場合にはカスミはこの場所から一目散に逃げるだろうだが、シキはそれでもいいとすら思っていた。

 好奇心がシキを動かしていた。


「私は使わないけど、使える人はいっぱい知ってるよ」


「魔法がある!?」


 憧れの異世界転生をした喜びに変質者にならなかった喜びが少々混ざり、十六年の人生で感じたことのない幸福感に包まれ、シキは立ち上がりガッツポーズをしていた。


「じゃあ、俺も魔法使えるかな!?」


 突然のガッツポーズに驚き、尻餅をついたカスミに近寄る。


「使えると思うよ。ちょっと待ってね……」


 そういうとカスミは、近くに置いていたバッグの中から一冊の本を取り出した。

 その本はかなり年季が入っており、所々に修繕の跡があった。


「この本は、史上最高の魔法使いアリアが書いた魔術書だよ」


 魔術書が目の前にあるだけでも心が躍るのに、史上最高の魔法使いが作ったというオプションまで付いている。

 シキの目の輝きは最高潮に達していた。


「これを読めば魔法が使えるの!?」


 シキは赤子を触るような優しい手付きで魔術書を受け取り、一ページ目を開いた。


「……読めない」


 魔術書に書かれていたのは見たことのない文字だった。この世界特有の文字なのだろう。

 それでもシキは諦めきれず、魔術書の解読を試みたが何の心得も無いシキに解読ができる訳もなく、数秒悩んだ末に悲しみをこらえてカスミを見つめていた。

 シキが泣くと思ったのか、カスミは慌てて説明を始めた。


「大丈夫!読まなくても仕組みを理解できれば使えるよ!この魔術書は、魔法についてとか魔法の使い方とか入門編みたいなものだから読めなくても大丈夫だよ」


 カスミが説明するとシキの悲しみはどっかに行ったのか、目を輝かせ魔術書を見つめていた。


「じゃあ気を取り直して魔法の基礎から教えるね。」


 カスミは両手をまっすぐシキの方に向けると、次第に白い膜のような物が腕を覆っていった。


「それって何?」


「これはね、魔力だよ。今やってるのは魔力操作の練習で、これができるようになって初めて魔法が使えるの」


 カスミは説明しながら白い膜を波の様に揺らし、手に集めた。


「魔法を使うときは、魔力を手に集めるんだけどこれが下手だと魔力をいっぱい使っちゃったり、逆に少なすぎて魔法が発動しなかったりするの。だから最初に魔力操作を練習するんだよ」


 カスミの説明に「なるほど」と相槌をうちながらシキは考えていた。それは魔法が使えるかどうか以前の話であり、今の今までシキの頭から抜けていたことだった。


「…………俺って魔力あるのかな?」


 今まで魔法なんて物とは無縁であり、魔力なんて意識したこともなかったシキは、自分に魔力があるかどうかなど知る由もなく、不安に駆られていた。


「どうだろ、あるとは思うけど……確かめてみる?手出して」


 そう言うとシキの手に両手を乗せ、ハンドマッサージの様に全体を指圧し、


「魔力はあるけど栓がしてある状態だね」


「それって大丈夫なの?」


「大丈夫だよ!子供が成長過程でなったりするから。ちょっと痛むけど我慢してね」


 成長痛の様なものかとシキが考えていると、突如腕に痛みが走り、電気を流したように全身が痺れるような痛みに包まれていった。


「ウゥァァァ!?……こ、これが治療!?」


 治療に痛みが伴うのは良くある話だが、このような痛みは感じたことが無かった。


「これ、いつ、終わんの!?」


 カスミの手を放さず治療だと信じ、痛みに堪えていたシキだったが痛みが増すのに比例して不安が大きくなっていた。


「今、私の魔力を流しこんでこじ開けようとしてるの。もうちょっとで終わるから我慢してて。」


 カスミの言葉に希望を見出したのか、先ほどまで痛みで地面ばかりを見ていた瞳をカスミに向け、「まだいける、大丈夫」と、何度も自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。

 しばらくすると徐々に痛みが引いていき魔力の膜が全身を覆っていった。


「これで大丈夫!魔力を感じるでしょ?」


 汗を拭いながらカスミはシキに問いかけた。

 全身を覆う魔力の膜から僅かな熱を感じ、何枚も重ねてきた服を脱ぎ捨てたかの様に体が軽くなった。シキは確かに魔力を感じていた。多少の痛みも伴って。


「……感じる、これが魔力!ありがと、カスミ!」


 シキの真っ直ぐな感謝に少し照れながら、カスミは恥ずかしそうに頬を染めた。


「早速魔法やってみる?」


「もちろん!」


 この世界に来てから興奮しっぱなしのシキは、待ってましたと言わんばかりに答えた。


「まずは、場所を変えよっか」


 カスミはシキを連れて森の少し開けた場所に案内した。


「じゃあ始めるよ。準備はいい?」


 カスミの問いかけにシキは頷き身構えた。

 深く息を吸い、吐く。緊張と興奮を落ち着かせるために。


「今から教えるのは風系統の初級魔法だよ。風系統は魔法の中で一番使用率が高いんだけどなんでかわかる?」


 いきなりの問題にシキは転移前の記憶、つまりアニメを思い浮かべていた。

 風魔法と言えば風を刃の様にしたり、風を起こし敵を吹き飛ばしたり、何より、


「かっこいいから?」


「それも……あるのかな?」


 シキの答えを否定しなかったのはカスミなりの優しさだったのかもしれない。


「正解は汎用性の高さだよ。風魔法は戦いに使えるのはもちろんなんだけど、服を乾かしたり霧を晴らしたり、水中で呼吸できるようにしたり、戦いだけじゃなくて家事とか遊びとか旅にも使えるの!それに他の魔法よりも安全性が高いから、最初に魔法の感覚をつかむのにピッタリなんだ!」


 今まで魔法とは無縁の生活をしてきていたシキにとって、考えたことのないような使い方に少し驚き、魔法の自由度の高さに喜びを感じていた。


「まず教えるのは魔法で一番大切なこと考えるってこと」


「考える……?」


「分かりやすく言うと想像だね。脳内で何度も魔法を使う想像をする。それに現実が追いついて、魔力と混ざると魔法になるの。」


 カスミの説明を聞いたシキは、スポーツ選手のイメージトレーニングを思い浮かべていた。頭の中で色々な場面やプレーを想像し、最善の行動をイメージする。そうすることで実際にそのような場面に遭遇した時に瞬時の判断を促したり技術力の向上といったような効果がある。


「想像が上手くできないと魔法は失敗するってこと?」


 シキにとって魔法とは、魔力があり呪文を唱えるだけ、ただそれだけで完結するものという認識だった。だからこその疑問だろう。


「半分正解だよ!想像力って魔法の型枠なの、その中に魔力を入れる。これが魔法だよ。この時に重要なのが、型枠も魔力も自分次第ってこと。自分が使いたい魔法がどのくらいの大きさなのか、威力なのか、それを想像して型枠を作り、魔力量を調節する。この時に失敗すると型枠の形がおかしかったり魔力量が多かったり少なかったりして魔法が発動しない。これが想像力が一番大事って言われている理由だよ。そして、呪文は補助、型枠を作る手助けをしてくれるの」


 カスミの説明が終わるとシキは下を向いていた、それを見たカスミは慰める為か笑顔を作り、シキの顔を覗き込んだ。


「ごめん難しかったかな……って、その顔なら大丈夫そうだね」


 シキは魔法の難しさで頭を悩ませ下を向いたのではなく、魔法について考えるため、そして魔法に一歩近づいた喜びから下を向いていた。顔を見てそのことに気づいたカスミは、作り笑いから優しく見守るような微笑みに変わっていた。


「シキ、頭の整理は終わった?」


「大丈夫、早速一個目の魔法を教えてくれ!」


「うん!最初はウィンドカッターだよ。本当は実際に見せてあげたかったんだけど、魔法苦手だから出来ないんだ。だから説明だけで……いらないみたいだね」


 シキが最初にイメージしたウィンドカッターは風を刃に変え飛ばすもの。それは名前からも分かる。そこからイメージを深くする。形や速度や威力、思いつくものを手当たり次第に深堀し、最終的にシキは当たった際の痛みや傷の程度すらも完璧にイメージしきっていた。


 ここまでイメージをできるのは魔術の才があると言えるだろう。


「準備ができたら手に魔力を集めて放って!」


 カスミの言葉を聞き、シキは手に魔力を集め前方の木に向かって伸ばす。


『ウィンドカッター』


 手に集まった魔力が輝き、その後何も起こらず輝きが消えた。


「あれ……魔法は?」


 シキが困惑するのも無理はなかった。完璧なイメージに手順通りの魔力操作。シキに不手際は一切なかったからだ。


「おかしいな……もう一回」


 その後何度も同じことを繰り返し、あるはずのない間違いを探したシキは、魔力の使い過ぎにより疲れ、座り込んでしまった。


「……なんで出ないんだ?」


「ごめん……私のせいだね…………」

 

 カスミは顔を曇らせ、シキの横に立っていた。


「カスミは悪くないよ。教え上手で先生みたいだったよ。きっと何かあるはずなんだ」


 原因があるはず。無ければ困る。

 念願の魔法を前に、才能が無かったで終わりにはしたくなかった。


「わたし、原因を知ってるの」


「えっ!?……何なの?」


「それはね、病気なの」


 これまで重い病気に罹ったことなどなかった。だからこそ、異世界で聞いたことも無い症状の病気に罹ったことで、言葉を無くした。


「魔力はあるのに魔法が使えない。私が知る限り、シキで二人目の稀な病気。でもね、一個だけ方法があるかも」


 カスミはそういうとさっき描いた地図と同じものを地面に描いた。


「この森を抜けて北側にまっすぐ行くとアリエス王国の王都トレイに着く。そこに世界最高の医者がいるの。その人は魔力障害とかも詳しくて、さっきやった治療の発明者でもあるから、もしかしたらシキのことを治せるかもしれない」


 今のシキにとってこの情報は何よりも価値の大きいものだった。しかしこの地に来たばかりのシキには不安があった。それは身分の分からない者が医者に会えるのか、何より王都に入ることができるのかというものだった。

 そんなことを考えていると、木陰に置いていた荷物を担ぎ、


「善は急げだよ!」

 

 言いながらシキの手を引き、歩き出すカスミ。カスミには不安などお見通しなのだろう。

 だからこそ、シキは足を止めた。


「ちょっと待って。そこまでしなくて大丈夫だよ。一人で行けるから」


 カスミに対して着いてきてほしいという気持ちはあったが、言い出せなかった。

 申し訳ないと思ったのか、それとも拒絶されるのを恐れたのか、シキ自身もわからなかった。だがそんな考えを否定するように、笑顔をシキに向けた。


「昔、お父さんに言われたんだ「人生は一度きり、やりたいことをやれ」って、だからシキと行くんだよ。一緒に行きたいから」


 シキは何も言えなかった。カスミの優しさに触れ、彼女に対してどの言葉を投げかけるのが相応しいか、分からなかったから。

 

 言葉が出ないから、少し強く手を握った。

 それだけで、伝わる気がしたから。

 



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