第一章二話 昔話
王都を目指し歩き始め一時間、恐れていたことが起きてしまった。
(…………気まずい)
先ほどまでは異世界に来た興奮で勢い任せに会話をすることが出来ていたが、時間が経つにつれ興奮が冷め、元々コミュニケーション能力が高くないシキは、話しかけることすら出来ずにいた。
(まあ、話しかけても内容が無いけど)
カスミの後ろ姿と森を眺めながら話題を探すが、全くと言っていい程見つからない。
これはシキだけが悪いのではない。森のせいでもある。
この森には黒く染まった木しか生えておらず、暗い雰囲気を漂わせる景色が変わることがない。少しでも変化があればすぐにでも食いつき、世間話を展開できるのだが。
(…………なんもねぇな)
あるはずもない話題の種を探すが当然見つからない。そんな退屈な時間を壊したのはカスミだった。
「昔話って、好き?」
「ああ、好きだよ」
昔話が好きなわけではないが、カスミが話しかけてくれたのだ。乗らない訳にはいかない。
「さっき話したアリアの話」
「聞きたい!」
撤回しなければいけない。シキはこの手の話が大好きだ。
「史上最高の魔法使いアリア。彼女が生きていたのは五百年くらい前、魔法使いが選ばれた人って言われてた時代」
「選ばれた人?」
「今は子供でも魔法を使えるけど、昔はそうじゃなかったの。魔法を使える人は一握り。その中でも、魔法の原理を理解してる人はいなかったの。魔力が発見されて無かったから」
「魔力が発見されて無かったって、そんなことある?体の中にあるのを感じてるのに」
シキは胸に手を当てる。そこには確かに魔力がある。暖かいような、動いているような、はっきりとはしないがあるのは確か。これが発見されていなかったとは、到底思えない。
「シキが初めて魔力を感じたのはほんの一時間前でしょ?でも、普通の人は違うの。母親のお腹の中にいる時から感じているの。だからほとんど違和感が無くて。実際、魔力の源は心臓にあるから、心臓の機能の一部だっていうのが世界の常識だったの」
「なるほどね。その常識を覆したのが、アリアだったんだ。でも、どうやったの?」
シキが質問するとカスミは笑い始め、
「フフフ、それが面白くてね。魔法を使い続けたの」
「使い続けたって、もしかして魔力が切れるまで!?」
「うん!」
魔法は魔力を動力としている。当然、使い続ければいつかは切れる訳だ。
魔力が流れたことで違和感を感じたシキの様に、魔力が切れた違和感で魔法の仕組みを知ったのだろう。
「そういうの柔軟な発想って言うんだろうな」
「全然柔軟じゃないよ」
「えっ?」
「元々の魔力量が多かったから、魔力切れまで何時間も掛かったんだって。しかも、森でやってたはずなのに最終的には森が無くなって、敵が攻めてきたと思った騎士団が出てきたんだって」
「めちゃくちゃだな」
この昔話が真実かは分からないが、アリアという人物を象徴するような話なのだろう。
魔法への探求心、発想力、規格外な力。アリアが五百年も語り継がれてきた理由が分からなくもない。
「ところでさ、史上最高って呼ばれてるけど、最強では無かったの?」
「アリアは強かったんだけど、それ以上に強い人がいたの。史上最強の魔法使いエド。アリアの旦那さんだよ」
「えっ、夫婦なの!?」
「そうだよ!でも、魔法だけで言ったらアリアの方が強いの。ここでシキに問題。エドは魔法以外に何が強かったでしょう?」
「うぅぅぅぅぅん…………」
カスミからの問いに、シキは頭を悩ませる。
ここが異世界だということを考えると、魔法に対抗するのは剣か、それとも弓か。
「剣……素手……弓とかもあり得るな」
「決まったかな?」
シキが頭の中で思いつく限り出したところで、カスミが声を掛けてきた。
「剣かな。やっぱり魔法に対抗できるのは剣でしょ」
シキがそう言うと、カスミはフフフと笑い出し、
「シキ、外れだよ」
「マジかよ」
「そう言うと思ったよ!」
答えが予想通りだったことに笑うカスミに、シキがムスッとしながら「笑ってないで教えろよ」と、答えを急かす。
「ごめん、ごめん。正解はね、全部だよ」
「…………は?」
全部とは何なのか。
シキの思考が止まってしまう。
「剣、弓、柔術、その他諸々。この世にある武と呼ばれるほとんどのものを、エドは極めていたの」
剣、弓、柔術、この三つをすべて極めるなど、人に出来るのか。この世界にいくつの武術があるかは分からないが、武芸百般という言葉が相応しいだろう。
「魔法使いは、近距離の戦いに弱いの。でも、エドは違う。遠距離は魔法、中距離は弓、近距離は剣、至近距離は柔術。すべての距離で最適な手段を使う。だから、最強って呼ばれてたの」
「そんなすごい人がいたんだな。会ってみたかったな」
「エドには会えないけど、エドの弟子になら会えるよ」
予想外の朗報に、シキは口角が上がり、
「マジ!弟子がいるんだ。どこに行けば会えるの?」
「フフフ、今向かってるよ」
シキが向かっている場所は一つしかない。
「王都に居るの?」
王都トレイ、医者に会うために向かっているアリエス王国の都。
「そうだよ。実は、今から会いに行くお医者さんが、エドの弟子、十二宮のアリエスだよ」
「え!?そうなの!?」
一石二鳥とはこのことか。
治療に行くついでに、エドの弟子であるアリエスに会えるのだから。
そんなことを考えていると、カスミが先ほど言っていたことを思い出す。
「そう言えば、この森の名前になってるヴィルゴも十二宮だったよね?」
「そうだよ!ヴィルゴも十二宮だよ。ちなみに、タウロス、レオ、ピスケスの三人も十二宮だよ」
今、カスミから出た名前は、アリエス王国以外の三ヵ国の名前だ。ということは、三ヵ国の名前の由来も十二宮なのだろう。
「そうなんだ。じゃあ、この世界はエドの弟子が統治してるって感じ?」
「うぅぅぅん……厳密に言うと違うかな」
カスミは顎に手を当て、歯切れの悪い返答をする。
名前が国名になっているのだから、その国を統治しているのではないか。というシキの考えは、どこかが間違っているようだ。
「ちょっと複雑な話だから、昔話を続けながら話そうかな」
そう言ってから軽く咳ばらいをすると、カスミは話し始めた。
「五百年くらい前、今よりも国の数が多かった頃。各地で戦争が起きてたの。領土を広げるため、力を誇示するため、そんなくだらない理由で毎日のように罪のない人達が死んでいく。その状況を変えるために、エドとアリア、そしてその弟子である十二宮は、各国を相手に戦ったの」
「たった十数人で?」
「うん、たった十数人。でも、負けなかった。参戦したすべての戦場で敵を倒し、各国は次第に戦う力を失っていったの」
「じゃあ、戦争に勝ったんだ」
カスミは首を振る。
「勝ってない……それどころか、始まっても無かったの」
「どういうこと?だって力を失ったんでしょ?」
「うん、失ったよ。一国で戦う力は」
カスミの言葉で分かってしまった。この先の展開を、人間の邪悪さを、
「もしかして、国同士が手を組んだ?」
「正解だよ。戦争の邪魔になるエドたちを倒すために、十を超える国が手を組み、連合国として襲い掛かったの。でも、少数精鋭だったエドたちは、身軽さを武器に奇襲を繰り返して少しずつ相手を倒して、互角の戦いをしていたの」
「互角…………でも、流れから察するに連合国側にはまだ奥の手があったんじゃない?」
シキがそう考えたのは、連合国側が単に兵士の数を増やすために手を組んだとは思えなかったからだ。
数々の戦地で数的不利を覆してきたエドたち相手に、数で押し切る戦いをするとは思えない。それに、十ヵ国以上が手を組んだ連合国側の指揮系統は、少なからず混乱があったはず。そうなると、単に数を増やす以外に理由があったと思わざるを得ない。
「シキ頭いいね。正解だよ」
「やっぱり。で、何があったの?」
カスミは一呼吸おいてから、
「禁術を使ったの。大量の人間の命と引き換えに、魔神を作る禁術」
「魔神を作る禁術……?」
「魔神って言うのは、魔法の神のこと。人間ではありえない程の魔力を持ち、すべての魔法を操る。そんな怪物を作り出し、エド達と戦わせようと考えたみたい」
「その怪物は、連合国の言うことを聞いたの?」
「いくつかの方法を用意していたけど全部意味なくて、結局は魔神の暴走で連合国は崩壊。魔神は世界を破壊するために動き始めたの」
連合国側は焦っていたのだろう。エド達との戦闘で弱った自国をどうにか立て直そうと。だから、確証もない危険な手段を選んだのだろう。
「じゃあ今度は魔神と戦ったんだ?」
「うん。世界の終わりを止めるために各地からエドの元に人が集まって、魔神と戦ったの。災害の様な魔法の連発、辺り一面に広がる魔獣、魔神に近づくのすら難しい状況の中、次々に倒れる仲間。そんな状況で戦うこと二日、魔獣をすべて倒し、残りは魔神だけになったの」
「人間側の被害はどの程度だったの?」
「大勢が死んじゃった。それに、逃げる人も多くて、最終的にはエド達を入れて二百人程度しかいなかったみたい」
「…………そっか」
「で、エドとアリア、十二宮が先頭に立ち、魔神との最後の戦いが始まったの。満身創痍のエド達と、奥に控えて万全を期した魔神、状況は最悪だった。一人また一人と十二宮が死んでいき、仲間を庇ったアリアも死んでしまった。でもね、アリアは史上最高の魔法使い、ただでは死ななかった。最期の瞬間、自分の全魔力を使い、渾身の魔法で魔神の右半身を吹き飛ばしたの。そして、最後はエドが魔神に一撃を叩き込み、魔神の死で戦いが終わったの」
「すごい話だったな」
「でしょ!わたし、この話大好きなんだ!でも、話はここで終わらないよ」
カスミの言葉で、シキは自分が質問したことを思い出した。
「魔神を倒した後、世界は平和になるかと思われていた。でも、仕事を無くした人、家を無くした人、家族を亡くした人、世界は希望を無くしたの。そうなると、人は生きるために何でもするようになった。窃盗、詐欺、殺人、犯罪を取り締まる国が滅んだから、歯止めは利かなくなったの。そして、世界は指導者を求めた」
「それが、十二宮だった」
「そうだよ。十二宮は最初拒んだけど、治安の悪化を食い止めるために引き受けたの。でも、政治に詳しいわけではないから、上手くいかないことだらけで諦めかけてたんだけど、魔神を倒した英雄の言葉は民衆を引き付けたの。生きるために他国とも手を取り合い、いつしか国境が薄くなって、今の四国になったの。それからは戦争とは無縁の世界になったんだ」
魔神がもたらした被害は大きかったが、その被害を乗り越え、この世界に平穏が訪れた。その一点だけは、よかったのかもしれない。
「で、四国になって初めて王を決める時に、ピスケスは引き受けたんだけど、他の十二宮は辞退したらしいの。その代わりに、血のつながった子供たちに王位を授け、自分たちは世界の行く末を見守ることにしたってわけ」
「なるほど。じゃあ、ピスケス神国以外は子孫が統治してるのか」
「そういうこと!」
昔話と解説が終わると、シキの腹の虫が「グゥゥゥゥ」と鳴いてしまう。
「フフフ、お腹すいちゃったね」
森が薄暗くて気付かなかったが、空を見ると少し暗くなっている。
この世界に来てから何も食べていなかったシキは、腹を空かせていた。
「今日はここで休んで、朝になったら再開しようか」
そう言うと、カスミはリュックの中から何かを取り出し、
「じゃじゃーん!ご飯だよ!」
カスミが取り出したのは、布に包まれた干し肉と歪な形をしたパンの様な物体。
リュックから唐突に出された干し肉に戸惑いながら、失礼のないように、出来る限りオブラートに包み、
「…………なんの肉?」
「内緒!おいしいから大丈夫だよ!」
カスミを疑うわけではないが、少し怖いのが本音だ。
「シキ、手を合わせて」
シキはゆっくり手を合わせる。
「いただきます」
「……いただきます」
シキの経験上こういう時は一口目が肝心。
空腹に身をゆだね、大きめに齧る。
「――――――!!!」
「おいしいでしょ!」
「うまい!」
干し肉とは思えない程の歯切れの良さ。肉本来の味と塩味のバランス。口に入れた際の香り。すべてが完璧と言っていい。
美食大国日本ですら食べることのできないであろう味に、シキは感動してしまう。
「パンの方はどう?」
カスミの質問に答えるために水で口をリセットし「干し肉で上がったハードルを越えることが出来るか?」と言わんばかりに期待を込めて一口。
「うげぇぇぇぇ」
「ありゃ、ダメだったか」
どこから来たか分からない渋味とえぐ味都を目指し歩き始め一時間、恐れていたことが起きてしまった。
(…………気まずい)
先ほどまでは異世界に来た興奮で勢い任せに会話をすることが出来ていたが、時間が経つにつれ興奮が冷め、元々コミュニケーション能力が高くないシキは、話しかけることすら出来ずにいた。
(まあ、話しかけても内容が無いけど)
カスミの後ろ姿と森を眺めながら話題を探すが、全くと言っていい程見つからない。
これはシキだけが悪いのではない。森のせいでもある。
この森には黒く染まった木しか生えておらず、暗い雰囲気を漂わせる景色が変わることがない。少しでも変化があればすぐにでも食いつき、世間話を展開できるのだが。
(…………なんもねぇな)
あるはずもない話題の種を探すが当然見つからない。そんな退屈な時間を壊したのはカスミだった。
「昔話って、好き?」
「ああ、好きだよ」
昔話が好きなわけではないが、カスミが話しかけてくれたのだ。乗らない訳にはいかない。
「さっき話したアリアの話」
「聞きたい!」
撤回しなければいけない。シキはこの手の話が大好きだ。
「史上最高の魔法使いアリア。彼女が生きていたのは五百年くらい前、魔法使いが選ばれた人って言われてた時代」
「選ばれた人?」
「今は子供でも魔法を使えるけど、昔はそうじゃなかったの。魔法を使える人は一握り。その中でも、魔法の原理を理解してる人はいなかったの。魔力が発見されて無かったから」
「魔力が発見されて無かったって、そんなことある?体の中にあるのを感じてるのに」
シキは胸に手を当てる。そこには確かに魔力がある。暖かいような、動いているような、はっきりとはしないがあるのは確か。これが発見されていなかったとは、到底思えない。
「シキが初めて魔力を感じたのはほんの一時間前でしょ?でも、普通の人は違うの。母親のお腹の中にいる時から感じているの。だからほとんど違和感が無くて。実際、魔力の源は心臓にあるから、心臓の機能の一部だっていうのが世界の常識だったの」
「なるほどね。その常識を覆したのが、アリアだったんだ。でも、どうやったの?」
シキが質問するとカスミは笑い始め、
「フフフ、それが面白くてね。魔法を使い続けたの」
「使い続けたって、もしかして魔力が切れるまで!?」
「うん!」
魔法は魔力を動力としている。当然、使い続ければいつかは切れる訳だ。
魔力が流れたことで違和感を感じたシキの様に、魔力が切れた違和感で魔法の仕組みを知ったのだろう。
「そういうの柔軟な発想って言うんだろうな」
「全然柔軟じゃないよ」
「えっ?」
「元々の魔力量が多かったから、魔力切れまで何時間も掛かったんだって。しかも、森でやってたはずなのに最終的には森が無くなって、敵が攻めてきたと思った騎士団が出てきたんだって」
「めちゃくちゃだな」
この昔話が真実かは分からないが、アリアという人物を象徴するような話なのだろう。
魔法への探求心、発想力、規格外な力。アリアが五百年も語り継がれてきた理由が分からなくもない。
「ところでさ、史上最高って呼ばれてるけど、最強では無かったの?」
「アリアは強かったんだけど、それ以上に強い人がいたの。史上最強の魔法使いエド。アリアの旦那さんだよ」
「えっ、夫婦なの!?」
「そうだよ!でも、魔法だけで言ったらアリアの方が強いの。ここでシキに問題。エドは魔法以外に何が強かったでしょう?」
「うぅぅぅぅぅん…………」
カスミからの問いに、シキは頭を悩ませる。
ここが異世界だということを考えると、魔法に対抗するのは剣か、それとも弓か。
「剣……素手……弓とかもあり得るな」
「決まったかな?」
シキが頭の中で思いつく限り出したところで、カスミが声を掛けてきた。
「剣かな。やっぱり魔法に対抗できるのは剣でしょ」
シキがそう言うと、カスミはフフフと笑い出し、
「シキ、外れだよ」
「マジかよ」
「そう言うと思ったよ!」
答えが予想通りだったことに笑うカスミに、シキがムスッとしながら「笑ってないで教えろよ」と、答えを急かす。
「ごめん、ごめん。正解はね、全部だよ」
「…………は?」
全部とは何なのか。
シキの思考が止まってしまう。
「剣、弓、柔術、その他諸々。この世にある武と呼ばれるほとんどのものを、エドは極めていたの」
剣、弓、柔術、この三つをすべて極めるなど、人に出来るのか。この世界にいくつの武術があるかは分からないが、武芸百般という言葉が相応しいだろう。
「魔法使いは、近距離の戦いに弱いの。でも、エドは違う。遠距離は魔法、中距離は弓、近距離は剣、至近距離は柔術。すべての距離で最適な手段を使う。だから、最強って呼ばれてたの」
「そんなすごい人がいたんだな。会ってみたかったな」
「エドには会えないけど、エドの弟子になら会えるよ」
予想外の朗報に、シキは口角が上がり、
「マジ!弟子がいるんだ。どこに行けば会えるの?」
「フフフ、今向かってるよ」
シキが向かっている場所は一つしかない。
「王都に居るの?」
王都トレイ、医者に会うために向かっているアリエス王国の都。
「そうだよ。実は、今から会いに行くお医者さんが、エドの弟子、十二宮のアリエスだよ」
「え!?そうなの!?」
一石二鳥とはこのことか。
治療に行くついでに、エドの弟子であるアリエスに会えるのだから。
そんなことを考えていると、カスミが先ほど言っていたことを思い出す。
「そう言えば、この森の名前になってるヴィルゴも十二宮だったよね?」
「そうだよ!ヴィルゴも十二宮だよ。ちなみに、タウロス、レオ、ピスケスの三人も十二宮だよ」
今、カスミから出た名前は、アリエス王国以外の三ヵ国の名前だ。ということは、三ヵ国の名前の由来も十二宮なのだろう。
「そうなんだ。じゃあ、この世界はエドの弟子が統治してるって感じ?」
「うぅぅぅん……厳密に言うと違うかな」
カスミは顎に手を当て、歯切れの悪い返答をする。
名前が国名になっているのだから、その国を統治しているのではないか。というシキの考えは、どこかが間違っているようだ。
「ちょっと複雑な話だから、昔話を続けながら話そうかな」
そう言ってから軽く咳ばらいをすると、カスミは話し始めた。
「五百年くらい前、今よりも国の数が多かった頃。各地で戦争が起きてたの。領土を広げるため、力を誇示するため、そんなくだらない理由で毎日のように罪のない人達が死んでいく。その状況を変えるために、エドとアリア、そしてその弟子である十二宮は、各国を相手に戦ったの」
「たった十数人で?」
「うん、たった十数人。でも、負けなかった。参戦したすべての戦場で敵を倒し、各国は次第に戦う力を失っていったの」
「じゃあ、戦争に勝ったんだ」
カスミは首を振る。
「勝ってない……それどころか、始まっても無かったの」
「どういうこと?だって力を失ったんでしょ?」
「うん、失ったよ。一国で戦う力は」
カスミの言葉で分かってしまった。この先の展開を、人間の邪悪さを、
「もしかして、国同士が手を組んだ?」
「正解だよ。戦争の邪魔になるエドたちを倒すために、十を超える国が手を組み、連合国として襲い掛かったの。でも、少数精鋭だったエドたちは、身軽さを武器に奇襲を繰り返して少しずつ相手を倒して、互角の戦いをしていたの」
「互角…………でも、流れから察するに連合国側にはまだ奥の手があったんじゃない?」
シキがそう考えたのは、連合国側が単に兵士の数を増やすために手を組んだとは思えなかったからだ。
数々の戦地で数的不利を覆してきたエドたち相手に、数で押し切る戦いをするとは思えない。それに、十ヵ国以上が手を組んだ連合国側の指揮系統は、少なからず混乱があったはず。そうなると、単に数を増やす以外に理由があったと思わざるを得ない。
「シキ頭いいね。正解だよ」
「やっぱり。で、何があったの?」
カスミは一呼吸おいてから、
「禁術を使ったの。大量の人間の命と引き換えに、魔神を作る禁術」
「魔神を作る禁術……?」
「魔神って言うのは、魔法の神のこと。人間ではありえない程の魔力を持ち、すべての魔法を操る。そんな怪物を作り出し、エド達と戦わせようと考えたみたい」
「その怪物は、連合国の言うことを聞いたの?」
「いくつかの方法を用意していたけど全部意味なくて、結局は魔神の暴走で連合国は崩壊。魔神は世界を破壊するために動き始めたの」
連合国側は焦っていたのだろう。エド達との戦闘で弱った自国をどうにか立て直そうと。だから、確証もない危険な手段を選んだのだろう。
「じゃあ今度は魔神と戦ったんだ?」
「うん。世界の終わりを止めるために各地からエドの元に人が集まって、魔神と戦ったの。災害の様な魔法の連発、辺り一面に広がる魔獣、魔神に近づくのすら難しい状況の中、次々に倒れる仲間。そんな状況で戦うこと二日、魔獣をすべて倒し、残りは魔神だけになったの」
「人間側の被害はどの程度だったの?」
「大勢が死んじゃった。それに、逃げる人も多くて、最終的にはエド達を入れて二百人程度しかいなかったみたい」
「…………そっか」
「で、エドとアリア、十二宮が先頭に立ち、魔神との最後の戦いが始まったの。満身創痍のエド達と、奥に控えて万全を期した魔神、状況は最悪だった。一人また一人と十二宮が死んでいき、仲間を庇ったアリアも死んでしまった。でもね、アリアは史上最高の魔法使い、ただでは死ななかった。最期の瞬間、自分の全魔力を使い、渾身の魔法で魔神の右半身を吹き飛ばしたの。そして、最後はエドが魔神に一撃を叩き込み、魔神の死で戦いが終わったの」
「すごい話だったな」
「でしょ!わたし、この話大好きなんだ!でも、話はここで終わらないよ」
カスミの言葉で、シキは自分が質問したことを思い出した。
「魔神を倒した後、世界は平和になるかと思われていた。でも、仕事を無くした人、家を無くした人、家族を亡くした人、世界は希望を無くしたの。そうなると、人は生きるために何でもするようになった。窃盗、詐欺、殺人、犯罪を取り締まる国が滅んだから、歯止めは利かなくなったの。そして、世界は指導者を求めた」
「それが、十二宮だった」
「そうだよ。十二宮は最初拒んだけど、治安の悪化を食い止めるために引き受けたの。でも、政治に詳しいわけではないから、上手くいかないことだらけで諦めかけてたんだけど、魔神を倒した英雄の言葉は民衆を引き付けたの。生きるために他国とも手を取り合い、いつしか国境が薄くなって、今の四国になったの。それからは戦争とは無縁の世界になったんだ」
魔神がもたらした被害は大きかったが、その被害を乗り越え、この世界に平穏が訪れた。その一点だけは、よかったのかもしれない。
「で、四国になって初めて王を決める時に、ピスケスは引き受けたんだけど、他の十二宮は辞退したらしいの。その代わりに、血のつながった子供たちに王位を授け、自分たちは世界の行く末を見守ることにしたってわけ」
「なるほど。じゃあ、ピスケス神国以外は子孫が統治してるのか」
「そういうこと!」
昔話と解説が終わると、シキの腹の虫が「グゥゥゥゥ」と鳴いてしまう。
「フフフ、お腹すいちゃったね」
森が薄暗くて気付かなかったが、空を見ると少し暗くなっている。
この世界に来てから何も食べていなかったシキは、腹を空かせていた。
「今日はここで休んで、朝になったら再開しようか」
そう言うと、カスミはリュックの中から何かを取り出し、
「じゃじゃーん!ご飯だよ!」
カスミが取り出したのは、布に包まれた干し肉と歪な形をしたパンの様な物体。
リュックから唐突に出された干し肉に戸惑いながら、失礼のないように、出来る限りオブラートに包み、
「…………なんの肉?」
「内緒!おいしいから大丈夫だよ!」
カスミを疑うわけではないが、少し怖いのが本音だ。
「シキ、手を合わせて」
シキはゆっくり手を合わせる。
「いただきます」
「……いただきます」
シキの経験上こういう時は一口目が肝心。
空腹に身をゆだね、大きめに齧る。
「――――――!!!」
「おいしいでしょ!」
「うまい!」
干し肉とは思えない程の歯切れの良さ。肉本来の味と塩味のバランス。口に入れた際の香り。すべてが完璧と言っていい。
美食大国日本ですら食べることのできないであろう味に、シキは感動してしまう。
「パンの方はどう?」
カスミの質問に答えるために水で口をリセットし「干し肉で上がったハードルを越えることが出来るか?」と言わんばかりに期待を込めて一口。
「うげぇぇぇぇ」
「ありゃ、ダメだったか」
どこから来たか分からない渋味とえぐ味が口を支配したかと思うと、生焼けの生地が舌に纏わりつき、飲み込むことを許さない。
最悪の味に、シキは吐かないようにするのが精いっぱいだった。
そんな状況を見て、カスミは笑い出す。
「アハハハハ!!ごめんごめん!失敗作だったね!」
「…………ハハハハ!!!」
謝りつつも笑いを抑えられないカスミにつられて、シキも笑ってしまう。
最悪なパンの味も良いものとして考えよう。笑いに包まれて、異世界一日目が終わったのだから。




