21 幼なじみの秘め事
視界の黒い霧がじょじょに晴れていく。周囲は特に変化なし。てっきりモンスターでも飛び出してきたのかと思ってひやひやしたぜ。
「一応怪我とかしてなか確認しておけよ。なんならハイポーション飲んどけ」
どうせもう普通には売れないしな。在庫がだぶついて困っているぐらいだ。でも内緒で小売りするつもりで一応もってきてはいた。
『う~ん……怪我はないかなー……えへっ』
「なんで嬉しそうなんだよおまえ?」
危うく罠にはまりそうだったというのにアンのやつが笑っている。ちょっと気持ち悪いぞ……。
「まあいい。それよりも罠の危険性とかすっかり忘れてたわ……すまんな」
あってしかるべきだった。空箱ばかり開けていたので失念していたようだ。だいぶ油断していた自分に反省する。
『……えへっ』
「なんだよさっきから?」
『だってみーくんはあーしのことが心配なんでしょー?』
「はぁ? あたりまえだろ?」
『えへへへ……』
「なんだよさっきから……お前が帰ってこないと俺の夏休みがはじまらないんだから当然だろ?」
『みーくんは照れ屋さんだねー』
なんだろうこの違和感……。アンの奴がいつもに増して変だ。
『こうしてとーく離れててもあーしとみーくんの心は繋がってるんだねー』
「ハートじゃねくてネットで繋がってんだけどな」
『あのときと一緒だねー』
「どのときだよ?」
『ほらー。あーしがお城に連れ戻されてーみーくんが最前線に送られた日のことだよー』
「は? 城ってなに? 最前線?」
『もうー。忘れちゃったのー? 前世のことだよー』
「覚えてねーよ! てか頭大丈夫? 急に前世とかどーしちゃったの?」
『覚えてないのー? お兄様たちがバタバタ戦死してあーしが王位を継ぐことになって、邪魔になった許嫁のみーくんを戦死させるために宰相が最前線に送り込んだ日のことだよー』
「なにその無駄に凝った設定? 今は作ったの?」
『まぁーそんな昔のことはどーでもいっかー。結局みーくん死んじゃったしー』
「死んでるの! お前のなかで俺をいったいどーしたいの?」
『こーしてまた現世で再会して今度こそ幸せになるんだもんねー』
「いま物理的にすっごい離れてるってほんとに理解してる?」
『あーしこの異世界にきて確信したんだー』
「異世界って理解しててなんで二度と会えないかもとか思わないの?」
『逆だよー。こうして異世界にきたからこそみーくんと一緒なんだって!』
「やっとボール投げ返してくれたのは嬉しいけどなに言ってんのおまえ?」
『だってーこのまま異世界にいればーみーくんはずーとあーしのことを見続けてくれるってことだよねー……えへへ』
「ほんとなに言ってんの? しっかりしてよ!」
『だってみーくんいっつもあーし以外の女の子のこと見てるでしょー』
「は? なんの話しだよ?」
『学校ではクラスの女子でーうちに帰ったらアニメの美少女見てー二次も三次も見境なしのケダモノだよー』
「それ遠回しにバカにしてない?」
『あーし知ってるんだよー』
「何を?」
『夏休み前にクラスの女子に海に行こうって誘われてたよねー』
たしかにそんなエピソードがあったが翌日から何故だか避けられるようになってはじまる前から頓挫したイベントだ。
「なんで別のクラスのお前がそれを……」
『あはっ! だってその子に教えてあげたのあーしだもーん』
「まさかお前またなんかやったのか?」
『みーくんの夏休みは取り貯めした美少女アニメの観賞とこっそり買ったエロゲーの消化で忙しいから三次の相手とか無理でーすってー!』
「なんか急によそよそしくなったと思ったらそういうカラクリかよ! お前ほんとろくでもねーことしか言わねーな!」
割と間違ってもいないだけに反論がしづらい……いや、まて!
「なんでお前が――その……ゲームのことを知ってんだよ?」
年齢制限があるので慎重に購入した。わざわざネットのフリマを使って親父の名前で新品を購入したのに何故ばれた?
『そんなこと言うわけないでしょー? でもみーくんのことならなんでもお見通しだよー。あははははっっっっ!!!!!』
「怖い怖い怖いー! ほんとどーしちゃったのおまえ?」
『ここにいればみーくんはあーしから目を離せなくて悪さもできない……つまり一生二人きりってことなんだよー』
「なにそのヤンデレ発言? 本気で俺怯えてるんだけど!」
『みーくんはあーしだけ見てればいいんだよー。他の女の子ことなんか……そういえば受付のお姉さんのこともいやらしい目で見てたよねー?』
「ねえ、聞いて? 頼むから落ち着いて聞いて?」
『あの女も消……』
「聞き取りづらいつぶやきで怖いこと言うのやめて! ほんとお前どうしちゃったの?」
あきらかにおかしい。思い起こせばヤンデレの気質はあったがなぜ急に吐露したのか……あれか? さっきの黒い霧がアンをおかしくさせたのか?
「あり得る……」
ていうかそれしか考えられない。しかしいったいどうすれば?
手の届くところにいるならビンタでもお見舞いしてやれるのだが、いかんせんアンはまったく届かない異世界にいる。どうすればいい?
「くそっ!」
悩んでもわからないときはとりあえず検索だ。助けてーグー●ル先生!
検索ワードが漠然としているせいかさっぱり引っ掛からなかったので今度は知●袋で聞いてみた。
ID非公開さん
友達が謎の黒い煙を吸って正気を失いました。助ける方法を教えて下さい。ベストアンサーの方には五百コイン差し上げますm(_ _)m
回答
【そもそも謎の黒い煙って何ですか?】
もっともなご意見ですがうまく説明できません。あと質問を質問で返すのはやめて下さい(^^;)
【麻薬の隠語ですね。通報しました】
違います! 通報しないで下さい(>_<)
【五感を殺るような強いショックを与えましょう】
この回答がベストアンサーに選ばれました。おめでとうございます。
「これでいこう」
五感と言われてもこちらからできるのは視覚か聴覚に訴えるしかない。しかし視覚は焦点の定まらない濁った瞳を見るかぎり望みが薄い。ならば聴覚に訴えるしかないだろう。
今度はユー●ューブをひらいて検索してみる。
【たまらず叫び声をあげたくなる不快な音(音量注意)】
あるんだろうなあと思っていたが本当にあった。いったいこの動画は誰に向けて発信されたものなのだろうか?
だが今はそんなことどーでもいい。俺は躊躇わずに再生ボタンをクリックした。
【ンギギギギギギギギギギギギギギッギギギギギイギイギギイギギギイギギッッッッッッッッッギギギイギ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッ!!!!!!!!』
「ぎゃあああああああああああああああああっっっっっっっっ!!!!!!!!」
鋭いかぎ爪の先で黒板をおもいっきり引き裂いたような異音が大音量で鼓膜に響く。俺はたまらず停止させた。
「くそ……俺までダメージを受けてしまった」
『うううっっ……』
「おい……アン……調子はどーだ?」
『最悪だよー……今の音なーにー? まだ耳に残ってるよー』
先ほどまでの危うい雰囲気が消えている。どうやら正気に戻ったらしい。
「お前……自分でなにしてたか覚えてる?」
『なんの話しー? そーいえば黒い煙が消えてるねー』
どうやら錯乱時の記憶がないようだ。良かった……のか?
「ま、まあいいや。それより宝箱のなか見てみろよ」
もう罠の心配はない……はずだ。アンは何事もなかったかのようにテンションを取り戻すと宝箱のなかをのぞいた。そして中身は……。
『この瓶みたことあるねー』
「……見飽きてるわ」
宝箱の中身はハイポーションだった……。




