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10 漆黒の鼠


 五階層ともなるとモンスターや罠も凶暴になっていくようで怪我を負った体で戻って行く冒険者たちと何度かすれ違った。


 一人前の冒険者へと成長する最後の難関。超えなければならない壁。下層へと進むパスポートを手にするために頑張っている冒険者たちを尻目に、俺たちだけはなんの苦労もなくサクサクと進んでいった。


『そろそろかなぁー?』

「そのはずだが……」


 しかしマップに反応はない。ひょっとして移動したのだろうか?


 まさか落盤でそのまま地面に埋もれてってことは……あまり考えたくないな。


『みーくん部屋だよー』

「たぶんそこがさっきの部屋の真下だな」


 気が引けるが確認は必要だ。レスキューの心得はないが幸い届け物のポーションがある。これでなんとかなればわざわざ五階層まで配達しに来たかいがあるというものだ……。


 しかし崩れた岩がごろごろしているだけで人の気配はなかった。


「どうやら移動したみたいだな」

『そっかぁー……これからどーしよー?』


 アンが途方に暮れる気持ちもわかる。このまま闇雲に探しても依頼人を見つけ出せるとは思えない。こうなると引き返すのも致し方ないか……。


「う~ん……ん?」

『どーしたのーみーくん?』

「いや、マップを見るとこの先はモンスターが待ち構えていそうな部屋ぐらいしかないなと思って……」


 引き返していれば途中で出くわしてもいいはずなのだが、この辺りですれ違う集団はいなかった。


「もしかして脱出ゲートに向かったのか?」

『階層ボスの部屋の奥にあるって言ってたやつ?』

「ああ……ボスさえ倒せれば引き返すことなく脱出できる」


 受付のお姉さんの話しによると、五階層にはボス部屋と呼ばれるスペースに強力なモンスターがひかえているらしく、冒険者たちが己の成長を確かめる、あるいは下層に潜る覚悟を得るために挑むそうだ。もちろん素材やらアイテムやらの現金収入も得られる。それゆえだろうか、奥には脱出用の魔法陣が存在していて戦いに疲れたらすぐに帰還できる。なんとも親切な設計である。


 つまり依頼人たちは不測の事態に陥ったことで、ボスを倒して脱出というワンチャンにかけたのではなかろうか?


『ああー……ありがちな展開だねー』

「展開とか言うな」

『でも燃えるよねー。今頃ボスと戦ってるのかなー?』

「戦ってるかもなぁ……」


 となるとカゴの中の荷物がますます重要になるだろう……はぁ。


「できれば近づきたくないんだけどな……」

『ダンジョンのボスかぁー……楽しみだねーみーくん!』

「言葉にしてもなお、俺の気持ちはまったく届かないのな」


 今更アンが立ち止まることはなく、ボス部屋へと続く道は駆け抜けた。


「ああ……やっぱいるわぁ」


 マップに反応が現れた。青い光点は冒険者のもので、赤い光点がモンスターのものだ。つまるところ絶賛交戦中である。


「おいアンここから先は慎重に進めよ」

『わかってるよー。邪魔したら駄目なんだよねー』

「そういう意味じゃないが……まあそうだな」


 ダンジョンの公式ルールとしてダンジョン内では交戦中の場合、他のパーティーが手を出してはいけないルールがあると教えられた。関係ないのであまり真剣には聞いてなかったが、ようは他人の獲物に横やりをいれてはいけないのだろう。なお、救援を求められた場合はそのかぎりではない。


 速度をゆるめて部屋に近づいていくと徐々に衝撃音やら怒声が聞こえてくる。なんだかもうクライマックスじゃないのって勢いのサラウンドだな。おかげでブレーキの音も掻き消してくれた。


『おおー……すごいねーみーくん』

「お、おう……」


 なかなかどうして……結構な迫力である。一軒家ぐらいどでかいゼリー状の固まりが飛んだりはねたりしている。その度に地面がゆれカメラもぶれるほどだ。


『スライムかなぁー?』

「あの形状だとそうだろうなぁ」


 半透明の緑色をしたゼリー状の固まりが冒険者たちを追い回している。ときおり触手のようなゼリーを振り回しては地面や壁をえぐっていた。


『一発もらったらお陀仏だねー』

「お前なんてかすっただけで死にそうだから近づくなよ」


 幸いなことに動きは鈍いので冒険者たちもかわせているようだ。しかし逃げ回っていても体力を消耗するだけだろう。なんか敵の形状からダメージがとおりずらそうだし、さっさと諦めて逃げてくれればいいのに……。あの巨体なら通路にまで追ってはこれないだろう。


『ねぇねぇーあの子たちあーしたちと同い年ぐらいじゃなーい?』

「そうだなぁ。ベテランのような落ち着きのある雰囲気じゃないないなぁ……」


 青年というよりは少年に近い。リーダーらしい戦士が指示をとばしているがあまり連携がとれているとは言い難い。たぶんベテランのおっさんたちなら声をかけずともフォーメーションを組める気がする。なのに彼らったらあんな激しい戦闘のなかで『疾風の陣!』とか『怒号の陣!』とか叫んでんだもん。素人から見ても手際がいいようには見えない。そして聞いているだけで恥ずかしい……。


『えっとチーム名は……漆黒の鼠だっけー?』

「ああ、なんか不安になってくる名前だなぁ……」

『なんでー? 可愛いと思うけどなー。フリガナでミッキーマ――』

「おい、それ以上口にするな! 変な連想はやめろ! 奴等は漆黒の鼠さんだ!」


 あの甲高い鼠の声の主がどんな小さな芽でも潰してきそうで怖いからやめて。


 それはともかくギルドで確認した漆黒の鼠のメンバーは四人全員が戦士といういかれた構成なので目の前で戦っているパーティーが依頼人で間違いないだろう。


『おいそこのアンタ! すまないが手伝ってくれ!』

「は?」


 しまった、油断した。ゆっくり観戦していたら見つかってしまったじゃないか。リーダーぽい少年が必死の形相で訴えかけてくる。


『漆黒の鼠さんですかー?』

「おいバカ、なに返事してんだ!」


 救援要請なんて無視すればいいものを、アンはほがらかに返事をしている。


『そうだが……どうしてそれを?』

『お届けにあがりましたー』

「ああ……もう」


 これで参加決定の流れじゃねーか。諦めて撤退したところで荷物を渡せばいいものを……。


 顔を見合わせた少年たちは驚きながらも活力がみなぎらせて戦いだす。継続する気かよ。勘弁してほしい。


『助かった! 今手がはなせないから運んでくれ!』


 図々しいやつめ。チップじゃすまないぞ。


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