月女神と破壊と厄獣
「なるほど……?」
「ええ、超常的すぎてご迷惑をおかけします、わたしはそろそろ馴れてきましたけれど……」
後ろで昭和のギャグ漫画のように揉みくちゃのケンカをしている三人を尻目に、昭和のギャグ漫画のような大きな汗マークをつけながら、巫女は眉を下げて謝罪した。
「はい、ではみなさんお揃いになったところで、ココで私が話をまとめますよー」
すると突然、物陰から一人、背の高い女性が姿を現した。長い黒髪に赤縁のメガネ、現代人のような黒いスーツとタイトスカート、頭には猫のような獣の耳、片腕には謎の紋章が刻まれ、そして何故かその衣服はビショビショに濡れていた。
突如現れたその者の声に、聞き覚えのあるものが居た。その姿に見覚えのあるものが居た。結論からすればそれはココにいる全員なのだが、皆その者の姿に驚きを隠せないまま、全ての作業を止めて彼女のコトを見つめていた。
「え、え!? 相棒!?」
「アナタは……! 女神ルナエル様では!?」
巫女と少年は、ほぼ同じタイミングで声を荒げた。二人は互いに顔を見合わせて首を傾げ、他の者は皆口をあんぐりと開けたまま放心状態になっている。
「はい、まあこのタイミングで新キャラ登場とか、普通にあり得ませんからね。お二人ともピンポンです」
謎の女は特にこれといって激しいリアクションもなく、周囲とは対照的に手をひらひらと振って答えた。まだ周りの者達は状況が飲み込めていないのか、目を点にして言葉を失っている。
「え、え、ルナ……? なぜアナタがコーコーセーダンシと顔見知りで、そんな姿に……?」
その中の皆を代表して大女神は質問する。当の彼女も依然目をパチパチとさせて、動揺を隠せてはいないようだが、皆は黙ったまま激しく頷いた。
「いえなに、単純なコトですよ姉様。私は月女神ルナエル、魔族に敗れて命を落とし、その魂が異世界へと流れて、とある剣に乗り移ったんです。この格好はその持ち主の趣味でして。あっ、どうですマスター? 興奮します? 一応ニーズに応えてみたんですけど」
待て、待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て。
情報量が多すぎる。衝撃の事実とまさかの真実が突然濁流の如く溢れ出し、混乱のるつぼへと人々を流し込む。
今目の前に居るのは、かつての王都襲撃の際、命を賭して人々を守った月と戦の女神ルナエル、それはいい。死した彼女は一時記憶を失くし、その魂は異世界へと流れてイルの自作した魔剣に取り憑いていた。まあそれもいい。実は彼女は大女神ミサミサエルの実の妹で、今の服装はせっかく顔を出すのだから、マスターの趣味を反映させた姿にしようと思い立ったが結果である。まあ、いい。これもまあいいだろう。これまでとんでもない展開を続けてきた、今更こんなことで驚いてはいられない。
問題は、
「またおっぱい大きいのが出たーーー!!」
恋する乙女のライバルが、突然一人増えてしまったコトであろうか。
「いやー、自分で自分を戒めたくなりますねぇ。一度死した身とはいえ、女神ともあろう者がただの武器として甘受していたんですから。あ、見てくださいマスター、この耳ぴこぴこ動くんですよ、可愛いでしょ」
「え、あ、え? いや、そんな、なんだ? 俺の中でお前をそういう目で見るのはなんか違うというか、これまで共に死線をくぐり抜けてきたメイン武器が、急にそんな姿になって出てこられても処理が追いつかないというかだな……? え、しかもなんで濡れてんの、お前、さすがにTPOを弁えろっていうか、そんなのもうスケベじゃん……」
「キャーー! ヤダ、やだなんか、なんか距離が近い、距離が近いよ! どうしよミサキちゃん! 私あんなのに勝てるワケないよ! あんなのもう幼馴染を通り越して熟年夫婦、信頼と信用の先にある呆れのヤツだよー! え、でも逆に言えばあんなのに負けるの!? それはそれでイヤーァッ!」
「お、落ち着いて、落ち着くのよミサ……? 恋愛とは心の距離の問題ではない、如何に特別な時間を共に過ごせるかどうかである、と昔読んだ本に書いてあった気がするわ? アナタの魅力は決して彼女には無いものよ、大丈夫、付け入るスキならまだあるハズよ……!」
「はわわわわ〜〜! 戦と月の女神、ルナエル様……! 大女神様にも勝るとも劣らない高名な力を有し、あらゆる戦況を覆す奇跡の方……、まさしく逆境に咲く月下美人、なんと麗しいお姿なのでしょう……! この窮地、この逆境にかの女神様がおわせられれば最早無敵……! はばば〜〜! テポは、テポは今日という日を聖典に記します……! 『復刻 月と戦の女神 〜ビッショビショ〜』……と」
「ハハ、ハハハハハハハ。ワタクシのイモートが、ハハハハハハハ、死、死で、ハハ。そんでコーコーセーダンシと、ハハハハ、世界救ってたって、ハハ。クッソウケる。こっちの世界こんなんなのに、ハハハハハハハハ、アーーーーーーー、ピーーーーーーーー」
不具合、不都合、処理落ち、もはや言葉だけでは言い表せない惨状、この媒体ではとても表現できない、混乱を超えた混沌が広がっていた。
「まあ、こうなりますよねぇ。だからこっちに連れて来られて記憶戻ってからも、出るタイミング伺ってたんですけど……。ま、私は既に死した身、今もマスターの剣であることに変わりありません。今のこの姿も、この世界だから使える権能を悪用して構築した写し身というか、アバターみたいなものでして」
月女神がぽつり呟くも、誰も聞く耳など立てちゃいない。そんな余裕など一人として持ち合わせていないのも当然なのだろうが、彼女はちょっぴり寂しくなって、フゥと息を吐いた。
「はいはい落ち着いてください皆々様。今やこの世界は魔族に滅ぼされる寸前、いや、むしろほぼ壊滅状態です。ここからの立て直しは、皆が一丸となる必要があるんですよー?」
ぱんぱん、と手を叩き、ルナエルは忠言交じりに皆を静める。その声はすんなりと皆の耳へと届き、さらにどこか心落ち着くものがあり、少しずつ平静を取り戻した皆は互いに顔を見合わせ、息を呑み込みながらコクリと頷いた。この手腕は流石は戦の女神と言ったところか。
「オゥ、何ダァ? なんか増えてやがるなァ?」
すると、そんな女神の背後から、何者かの低い声が響き渡った。
此処は大神殿の上階、地からは高さ二百メートルはくだらない位置だろう。しかしあろうことか、その男は神殿の窓から侵入しようとしていたのだ。
活火山のように脈動する双腕、岩石と鉄筋を併せたかのような無骨な肉体、歪な口から覗く牙は不揃いで、その巨大な手で握られた神殿はミシミシと悲鳴を上げていた。
皆咄嗟に振り返って身構える。しかしここでも、巫女だけは腰が砕けて尻餅をついた。
「あ、あ……、あわわ、アレは……、暗黒四天王が一人……、怪力のゼラニフ……?」
恐れながら後ずさりしていく巫女の姿を見て、魔物の男は口角をあげる。
「ハッハ、何ダァ? オレサマも有名になったモンだな。よし気に入ったお嬢チャン、お前サンをブッ壊すのはやめといてやる」
ゼラニフはそう言いながら神殿へと立ち入った。テポは声を荒げながら大女神の後ろへと逃げ隠れ、服を握ったまま顔だけを覗かせている。
「言ったそばから、いきなり幹部クラスがお出ましですか、忙しないですね。せっかくの私の出番を邪魔しないでくださいよ」
月女神は魔物を睨み、静かに怒りを露わした。その内容こそはやや微妙なものだが、身に宿す気迫は大女神すらも生唾を呑むほどである。
「オ? 何だ何ダァ、生きてやがんのかその女神、聞いてた話と違うぜェ〜?」
「残念でしたねゴツゴツマッチョ、貴方一騎で我々を相手取るのは不利も無理、ハッキリ言って不可能です。降伏を推奨しますとも」
ヘラヘラした相手の態度にルナエルは重ねて警告をする。ただの他愛のない対話ではあるが、その言葉はゆっくりと丁寧なもので、この僅かな隙を稼ぐ間、大女神は既に神殿に防護結界を張り巡らせ始めていた。
「オイオイ、オレだってそこまでバカじゃねェ。何せそこにゃ戦闘向きでないとはいえ、まだ女神が二柱も残ってやがンだろ? お……、そろそろお出ましか?」
ゼラニフが後ろを振り返り、外を覗く。するとその直後、凄まじい地響きが鳴り響いた。ズシン、ズシンと何かが一歩ずつ近づく威圧、それに続いて甲高い金切り声と、地の底から轟く稲妻のような咆哮、ゾクゾクするような寒気が辺り一帯を覆い、大気は震えて荒れ始める。
巫女は身を縮こませ、今にも泣き出しそうな顔でキョロキョロと辺りを見回し、そして声を荒げた。彼女の有する未来視の力が、今こちらに近づいてくるモノを捉えたのだろう。
「あ……、ひゃ、ひゃわわ……、魔獣、魔物の群れが、大量に押し寄せてきています……、そ、その中には、厄獣まで……」
「厄獣!? バカ言いなさいテポ! アレは我々神の手にも余るこの世の禁忌そのもの、誰かが手綱を握れるだのあり得ません! 何かの間違いでは!?」
巫女の発言に大女神も思わず声を荒げる。なにせ、よりにもよってあの厄獣が、今こちらにやって来ていると言ったのだ。
世界を揺るがす四つの災厄、滅亡の起因となるものはどの世界でも大概が決まっている。それこそは即ち地震、洪水、大嵐、噴火――。そんな自然の脅威を引き起こす災害獣、それこそが厄獣である。
地中深くに潜み、寝返りを打つだけで天変地異を引き起こし、それが地上に這い出せば大地震を引き起こし、歩いた足跡は全てが死に絶えぺんぺん草一つ残らない、厄獣デスクレーター。
何故海はしょっぱいのか、それは元は全て一つの生き物の体液だったからだ。一息で干ばつを起こし、一息で大洪水と大雨を呼ぶ大海原の創造主、厄獣ハイドロガメス。
ひとたび空をはばだけば、雲を大地を流れる水を、あらゆる物を吹き飛ばし、雄々しく吠えれば雷を天より起こし呼び寄せる。通った後にはその影しか残らぬ天空の死神、厄獣スカーテンペスト。
体内に膨大なエネルギーを有し、それらを不純物と共に排出し、山々と共鳴して大爆発を引き起こす、天を灼き地を焦がし海を燃やす、もはやそれ以上の説明不要の破壊の使徒、厄獣ペタバーン。
例えこの中のただの一つでも、目覚めただけで国の一つや二つが滅ぶとされているのが厄獣である。この世界の滅亡寸前という現状で、これらが目覚め動き出すのは、道理といえばそうなのであろうか。
「テポ! 何が、その……、厄獣の何が来ているのです! 事と次第によってはワタクシが封印に向かいます! ハイドロガメスあたりが最も厄介ですが!」
「……全部、です。四つの滅びが、今この神殿に向かって……、ああ、魔物の群れまで……、ドクロジェネラル、グランデーモン、イビルキラー、バリカタドラゴンにモノゴッツエークワカダ、さらにはオーラパンダまで……!」
「何ですとー!? ど、どれもこれも極悪なSSランクモンスターではありませんか! どないせえと!」
声を荒げる巫女と大女神、二人のそのやり取りを見て、月女神の表情からはみるみる内に余裕が失われ、口元は引きつって目の光は失われていく。
「ハハ、さっきの威勢はどうした? オレはまだ逃げた方が良さそうかァ?」
それに対してゼラニフの表情は明るく、歯を見せる大口を開けて笑い始めた。
これはいわゆる一つの詰みというヤツだ。後は時間が経つのを待つだけで、この世界の崩壊は決定付けられたようなものである。
「待って、そんなヤバいのが来たんじゃ、アナタ達も無事じゃすまないんじゃないの?」
すると、魔物と女神の会話に一人の女子高生が割って入った。ミサは危機よりも疑問の方が強いのか、その表情に恐れは無く、きょとんとしたあどけないものであった。
「オウ、恐れを知らぬお嬢チャンもオレサマは好きだぜェ? その疑問はもっともだがよォ、魔王サマのご指示ご命令が無策なワケはネエ! 何せ厄獣を従わせたお方だからヨォ!」
魔物の男は上体を仰け反らせて声高々に発言する。彼のその主張に眉をピクりと動かす者が居た。
「ふーん、つまり何も知らないワケね、オッケー、じゃあサヨナラ」
ミサはそういうと同時に拳を前に突き出して殴り抜け、ゼラニフの身体は粉々に砕け散り、その下半身は力なくその場に臥した。
「ハ……?」
大男の上半身は間抜けな顔をしたまま静かに神殿の床に落ち、ピクリとも動かなくなって沈黙した。
その一瞬の出来事に驚いて固まったのは、今度ばかりは巫女だけではなかった。女神に至っては自身のメガネが落ちた音でようやく我に帰った程で、大女神も絶句し、男子高校生は手で顔を覆ってドン引きして、彼女の親友は静かに拍手を打っていた。
「それじゃあ、大女神ちゃん。テポちゃんとミサキちゃんのことヨロシクね。ちょっと様子見に行ってみるから」
彼女はまるで何もなかったかのように、普段と何も変わらない表情と声色でそう告げると、窓から外へと跳躍していった。
「もうあの子一人でいいんじゃないですかね……」
月女神はポツリと呟き、メガネを拾ってかけ直す。呆然とした大女神と巫女をよそに、その声を聞いた男子高校生は小さく息を吐いた。
「いや、どうやら俺達の出番だよ相棒。……大女神様はその守護結界? よくわからんけど防御に回ってくれ、その方が非常に助かる」
背中を向けたまま、ゆっくりと神殿の外へと向かう一人の男子は、どこか寂しそうな、どこか頼り甲斐のある表情を浮かべ、それを見た月女神は穏やかに微笑むと、自らの姿を一振りの剣へと変え、その手に収まった。
「だ、誰がコーコーセーダンシに指図されるものですか! オマエに何が出来るというのです!」
大女神はその背中にぴーちくぱーちく囀っていたが、月女神の剣の輝きを見るなり声のトーンを落としていき、そのまま何も言わず神殿を中心に守護と寵愛の護りを張り巡らせた。
月女神の加護が少年に力を与える。彼は身を軽くして神殿の上へと立つと、静かに剣を天に掲げ、目を瞑って祈りを込めた。
ああ、後輩。お前は……、なんて憐れな。




