剣と魔法のファンタジー?
ゆっくりと、瞼が開いて意識を取り戻す。
ぼんやりとした視界に飛び込んだのは、心配そうな表情で私の顔を覗き込むトモダチの姿だ。
「女神ちゃん! ミサキちゃんが! ミサキちゃんが目を開いた!」
「だーれが女神ちゃんですか! それメッチャ不敬ですよ! そう私は大女神、ココ重要。大女神と女神は全くの別物と心得なさい、カメとスッポンです!」
「ほとんど似たようなモンじゃねーか」
孤独な静けさとは程遠い、暖かな喧騒がそこにはあった。
どういうワケだか足の傷はすっかりと塞がれており、特に痛みもない。視界は少しだけクラクラするけど、これなら一人で歩く分には気にするほどでもないだろう。
「良かったぁ……、ホントに良かったぁ……!」
ミサは私の胸に飛び込んできて、涙混じりの声で安堵の息を漏らす。その声と熱い体温が心地良くって、私は彼女の背に腕を回して頭を撫でた。
周囲をぐるりと見渡す。辺りは堅牢な石造りの建物のようで、寝かされていた割には、随分と生活感の無い薄暗い場所だった。
ココはどこだろうか、なんてことを頭にチラつかせると、取り戻した意識と共に忌まわしき記憶が呼び起こされる。
「あっ……、そうだミサイル……! ごめんなさい、アレは全部私のせいで……」
「えっ? そーだったの? ならダイジョーブだね! ミサキちゃんがコッチに居るならもうアッチには飛んでこないってことでしょ? それならクレープ屋さんが吹っ飛んじゃうことはなさそう!」
子供のように無邪気に笑う友人を見て、私は目を丸くする。次に出る言葉は途切れ途切れに掠れて薄まり、ぱくぱくと口を何度か開閉した後に、ようやく滲み出てきた。
「えっ、えっ? あの、ミサイルは、アッチの世界は、その……、まだ大丈夫なの?」
「え? うん。全部やっつけたから」
きょとんとした顔で答えた彼女の顔を見て、ついに私は言葉を失った。しかしその両頬は緩み、気がつけば何故か笑っていた。笑うしかなかった。恐怖や呆れや感心がごちゃまぜになった結果、なんだそれと一周回って面白くなってしまったのだ。
弱々しく笑う私の顔を見て、彼女もつられて笑みを浮かべた。
「むむむ! 聞き捨てなりませんね! あの不敬文化遺産をぶっ飛ばしたのは私の奇跡あってこそですよ! さあ崇め讃え褒めて奉りなさい! そして感謝の海に溺れ咽び泣くのです、清き乙女の懺悔ならば聞いてあげましょうとも――」
「ああ、あのダッセェにょろにょろビームな」
「はい大罪ーッ! このコーコーセーダンシ大罪ですぅーッ! 大女神にナマイキな口きいた罪で永久追放ですーッ! カーエーレー!」
「まあまあまあまあ大メガぴっぴ! 今いいとこなんだから余計なコト言わないの! ぶっちゃけ邪魔、ブン殴るよ?」
「だーれがメガピッピですか!? なんですかいつメガナニガシしたんです、殴られてたまるもんですか! アナタのパンチは世界に終焉もたらすレベルでしょーが! もう嫌! なんですか皆寄ってたかって、最近の若者嫌ぁい!」
えー……と?
突如として口を挟んできた例の女と例の先輩に、ミサが取られてしまった。三人はギャーギャーと口やかましく何か言い合いをしている。
「申し訳ありません、あのお三方はずっとあんな調子でして……」
喧騒を眺め、ぼうっと一人疑問を浮かべていると、独特な衣装を身に纏った背の低い少女が、困った顔をしながら話しかけてきた。
「初めまして、わたしの名前はテポといいます。この神殿で巫女を務める者で、大女神様とお二方を、こちらの世界へと呼んだ者です」
「まあ、ご丁寧にどうも。私は吉永実咲。ミサキでけっこうよ。……ところで、状況を教えていただけるかしら?」
「そう……、ですね、えーと、語るなら少々むつかしくなるのですが……」
◆
時は少し前に遡る。
こっちの世界とあっちの世界を繋ぐ穴、いわば一種のトンネルのような道を、結局大女神も飛び込んで、二人の学生と巫女の手を引きながら渡っていく。
「わぁ〜、なんだかアニメやゲームで見たイメージのまんまです! 灰色の流れていく景色になんかキラキラした謎の粒子と四角い枠、こういうの異世界への道、って感じでワクワクしますね!」
「おお、話が分かるな後輩! そうそう、こういう謎空間、やっぱテンション上がるよな!」
「うるっさいですねガキ共! 気を抜かないでくださいよ! 今まさに量子ダイブしてるんですから、向こうに着くと同時に存在の再構築をしなきゃいけないんです! 意識を強く持ってくださいね!」
「えー? まー、良く分かんないけど偉大なる大女神様が居るなら大丈夫でしょ〜」
「もっっっちろん! ええ、そうですとも! ワタクシに不可能などありませんから! なんてったってこの身は恐れ多くも偉大なる大女神、そりゃ当然のことですもの!」
「(扱い上手いなコイツ……)」
異世界より単独で転がり落ちた巫女と共に、三名はギャーギャー騒ぎながら世界から世界へと渡って流れてゆく。途中様々なイフの世界とすれ違いながら、目的地の異世界へ向かって大女神の翼は異空間を漕ぎ泳ぐ。
「ところで、大女神サマの世界ってどんな感じなんですか? それこそ剣と魔法のファンタジーだったりします?」
今まで見たことのない景色にテンアゲのJKは、大女神に向かって問いかけた。目はキラキラと輝き、その表情は明るく、まるで修学旅行先の観光スポットを担任に尋ねているかのようなノリである。
「ふっふっふ、それはもちろん、聞いて驚くなかれ、まさしくその通りですとも! 我が美しき世界は自然に溢れ光に満ち、人々は『マナ』と呼ばれる大気や鉱石に宿るエネルギーを自在に使い、魔物や魔獣の素材で武器や日用品を作り上げ、魔王の脅威に備える勇者達を支援したり、各地で採れる鉱石や植物、貝殻等で商工を行なっているのです! そちらの世界のあーるぴーじー? でしたっけ、アレは中々によく出来たモノですね、おそらくこちらの世界に来たことがある者達が再現し作り上げたのでしょう。ああ忌々しい!」
ぼやく女神をよそに、高校生二人のテンションはやはり静かに燻っていた。それもそのはず、一方はアニメやゲームの勇者に幼い頃から憧れて、世界から戦争を失くす程に殺戮を繰り返したゆるふわパンケーキ系JK、一方は中学生の頃に大剣を自作するほどに中二病を拗らせ、挙句世界中の脅威の芽を刈り取る現代の勇者、そんな者達が、いわゆる一つの夢と憧れであるファンタジーの世界を一目見られるというのなら、今置かれた不都合極まりない現状の大部分に目を瞑って、ワクワクしてしまうのも仕方がないというものだ。
大女神もご自慢の自身の世界に好印象な二人の態度に、機嫌を良くして僅かに微笑んだ。
しかし、その中で巫女だけはただ一人、みるみる顔色を悪くして沈黙した。その顔色はもはや土であり、額にはびっしりと汗をかき、視線は泳ぎ、口元は小刻みに振動し、まるで毒でも一服盛られているのではないかと疑う程に元気が無かった。
「さあ、もう間もなく到着しますよ! そのちっぽけな胸にありったけの夢と期待を抱いて宿しなさい? 我が祝福と寵愛はそれら全てを、いとも容易く凌駕してみせましょう。圧倒的驚きと感動でうっかり舌を噛み切ることが無いように、せいぜいその貧困なイマジナリーを今こそ爆発的に活性化させることを強く推奨致しましょう!」
大女神の六対の翼が強く光り輝く、そのまま一気に加速して、目的地であろう白い光のドームへと飛び込んだ。
二人はその強い光に思わず目を瞑り、そうしてゆっくりと目を開ける。元の世界とは違う感触の空気と土の匂い、それらの感覚に違和感を抱きつつも、ようやくその両目は異世界の景色を捉えた。
異世界は緑豊かで水に富み、暖かな光に満ちていた。だがしかし、もはやそれは過去のこと。大女神が異世界へと旅立ってから早二年、そんな月日の流れる間に景色はすっかりと変貌してしまったのだ。
「な、なんじゃコリャーーーー!?」
大女神は、淀んだ曇り空の下、二人と巫女を抱えたまま真っ先に声を荒げた。
視界の果て、無限に広がるは燃え盛る荒野、あちこちに見受けられる崩れたガレキと、枯れた木々と草花。腐った泉は黒く煮え立ち、地からは毒素を含んだ赤黒い瘴気が溢れ、地を焦がして抉ってゆく。
街は無く、村は無く、動植物の姿は無く、人の気配一つ無い。大女神御一行が降り立った世界は、乱雑に建てられた無数の墓標と、這い回る魔物だけが世界を埋め尽くす、光無き終わりの姿そのものであった。
「えーと……、大女神サマ、だっけ? その、コレがアンタの言ってた素晴らしい世界……?」
目に映る凄惨たる景色を前に、口元を覆ったまま言葉を失ったJKの背をさすりながら、少年は引きつった口を必死に動かして大女神に尋ねた。
「シャ、シャーラップッ! 口を慎みなさいコーコーセーダンシ! テ、テテテテ、テポ? コレは一体、何がどうなっているのです!?」
大女神は目を何度も泳がせ、慌てた表情のまま巫女に問いかけた。
「……今から二年ほど前、大女神様が留守にしてからの事……、突然の魔族の襲撃により、王都が崩落しました……」
巫女はその重々しい口を開き、ぽつり、ぽつりと当時の惨状を物語る。
「崩落って……」
大女神は周囲を何度も見回しながら、泣きそうな顔で言葉を繰り返した。巫女はその視線から顔を背け、目を閉じたまま拳を握り、歯を食いしばる。
「……その後、度重なる襲撃により人々は疲弊し、世界の中心部を失ったことによる混乱から立て直すこともままならず、日々を重ねるごとに一つ、また一つと大都市が滅んでいきました……」
目に浮かべた涙をボロ、ボロとこぼしながら、巫女は鼻水混じりの声で全てを伝える。その姿はあまりにも小さく弱く目に写り、大神殿に仕える超上流の人物とは思えないほどに情け無いものであった。
「……ほ、他の、女神達は?」
大女神は動揺を隠さず、気持ちの整理もつけないまま質問を重ねる。それを聞いた巫女は、口を紡いだまま首を横に振った。
「今、無事なのは大神殿ただ一つです……、生き延びた人々は、その地下で冷凍保存され、豊穣の女神ヴァハクエル様と、生命の女神クゥハエル様、それと神殿の巫女達が代わる代わる彼らの命を繋ぎとめています……。私を、あちらの世界に送り届けたのもヴァハクエル様で……」
想像を絶する窮地に大女神は顔面を蒼白とさせて息を呑む。
己が築き上げた美しき世界は、何もかもが消し炭となり、愛する人々は地下深くで眠りについている。黒く立ち込めた毒の瘴気と暗雲が、嘲笑うかのように頬を舐め回した。
ああ、どうしてこうなった、なんだこれは、こんなもの、こんなもの一体どうすれば、
「でも、大丈夫、もう大丈夫……、大女神サマなら、大女神サマであれば、きっとこの世界を救ってくださるのですよね……?」
そう言って健気に笑う巫女の姿を見て、大女神は言葉を失った。彼女のその痛ましい姿は、とうに心など壊れてしまっているではないか。
信仰とはなんと残酷なものか、なんと業腹で胸糞の悪いものであろうか、縋る祈りは正しく尊く、助けを求める声は清く美しいものであるというのに、
肝心の、願いを叶えてあげられる神など、どこにも居ないのだから。
私だって泣きたい、もうこんなもの私一人でどうにかできるものではない、でも、それでも、彼女達は決して絶望せず、私に全ての期待と希望を持って、この世界の救済を信じている。
ガチガチ、と自分の歯が音を立てる。震えている。この絶望に恐怖してしまっている。手の施しようのない、どうしようもない現実に押し潰されてしまっている。
でも、それでも、私が諦めるわけにはいかないんだ、私がどうにかしなくてはならないんだ、皆がこうして信じてくれている以上、私が、私が……、でも、でも……、
「うん、まっかせといてよ巫女の人! なんてったって私達は――」
「――大女神サマが、異世界から連れてきた勇者達だからな」
すると、二人の人の子は胸を張って答えた。
その目は曇らず、その足は大地をしかと踏みしめ、その佇まいは堂々と雄々しく、その顔立ちは凛々しい。
――ああ、コレだ。私に求められているのはコレなんだ、人々から見た私の姿はコレだったんだ。例えどんな窮地に立たされたとしても、その姿を見るだけで安心できる、信頼できる希望の姿。
……ふふっ、そうだ何を、何を私は恐れている。ここは怒るべきところでしょう。
私の美しき世界をメチャクチャにしたこと、私にこのような感情を抱かせてしまったこと、それはこの世における最も恐れ多き大罪に他なりません。誰だか存ぜぬ者だが覚悟しろ、この大女神を敵に回してしまったこと、今際の嘆きと知るがいい。
「クヨクヨしていても仕方はありません! とりあえず、大神殿へと向かいますよ! さあ乗った乗った! メガミエンジンフルスロットルで駆け抜けますとも! レリー?」
大女神が翼をはためかせ、金色の粒子があたりに散らばる。煌めくその粒は大地に潤いを与え、毒を清めて緑を呼び起こす。
黒雲からは僅かながら細い光が伸びて、辺りには穏やかな風が吹き渡った。
堂々と大きな胸を張り、見上げるほどに偉大で崇高な大女神の姿。巫女は泣きじゃくりながらその背にしがみつき、二人の人の子も困ったような笑顔を浮かべなら、声も出さずに顔を見合わせ、大女神に抱えられると大空へと飛び立っていった。
「いざいかん、グレートメガミ・フライハイ!」
「え、ダサ……」
「ダサぇ」
「ひっぐ……、うぇ、ダサいでずぅ……!」
「ダサくないもん!!!!!!!」
――そんなこんなでグレートメガミフライハイから約十二分。途中通った荒野にて、ミサキの姿を見つけたミサは、一人離脱してすっ飛んでいったのだ。回想終わり。




