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事実を受け止めその先へ

 三者は座り込み、湿った土を踏みしめる。


 なんだそりゃ、言ってしまえばこの一言に尽きる超存在を、お互い同時に二つ相手にしているのだ、正常な思考や対応ができるハズもない。

 世界から争いを無くした超常生物兵器、あらゆる脅威から世界を守り続けた現代の勇者、異世界を統べる大女神であり最近自分の世界に来る男子高校生にウンザリしてこっちにきて殲滅しようとしたバカ。

 聞けば聞くほどに頭の痛くなる話であり、三者共各々思うところはあったが、実際目にしている以上何も言えず、こうして湿った土を踏みしめている。


「あの……、そろそろ、わたしが喋ってもいいでしょうか?」

 死んだ目と顔と心で土を見つめる三者の周りを、ウロウロ行ったり来たりを繰り返していた異世界の巫女は、今にも泣きそうな声で呟いた。

「何て言ってるかわからん……」

「私も……」

「ん……。翻訳の奇跡をかけました……、コレでどうです……?」

「アンタの声が流暢に聴こえるようになった……」

「私も……」

「アンタじゃない……、ワタクシは大女神です……殺すぞ……」

「……やるか? ……おっと相棒が居ないんだった……」

「(……先パイに手を出すなら女神だろうと私が殺す)」

 巫女はまたも言葉を失くす、その目からみればココにいる誰もが恐れ多いほどの者達ばかりで、考えようによっては一番可哀想なのは彼女である。

「この大女神が発言を赦します……。テポ、言いたいことはなんですか……? 貴方はたしか、未来視だか心読の力を有してましたね……」

 大女神は顔を上げることなく、土の上で丸まったり蠢いたりするダンゴムシを見つめながら呟いた。ダンゴムシという名ではあるが、どうにもその生態はエビやカニに近く、虫ではなく甲殻類に属するらしい。何故だか陸地に上がって落ち葉などを食べて土を作り、毒も無いため食べても大丈夫なのだそうだ。こっちの世界には変わった生態をしたヘンテコな生き物も居たものだ。


 御心が八割以上土にこもったありがたいお声を聞き、自身が何よりも信仰する大女神様からの許可を得た巫女の心は、ようやく少し救われた。不思議と気持ちも落ち着いて、彼女は目を細めて笑顔を浮かべると、涙を指で拭って発言した。


「はい! えーっと、今あっちの世界がだいぶヤバいんですが、さっきの女があの剣を持っていくと、おそらく一切滅びます」

「それは!」

「早く!」

「言え!!」


 まるで息の合わなかった三者は同時に立ち上がり、声を揃え、鬼気迫る形相で巫女に迫った。とんでもない三つかけ二つの視線に当てられた巫女は、蛇口を捻ったような音を出すと沈黙し、そのまま腰が砕けて膝から崩れ落ちてお尻は土で汚した。

「ど、どどどどどうしよう、ミ、ミササ、ミミミミサキちゃんが、死、死……!」

「ああああ相棒……! 俺が不甲斐ないばっかりに、……くそっ! くそう!」

「囀るな小僧共! そんな些細な問題などではありません、ワ、WAWAWAワタクシの美しき世界が滅ぶ……? わわわわわわわーーーぴーーーーー」

 大パニック。ぐちゃぐちゃだ。昭和のテレビゲームをうっかり蹴り飛ばしてしまった時に映る画面のような、激しい挙動と異音とが融け合った絶望的な光景が巫女の眼前に広がる。あの独特の恐怖を煽る景色は、何物にも変えがたいことだろう。

「い、いえ……。まだ定まった未来というワケではなくってですね……?」

 巫女は瀕死の魚のように、白目を剥いて口をパクパクさせながら、小さな手のひらをバグった三つのオブジェクトに向かって延ばした。

「それもそう、ですね……! ではこーしてはおれません、テポ! すぐに元の世界に戻りますよ!」

「は、はい!大女神様が在わせれば、百人力です!」

 女神は背に白い六対の翼を宿し、マナの濃度を高めて集中する。翼は一枚ずつ光を帯びて拡がっていき、渦巻くエネルギーが女神の周囲に煌めきだした。

 空間をねじ開けるなどという細かで繊細な芸当など、この圧倒的偉大さを持ってしてはそりゃもちろん不可能なので、手段として選ぶのは超加速による大飛翔、それにより世界の理から一時外れ、第一次元物質から空間歪曲による再構成の構築指数を可変させた齟齬をうんたらかんたら……、


「待って!」


 今か今かの大飛翔寸前の女神の前に、ミサが立った。声を張り上げ手を突き出して、発車寸前のロケットの前にこの女子高生は立ちはだかったのだ。

「ミサキちゃんを連れ戻さないと……! だから、私も連れてって!」

 彼女は真っ直ぐな視線を女神に注ぐ。その目は熱い闘志に燃えており、その瞳は実直な勇気に満ちており、その鼓動は友を思えばこその力強く響く音色だった。

 このような美しく猛々しい者に、かつて出会ったことはあっただろうか、戦の女神や友情と努力と勝利の女神でも、ここまでの真っ直ぐな志は無かったことだろう。

「……フッ、分かりました。本来であればこの決断はアリエネーですが、貴女の力と勇気は私の世界を救うのに大きく役立つでしょう!」

 エンジンがかかってアイドリングでガタガタ震えている女神は、儚げな吐息と共に不敵な笑みを浮かべると、ミサの目を見つめて答えた。

「じゃあ……!」

「ええ、女神大権により貴女の異世界転移を許可します、さあ掴まりなさい! 無限の彼方へ! いざ……」


「あ、ゴメンなんか開いたんだけど俺も行っていい?」


 月にも達しそうな女神の覚悟を遮るように、天草イルが声をかけた。

 その手の先はぐにゃんと空間が湾曲して穴が空いており、その向こうは灰色の異質な空が映っていた。

「す、すごい……! コレほどの精度で異世界を繋げるのを初めて見ました! わたし達の世界にもこんなことできる方はおりませんよぉ! 一体どうやって……?」

「なんかできた」

 大女神から離れ、目を光らせた巫女が興奮しながら近寄ってきた。

「コレならすぐにでも行けますよ! 正直大女神様のやり方はあまりに野蛮で危険ですし、時間軸もどこになるかわからないから調整にアホほど時間を有しますし、それ相応にリスクも伴いますし、マナの消費も著しく三週間は身動き取れなくなりますし」

「え、そうなの。なんか悪いことしたな」

「いえいえ! コレはまさしく偉業ですよ! 褒められこそすれ、蔑められる要素は微塵もありませんとも! ……ああ〜、なるほど。おそらくですがこれは、貴方様の持っていた大剣との密接な魔力回路の結びつきがリンクしてくにゃくにゃのもちもちがうんぬんかんぬん……」

「ほうほう……、それはつまりくるくるのぱろぱろってコトか?」

「いや、そうじゃなくてですね」


 何やら親しげに会話する二人の姿を見て、女神の腰に手を回して抱きついていたミサも、申し訳なさそうな表情で大女神の顔を覗き込むと、手をほどいてイルの元へ近寄っていった。

「わー! さっすが先パイ! きっと絆の力とかですよー!」

「おお、ありがとう。そっか……、相棒と俺の絆……か。ならこの奇跡を無駄には出来ないよな!」

「ハイ! 頑張りましょう! 先パイ!」

「では異世界での案内はわたしにお任せくださいませ、何かと不都合があれば用立てますので」


 現代の勇者と、生きる伝説と、異世界の巫女。三人はお互い顔を見合わせて頷き、手を重ねて一心を共にすると、異世界へ通ずる穴に向かって飛び込んだ。


 一人残された離陸寸前の女神は、光輝く翼を寂しくたたみ、それを握りしめて大地に叩きつけると、太陽にまで届きそうな声で叫んでいた。


「ガッデム!」



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