我らは暗黒四天王
暗く澱んだ空に立ち込めた、真っ黒な雲に走る血のように赤い稲妻、湧き出る闇は湿った毒となって大気に立ち込めて、それは瘴気と呼ばれ地や岩肌を溶かし、吹き付ける風が辺りを荒く削る。
異形の翼で飛び回りギャーギャーと口喧しく鳴く魔物、大型の動物も地へと引きずり込んで食らう魔物、様々な魔物達が思い思いに生態系を作り、そこかしこで悲鳴にも似た叫びが響き渡っては、一帯は常に嫌な喧騒で活気付く。
そんな不気味で異様な景色ばかりが広がるこの地の名は魔界。
そして此処に似つかわしくない立派な構えを持った王城こそが、俗に言う勇者達の最終目的地、魔王城。
魔物達を統べる魔王とその臣下達が住む、人々の敵の総本山である。
「今、戻った」
一人の魔物が、その魔王城へと立ち入った。かの王都襲撃の際に指揮を執った、和装の無骨な魔物である。
「オウ、お疲れサン。流石はセンセーだ、女神討伐とは恐れ入る」
最初に出迎えたのは筋骨隆々の大男。岩肌のような巨大な両腕は活火山のように赤熱し、凶悪な顔面の口からは歪なキバが覗いている。
「よしなさい、ゼラニフ。狙ってした事ではありません。王都陥落、実に御苦労でした。ニシノ」
続けて現れたのは、全身を黄金の甲冑と紺色の布で覆った細身の魔物だ。魔界には似つかわしくない絢爛なマントをたなびかせ、両手を拡げると帰還した同胞を労った。
ニシノと呼ばれた和装の魔物は、片膝をついて頭を下げ、ゼラニフと呼ばれた屈強な魔物は、始末の悪そうな顔で自身の頭をポリポリと掻いていた。
「ヒッヒイヒヒヒヒ! これは! これは! お疲れ様でございました! なで肩のニシノ殿! いやいやはやはや! 四天王としての初仕事で? 人間界の首都を沈め? さらには女神討伐とキタ! これは! これは! 素晴らしい、いや実に凄いことではありませんか! 偶然だとしてもそれが何なのですぅ!? 結果ッ! 出てるじゃぁ〜ありませんか! 讃えるべきではありませんか? そう思いませんか輝きのデストロ総帥! いえ、不肖この私は讃えますとも! オーゥッブラァーボー! パーチパチパチパチ!」
すると今度は天井から、逆さまでぶら下がるように蝙蝠羽の道化が笑い声と共に姿を現した。奇抜な色のマスカレイドマスクで目元を覆い、奇天烈なテンションと共に紙吹雪を撒いて、一人拍手喝采で褒め称える。
「慎しみなさい、魔眼。我らとて同胞を多く失ったのです、此度の戦を賞賛しては彼らが報われないでしょう。言葉を選びなさい」
輝きのデストロと呼ばれた甲冑の騎士は、淡々と道化に告げた。それを聞いた道化は口を尖らせ、つまらなそうな顔をしたままぶら下がり、そのまま不気味な程静かになって、何も言わず揺れていた。
彼らこそが、魔物たちの総括組織、暗黒四天王がメンバーである。
ケタ違いのパワーであらゆるものをねじ伏せる、破壊の化身『怪力のゼラニフ』
神出鬼没なトリックスター、幻術妖術記憶操作、なんでもござれの『魔眼のジュヴォー』
練達した剣技のみで、あらゆる戦況を生き抜いた、肩書きに捉われない男『なで肩のニシノ』
あらゆる魔物から慕われ、人望厚いカリスマを発揮する総帥、誇り高き魔族の血を宿す魔王の懐刀『輝きのデストロ』
以上の四名は日夜魔王様のため、魔物達を使役して人々の生活を脅かしているのだ。
「魔眼殿、お褒め頂き光栄仕る……、さて、ではそちらの首尾は如何様か、何か痕跡の一つでも探り当てたか?」
「残念ですが、こちらに成果はありません。依然詳細は不明、今後も調査を進めるつもりです」
「御意……」
とはいえ、暗黒四天王の本来のメンバーになで肩のニシノは含まれない。本来はもう一体、『蹂躙のアーティクル』と呼ばれる魔物が居たのだが、ある日を境にこつぜんと姿を消してしまった。
当然魔界中大騒ぎ、魔王も顔をしかめて大規模に捜索をあたったが、その姿はおろか痕跡すらも見当たることはなかったのだ。
大きく戦力を欠いた魔界は急遽としてこのご老公を抜擢し、王都襲撃の任と軍を持たせ、人の世界の中心部を麻痺させることで、捜索と復興の時間稼ぎにあたったのだ。
元より戦闘能力はあっても軍略に疎かったニシノは、初めからこの任に乗り気では無かったが、四天王の失踪を境に機嫌を損ねた魔王相手に抗議するつもりもなく、こうして新メンバーとして参入することになった。
「いやいやいやはやはやはや? しかし、みょーぅですねえぇ? これだけ時間と人員を割いて捜索して、何も見当たらないとはァッハフフ、これは! これは、いよいよイン・ザ・ラビリンスですかなぁ〜?」
捜索隊を率いる道化も既にお手上げの様子、彼の魔眼や優秀な部下を持ってしても、証拠や痕跡の一つたりとも発見には至らず、魔物達もその疲労やストレスを隠せていない。
「消失、失踪……か、或いは異世界にでも流されたか」
「はて? それはどういうことですかニシノ、説明を」
なで肩はゲッソリしている魔眼の肩をポンと叩き、小さな声でふと呟いた。その声を聞き逃さなかった輝きは、何のことだと問い詰める。
「いやなに、先の王都襲撃の際、女神の口から『異世界からの勇者』という単語を耳にしたものでな」
「ほう……、近頃人間共が活気付いていると思えば、そのようなものが存在するのですか」
輝きを含め、その話を聞いた三体は皆興味深そうに頷き、各々思い思いに感情を抱いていた。
「そこまでだお前達、くだらぬ幻想は捨てよ」
すると、魔王城最奥の扉が開き、ゆっくりと階段を降りながら魔王が姿を現した。見上げる程大きな身の丈、見る者を震え恐れさせる威圧ある大角と、鈍く光る黒塗りの鎧、漏れ出た魔力は瘴気と混ざり、周囲には赤い稲妻をほとばしらせ、邪悪な眼差しのみが黒い影から爛々と輝いている。
四体は皆、魔王が姿を現すなり膝をついて頭を下げ、口を紡いだまま静かに待機した。
「なで肩、ご苦労。王都陥落、女神討伐。実に大義であった」
「有難きお言葉」
「それと魔眼の、捜索隊は今を持って解散とする。皆ヤツのことは捨ておけ、王都陥落に成功した今、人々もしばらくは動けまい。こちらも戦力を整えることに専念せよ」
「はっ! 御意」
「輝き、怪力、お前達も自軍の強化に当たれ。戦力が整い次第重ねて攻撃を仕掛ける。足らないものがあれば申せ、用立てる」
「了承」
「御意に」
「我からは以上だ、何か言のある者は?……ないな、では我は再び休養と資源調達の予算組みに当たる。何かあれば輝きに申せ、後で纏めて報告せよ」
魔王は必要最低限の言葉だけを部下達に伝えると踵を返し、ゆっくりと歩みだすと最奥の部屋へと戻っていった。
その姿を見て、緊張が解けたのか四体からはふぅ、と息が漏れる。
「ハハッ魔王サマも、ちったあ機嫌が良くなったようだな」
「莫迦言いなさい、今命があるのが奇跡でしょう。アレは相当お怒りのご様子」
「ヒャーー! これは! これは! アッハハァ〜ッ、もし? 仮に? 今更蹂躙嬢が見つかった所で? どちらにせよ命は無さそうですネェーッ!」
「然り。ともなればこの身、改めて汝らと同じ四天王として骨肉を捧げよう」
「よし、では魔王様の命に従い、それぞれ戦力強化にあたりなさい! 解散!」
騎士の号令を皮切りに、各々持ち場へと戻ってゆく。戦力の欠けていたそれまでとは違って皆決意の宿った目となり、新たなる使命の元に邁進する。
以前に増して、より強大になる魔物達を相手に、女神を失った人々は果たしてどう立ち向かうのであろうか。




