旅の始まり
俺の詠唱と共に、体から黒い炎があふれ出す。その炎は牙を受けた剣にまで広がり、ついにはオルトロスの体まで伸びようとする。
だが、さすがは野生の魔獣というべきか、危険を察知したオルトロスはすぐさま身をひるがえし、俺と距離をとる。
「野生の勘というやつか」
俺はそう言いながら、炎に包まれた剣を引き抜く。その刀身は俺の記憶していたものとは違っていた。“光の鉱石”と名高いオリハルコンで作られたはずの白い刀身は黒く染まり、更には鞘さえも黒と紫によって飾られている。
「これは、一体……」
『ふん、一丁前に詠唱しながら、その力は覚えていない、か。いいだろう、教えてやる。これは獄炎。絶えぬことない地獄の業火だ』
「地獄の業火? ずいぶんと大層な名前だな」
『インフェルノはただの炎ではない。その熱はすべてを焼き尽くし、またすべてを包み込む。敵に対しては強力な火炎になり、自分にとってみれば自由に形を変える、変幻自在の武器となるのだ』
「ほう」
俺はヘレルの話を聞いて、剣が纏ったインフェルノの炎をさらに広げる。するとその炎は徐々に固まり、まるで巨人が持つような、巨大な大剣へと変貌したのだ。
「これは、随分と都合のいい炎だな?」
『地獄の業火だぞ? 普通の火と一緒にするな』
俺は生成された大剣をまるで木の枝のように軽く振り回し、その切っ先をオルトロスに向ける。
「さあ、かかってこい。その2つの頭、どちらも叩き割ってやる」
俺の挑発を知ってか知らずか、オルトロスは両手を広げながらその巨体でもって俺に攻撃を仕掛けてきた。
剣で受けるが、さすがにその巨体を受けきるには及ばない。俺はオルトロスの突撃によって数メートル吹き飛んで背中から地面に打ち付けられた。
「さすがに受けきるのは無理か」
『大見得切った割にはずいぶん無様だな?』
ヘレルの挑発に俺は内心腹を立てた。
お前はどっちの味方だ?
『面白い奴の味方だ』
ちっ、さすがは悪魔ってとこか……。
「おーい! 大丈夫か!?」
木の後ろから、少年がこちらに向かって手を振る。
「ああ、問題ない!」
「無茶するな! あんた、たぶん冒険者なんだろ!? でも無理だ! オルトロスは冒険者のランクで20の奴でやっと倒せるかどうかってレベルだぞ!」
ランク20か。昔の俺なら即死ぬレベルの強さだ。だが今は違う。
オルトロスは吹き飛ばされた俺めがけて、勢いよく突進してくる。今度のはさっきよりも助走がある分、喰らったら相当吹っ飛ばされそうだ。
「バカが。やはり獣、そんな単調な攻撃を同じように受けると思うなよ?」
俺は右手で大剣を持ち、もう片方の手から炎を生じさせる。
ヘレルの言う通り、どんな形にでもなるのだとしたら……。
「インフェルノ・永遠なる檻」
左手を地に付けると、手のひらで広がっていた炎がバッと地面に放射状に広がる。そして伸びた炎の先端は空へ向かって上昇し、今度は俺の真上でまた1つに戻る。その様子は、まるで罪人を閉じ込める檻のようであった。
オルトロスもその中にいる。奴は俺が作る出した檻に少々戸惑った仕草を見せたが、すぐさま向き直って突進を続けようとした。
「咎人が、檻の中で自由に動けると思うなよ」
左手を天に掲げ、目一杯広げた掌をぐっと握りしめる。すると檻を成していた炎がオルトロスの方に向かって一斉に伸び、奴の体を幾重にも縛り付ける。
「GAWGAWGAW!!」
身動きが取れず、何度もわめくオルトロス。その様子は、まるでご主人様に待てと焦らされるかわいらしい仔犬のようだった。
「よーし、よし。今楽にしてやるから、動くなよ……」
『いいぞ! さあ、その魔獣の体を真っ二つにしてやれ!』
ヘレルの言葉で、俺は手に持った大剣を振りかざす。その時だった。
「ちょ、ちょっと待って!」
突然少年が檻のすぐそばまで近づいて来る。
「なんだ?」
「いや、見てよ。オルトロスを」
少年に諭され、俺はオルトロスの方を見やった。奴は先ほどまでの凶暴な雰囲気から打って変わって、実にしおらしく、俺に対して懇願してくるような雰囲気を醸し出していた。助けて、助けて、と命越えさえ聞こえてくるようである。
「もう、俺たちを襲うことはないんだし、逃がしてやってもいいんじゃない?」
「……確かに、そうかもしれんな」
俺は少年の言葉でオルトロスの拘束を解き、奴を開放してやった。
だが、
「GGGAAAAAA!!」
オルトロスはすかさずその双牙を俺に向けてくる。
ザッ!!
対して、俺は横一文字に大剣を切り抜ける。すると、オルトロスの2つの首が地面にボトリと落ち、奴の巨体が力なく崩れ地に伏した。血があふれ出し、噴き出した返り血が顔にぴしゃりとかかる。
「あ、ああ……」
「分かったか? こういう野蛮な奴はどこまでいっても人を襲う。優しさなど無用、殺すのが一番効率的で合理的だ」
俺が少年にそう言うと、彼は俺の顔を見てどこへともなく逃げ去ってしまう。その少年の後ろ姿は、彼がどれだけ怖れを抱いているかを如実に示していた。
『なぜだ? お前のどこが怖い? 血の掛かった顔か? それともそのひび割れた肌か?』
おびえる少年の姿を見て、ヘレルが不思議そうにそう呟いた。
「いや、明らかに俺の様子全てにだろ」
……まあ、そんなことはどうでもいい。俺の目的は勇者どもへの復讐。奴らの情報を持っている者を見つけ出さねば。
「とりあえず、近くにあった村によって見よう。ラクナ村みたいに10年でなくなってるかもしれないが」
そんなことをつぶやいて、俺は当てもなく歩き出す。黒い炎に身を包みながら。




