獄炎(ヘルフレイム)
◇◇◇
「ようこそ、私の支配する世の極致、地獄へ!」
両手を広げ、黒い翼を広げながら、禍々しい玉座に座る男がそう言った。
「だ、だれだ?」
「なんだ、もう私の声を忘れたか。貴様と契約を交わした悪魔、堕天使ヘレルと言えばわかるかな?」
ヘレル……。こいつが俺に、力をくれてやるとか言っていた悪魔というわけか。
「悪魔じゃない、ちゃんと堕天使と付けろ! ただの悪魔と堕天使では全く違うからな!」
足をカンと鳴らしながら、ヘレルはそう言った。その姿は、あまり悪魔らしくない、極めて人間らしい姿である。
純白の正装に身を包み、白い髪が肩より下まで伸びている。目は赤く、頭の上には確かに天使らしい輪っかのようなものが付いていた。
「おい、早くここから出せヘレル! 俺は一刻も早く奴らを殺さなきゃいけないんだ!」
「ふん、それはできん相談だ。今のお前では奴らには勝てん。私のゲヘナの力を使いこなせるようにならなければ、手も足も出んぞ?」
ヘレルのその言葉に、俺は冷静になる。
確かに、奴の言う通りだ。勇者どもの強力な権能に対抗するには、フォルランを殺したときに使ったような能力を完璧に使いこなさないと。
「分かった。お前の言う通りにしてやる。それで? そのゲヘナの力を使いこなすにはどれくらいかかるんだ?」
「心配するな。それほど時間はかからん。ざっと10年ほどか」
そうか、10年か……。
「バカ言うな! 10年!? 10年がそれほど時間はかからない、だと!?」
俺がそう叫ぶと、ヘレルはめんどくさそうな顔をして、両手で耳をふさいだ。
「あー、何も聞こえん。お前の声はデカすぎる」
「ふざけるのもいい加減にしろ! このクソ悪魔が!」
ヘレルは、そう言う俺に対し、指をパチンと鳴らす。
「さあ、まずはこの地獄の業火に耐えられるようになってもらわねばな」
奴の言葉と共に、俺の体は黒い炎に包まれる。その余りの痛みから、俺はそのままその場に崩れ落ち膝をついた。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!! こんな苦痛を10年? 無理だ! 耐えられない、何の才能もない俺に、こんな事を続けられるわけない!
「はっはっはっ! この程度で音を上げているようじゃ、到底勇者どもには勝てんぞ!? いいのか? 家族たちの仇を討てなくて」
ヘレルの発破に、俺はついた膝に手を乗せる。
「……上等だ。フランとメイリーの仇。あのクソ野郎どもを殺せるなら、どんな苦行だって耐え抜いてやる!」
「ふっ、その意気だぞ、カイン」
◇◇◇
頭痛が収まり、俺は自分の両手を見やる。
稲妻。そう、稲妻が走ったように、俺の手は、腕は黒い魔力に引き裂かれていた。どくどくと脈打ちながら、そのヒビは俺の体に、足に、顔まで広がっている。
痛みを感じるが、それも微かなもの。実際は、耐えがたい苦痛なのだろうが、もはや俺の痛覚はマヒしていた。
「あんた、さっきから誰と話してんだ?」
少年が首をかしげながら俺の顔を覗きこむ。どうやら、ヘレルの声は俺の頭の中だけに響いているらしい。
『まあ、やろうと思えば他の奴に聞かせることもできるがな』
はいはい、補足説明ご苦労さん。
俺は頭の中でヘレルをそうあしらう。そして、おびえる少年の肩に手を置いて、こう言った。
「悪かったな。別に脅かそうとしたわけじゃないんだ。ただ、話を聞きたかっただけで」
「あ、ああ。分かったよ……」
まだ少年の怯えは抜けきらない。だが、どうやらほんの少しは信用してくれたようだ。
「そうか、10年か……」
となると、勇者たちももうすでにかつてのままではあるまい。どこにいるかも、そもそも冒険者を続けているかすら分からない。
そう思って、少年に勇者たちのことを聞いてみたが、アベルやリウレといった名前が出てくる程度で、今奴らがどこで何をしているかという情報は聞き出せなかった。
まずは情報収集だな。勇者どもの事だけでなく、10年でこの国や世界がどれほど変わったのかを確かめなくては。
木に刺さった剣を引き抜き、そしてさやに納めながら俺はそう決意する。
その時だった。
「GAAAR!!」
森の中から、獰猛な魔獣の声が聞こえてきた。
「ああ、まずい!!」
少年がおびえた様子で俺の隣に立つ。それと同時に、森の草木の中からその声の主が姿を現した。
「ああ、やっぱりだ……。お、オルトロスだ!」
その姿は人ほどの高さをした狼、と言った感じだった。だが、普通の狼とは明らかに違う点が1つある。それは双頭であるという事だ。胴から首が2つに分かれ、巨大な牙をびっしりと並べた恐ろしい顔が2つついている。
彼の怯えようからして、どうやら、かなり危険な奴らしい。まあ、姿からしてそんなことは分かりきっているが。
「だ、だめだ! 逃げないと……」
そう言う少年であったが、彼はどうやら腰が抜けてしまったらしく、その場から動けないでいる。
「GRAAAAR!!」
『どうした? 助けなくていいのか?』
そう問いかけるヘレルに対し、俺は少し考え込んだ。
別に助ける義理などかけらもない。この少年は赤の他人だ。助けても何か特になることもない。だが、手に入れた力を試すには絶好の機会だ。別に助けるわけではないが、このオルトロスとやらは俺の実験道具になってもらおう。
『ふん、お人よしめ』
「ほざけ」
俺の言葉とともに、オルトロスは少年めがけてその双牙を向ける。
「うわああああ!!」
キン!
魔獣の攻撃を、俺は剣の鞘で受ける。
「さあ、すぐに死んでくれるなよ。眼前の敵を焼き払え、獄炎!」




