序章・地獄
ー現在ー
俺の叫びが、伸ばした手が、フランに届くことはなかった。国王様からもらった聖なる剣はフランを背後から突き、そしてゆっくりと引き抜かれる。
「そんな!!」
血を吐きながら倒れこむフランの姿を見て、俺は絶叫した。
「嘘だ、嘘だ嘘だ!!」
慌てて駆け寄ろうと、俺は必死に走り出す。だが突然、ガクンとひざ下の力が抜けるのを感じた。
「え?」
目線を下に向けると、俺の足によく見慣れた矢が突き刺さっている。
これは……レミシュの矢?
「ひゅ~、泣けるねぇ。貧乏な夫婦の固い愛情ってか?」
燃え盛る家の屋根の上で、帽子をひょいと弾きながら不敵に笑うレミシュ。
は? 一体何してるんだ? 俺は仲間だろ?
『現実を見ろ』
俺は矢を引き抜き、またしてもフランの元へと歩きだす。
「ちっ、しぶとい奴だな、雑魚のくせに!」
ああ、今度はリウレか?
彼女の声が聞こえると同時に、目の前が暗黒に包まれた。加えて音も、匂いも、手足の感覚すらない。
これはリウレの感覚遮断か。くそっ、どうして、どうして!? 仲間だろ!? なんでこんなことをするんだ!?
『奴らは貴様を仲間とは思っていない』
俺の叫びは、おそらく彼らに届くことはないのだろう。ブラックアウトは自らが発する音さえもでなくなるから。
「……してあげてください。何も感じれないなんてかわいそうじゃありませんか」
突然、アフレールの声が聞こえるようになる。それに、目もまた見えるようになった。どうやら彼女が能力を解除するようにリウレに言ってくれたらしい。
「ああ、ありがとう、アフレール……」
そうだ、彼女は優しい。それにレミシュもリウレも。きっと、何か理由があるんだ。あの剣だって、何者かが彼から奪ったんだ。そうだ、そうに決まってる。
俺はゆっくりと、目線を上にあげる。希望的観測の元、俺は彼らを信じた。
だが、それは単なる幻想に過ぎなかった。
そこには、俺のことを心底見下した目で見てくるレミシュとリウレとアフレールの姿があった。
「カインさん、これから起こることを、しっかりとその両目に焼き付けてくださいね?」
にこりと笑うアフレール。その笑顔にはひどく邪悪なものが含まれている。俺は彼女から視線を移し、フランの方を見やった。
ザクッ、ザクッ、ザクッ!!
「な、なにを、何をしてる……」
目の前で起きていることが理解できない。アベルが、フランを、俺の妻を幾度となく刺している。彼女は既に死んでいる。もう助からない。
じゃあ、なんでそんなことをする?
「はぁ~、なぜだか人を刺すのって気持ち良いんだよね~。なんだろ、やっぱりやっちゃいけないことだからかな? いい子ちゃんを演じてると無性に悪いことしたくなるんだよね~」
「ったく、やっぱりうちらのリーダーが一番狂ってるぜ」
「全くだ、アベルに比べたら暗殺者の私など可愛いものだな」
「でも、それがアベルさんの良さでしょ?」
口々に、皆はそう言う。何度も、何度もフランのことを刺して、彼らはまるで悪魔のような笑い声をあげていた。
「やめてくれ……」
もはや声を張り上げる気力もない。俺はかすれるような声でアベルに懇願する。そんな俺に対し、アベルは笑いながらこちらを向く。彼はフランの体の下でうめき声をあげているメイリーをまるで汚い物のように乱雑に摘み上げ、俺の元へと歩を進めた。
「カイン、ああ、カインカインカイン……」
そう言うと、アベルはメイリーの手に剣を突き刺した。彼女は悲鳴を上げ、足をバタバタと動かす。「助けて、パパ」とつぶやく娘を見て、痛みに泣き叫ぶ娘を見て、俺はただ「やめてくれ」と頼むことしかできない。
「どうして、どうしてこんなことするんだ? 俺のこと、仲間だって言ってくれたじゃないか……」
「ぷふっ! あんなのまだ信じてたのか!? は、ハハハ!! こりゃあ傑作だよ! お前の頭はお花畑か何かか!? 最強の勇者たる僕たちが、お前みたいなゴミを仲間だと、大切な友だなんて言うなんて本気で思ってたのか!?」
「嘘だ……。あの時のお前は本気で俺のことを……」
「うるさいな~、黙れよゴミ。全く、お前のせいだぞ。この村がこうなったのは。せっかくこれまで完璧で最強の勇者だったってのに、ちょっとしたミスであんな醜態をさらすことになって! 僕は完璧な勇者じゃなくちゃいけないんだ。ミスなんて許されない。だからこうやって全部なかったことにしてるんだ」
アベルの邪悪な顔を見て、俺はこう叫んだ。
「そうだ分かったぞ。あの、あの魔獣に操られてるんだ! 目を覚ましてくれアベル! お前はこんなことする奴じゃない! こんな俺を、弱い俺を仲間だと認めてくれたアベルに戻ってくれ!」
俺の言葉にアベルは眉をひそめる。
「ああ、かわいそうに。でも残念ながらそんな魔法はないんですよ?」
そんな彼の隣でアフレールがにこりと笑いながらそう言った。
「な、なに?」
「魔法には人を言動から操る魔法などないんですよ。権能であれば、他者の体を操るようなものもありましょうが、それはただ物理的に操作するだけ。精神を乗っ取る魔法など、神の御業なのです。それにあの魔獣は死んだ。魔法の行使者が死ねば、魔法が解けることはあなたも理解しているはず」
そんな、嘘だ。じゃあ、目の前にいるこれが、この邪悪な笑いを浮かべるこの男が本来のアベルだっていうのか?
「あ~、もうそろそろ飽きてきたな~」
けだるそうにそう言ったアベルは、手に持った剣をシュッと横に振る。血しぶきが飛び、俺の顔にぴしゃりとかかった。
ぼとり、と俺の目の前に、何かが転がるのが見える。
「は?」
メイリー? メイリー? 頭がそこで、体があそこ? え? なにが?
「あああああああああああああああああ!!」
「うるさいな~。いちいちうるさいんだよカス」
悪夢。そうだ、これは悪夢だ。操られたんじゃないんだとしたら、それしか考えられない。
『いい加減に認めろ。お前が仲間だと思っていたこいつらは、邪悪なクズだったんだ』
「夢じゃない。これ見ろ? ほ~ら、お前の可愛い娘は首なしのデュラハンみたいになっちゃいましたとさ!」
HAHAHAHAHAHAHAHA!!
アベルの、アフレールの、レミシュの、リウレの、悪魔のような笑い声がこれが現実であることをまざまざと実感させる。
「まあ、どうせ放っといても死ぬし~、可愛い娘と妻に囲まれながら幸せに死ねよ」
満面の笑みを浮かべながら、アベルはそう言い残し、他の連中と共に炎の中へと消えていく。
残ったのは、絶望と、自分の無力感。
俺は、こんな奴らを仲間だと、友だと思っていたのか?
薄れる意識の中で、俺はそんなことを思い涙を流した。
『この腰抜けが。このままでいいのか? このまま、何もできずにくたばるつもりか?』
そんな声が、聴きなれない声が、頭の中で響く、ような気がした。




