ラクナ村での出来事
ラクナ村に到着するころには、空は暗くなり、星が輝いていた。
馬車から降りた俺は、すぐさまフランたちの元へと行こうとする。だが、リウレに手を掴まれ、引き留められた。
「バカっ! お前どこ行くつもりだ!?」
「もちろん、妻と娘の所だ!」
「ったく、お前がそんな慌てた様子で帰ったらどうなるか考えろ! 村の住人達に余計な不安を抱かせないためにも、任務を知られるわけにはいかないんだ!」
「だが!」
「抑えろ、これはお前の家族のためでもある!」
俺の手を掴むリウレの表情はひどく真剣なものだった。
俺はそんな彼女の目を見て、心を落ち着かせる。
そうだ、リウレの言う通りだ。フランやメイリーをわざわざ怯えさせる必要はない。俺たちはできるだけ普通に振舞わないと。
「……ありがとう、リウレ。おかげで落ち着いたよ。さすがは隠密のエキスパートだ」
「ったく、お前は優しすぎるんだ。いつも他の奴のために後先考えず突っ走りやがって!」
リウレはため息を吐きながら、そう呟いた。
彼女の忠告を胸に刻み、俺たちは普段と変わりない様子で家へと向かった。
◇◇◇
ドアをノックすると、聞きなれた優しい声が聞こえてきた。
ガチャリ。
音を立てて扉が開くと、そこには愛すべき妻と、愛しい娘の姿があった。
「あ、あ……。あ、あなた……」
「ああ、帰ったよ、フラン」
俺も、フランも、同じように涙を流し、無言で抱きしめ合う。そしてすぐさまかがんで、びっくりした顔で俺を見つめるメイリーのことも抱きしめた。
久方ぶりの家族の肌のぬくもりは、ここまでの旅の疲れを一瞬で癒し、今現在の危機すら忘れてしまうほどの安心感があった。
「ったく、妬けるねぇ」
俺の後ろでレミシュがにやりと笑いながらそう呟く。
その声で、フランはようやく俺の後ろにいる仲間たちに気づいたらしい。彼女は口元を押さえ、驚いた様子で彼らを見渡した。
「あ、アベルさんにアフレールさん!? それにリウレさんにレミシュさんまで! 一体、どうしてこんなところに……」
そんな風に戸惑うフランの隣に、アベルが歩み寄る。
「いえいえ、実はいつもカインが話す、自慢の奥さんに一目会いたいと思いまして」
「お、おい。やめろよ!」
「ははっ。カイルからお話はいろいろ伺っていますよ? あなたの手紙を読んでいるときのカインはいつも幸せそうに笑っていましたから」
アベルの冗談に、フランは顔を赤くして恥ずかしがる。
だが、すぐに慌てた様子を見せてこう言った。
「どうしましょう! 皆さんを歓迎したいのだけど、なにぶん狭い家で、お料理も私と娘の2人分しか……」
「おっと、なんだか騒がしいと思ってきてみれば。懐かしい顔がいるじゃないの!」
申し訳なさそうにフランがそう言おうとしたその時、後ろの方から懐かしい、それでいて聞きなれた声が聞こえてきた。
「……サルミエント!」
「ったく、遅すぎるぜ親友!」
2年ぶりに聞くその大きな声に、俺は自然と笑みがこぼれる。
「安心しろよ、この俺が何とかしてやる!」
◇◇◇
サルミエントの計らいで料理のための食材を用意してもらい、小さなパーティーを開くこととなった。
フランやアフレールが料理を作り、俺やアベル、サルミエントで机やいすを並べる。リウレは暇そうに部屋の端で目を瞑り、レミシュもやることがなさそうにお得意の琴を奏でていた。
アベルにそそのかされて、料理を手伝って大失敗したり、リウレが他の奴らに見られないようにメイリーのことを抱きしめているところを目撃したり。
そんな騒がしい時間を過ごし、夕食を食べながら、皆でこの2年間の出来事を語り合った。
ああ、これが幸せってやつか。こんな時間がいつまでも続けばいいんだけどな……。
「ねえ、パパ! 勇者様との話もっと聞かせて!」
俺が目の前の景色に頬杖を突きながら笑っていると、メイリーがキラキラと目を輝かせながら俺の服を引っ張る。
「だめだ。もう遅いし、寝る時間だぞ?」
「え~、もっと聞きたいもっと聞きたい!」
俺は駄々をこねるメイリーを抱き上げ、フランと一緒に2階の寝室へと向かう。そして、愛しい娘をふかふかのベッドへと下ろし、きれいな黒い髪をスッと撫でた。
「ほら、もう眠くなってきただろ?」
「ううん」
「そうか? じゃあ、どうすれば眠くなる?」
「じゃあ、お歌を歌って!」
元気よくそう言うメイリーに俺とフランは顔を合わせて笑う。
「分かったよ。じゃあ、この村に代々伝わる子守唄を歌ってやる」
暗い世界を照らしだす~勇者の掲げる聖なる剣~♪
剣は黒くまばゆく輝き~並み居る悪魔を従える~♪
光に導く白き羽~行く先は天かはたまた地獄~♪
フランと共に何節か歌い終えるころには、メイリーは静かに目を閉じ、寝息を立てていた。
「眠ったか?」
「ええ。それにしても覚えてたのね、この歌」
「忘れないさ。子守唄にしてはずいぶんと物騒な歌詞だからな」
「ふふっ、確かに。ほら見て、メイリーの顔」
彼女にそう言われて、俺はメイリーの寝顔を眺める。可愛らしい、天使のような顔。俺と同じ黒い髪に、フランと同じ白い肌。
「メイリーが大人になったらどうなるかしら?」
「さあ」
「あなたと一緒で冒険者になったりして」
「ふっ、どうかな? まだ権能だって分かってないし」
「そうね……」
フランは愛おしそうに娘を見つめ、それから俺に微笑みかけた。
「さあ、アベルさんたちを見送らないと」
俺たちは1階へと戻り、アベルたちを見送った。
そして片づけを終わらせ、2階の寝室で床に就いた。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ようやく帰ってきた、家族との日常。明日からは、またフランやメイリーと一緒に過ごせる。だが、その前に一つ、やらなければならないことが残っている。
フランが眠ったのを確認し、俺は静かにベッドを抜け出した。
『家族が眠ったのを確認したら、村の入り口まで来てくれ』
宴のさなかアベルが言ったその言葉に従い、俺は家を出てラクナ村の入り口へと歩を進める。そこには、既にアベルをはじめとしたパーティの仲間たちが待っていた。
「フランはちゃんと眠った?」
「ああ、大丈夫だ」
「よし、じゃあ早速洞窟に向かおう」
◇◇◇
洞窟は村から数百メートルほどの場所に位置していた。
確かに、これほどの近さではいつ村に危険が及ぶかしれない。早急に対処しないと……。
そう決意を固め、俺はアベルたちと共に洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟の中に入ると早速魔獣たちが俺たちの行く手を阻む。と言っても、アベルたちにとってはこの程度の魔獣は敵ではない。魔法や権能を使うまでもなく、彼らは魔獣たちを切り伏せていった。
俺もなんとか攻撃を防ぎながら仲間たちについて行く。
そうして数分ほど進んでいった先、洞窟の最奥の行き止まりでそれは待ち構えていた。
人のように2本の足で立ち、執事のような服を着ている。肌も髪も透き通るように白く、赤い瞳がきらりと輝いている。
だが、それが人間ではないことは一目で分かった。背中には真っ赤な翼と尻尾が生えていたのだ。
「お、お前が噂の魔獣か……」
アベルがごくりと息をのむ。
「ごきげんよう、勇者諸君。私はメフィスト・フェレス。万魔の王より命を受け、あなたたちを殺しに来ました」
万魔の王。やはりこいつ、魔王の手下か。隠れていた幹部か、それとも魔王が残した秘密兵器か?
俺が考えを巡らせている間に、メフィストはにこりと笑い、赤い翼を広げた。
そして、俺たちに何かをする間も与えず、洞窟の入り口へ向かって飛び去ってしまった。
「まずい! あいつ、村を襲うつもりかもしれない!」
俺がそう叫ぶと、アベルは落ち着いた様子でこう言った。
「大丈夫。僕たちがそんなことさせない!」
アベルは国王様から授かった剣を抜き、両手で持って顔の前で切っ先を上へと立てる。
「虚空の創造・竜の息吹」
彼の魔力がブワッと空間へと広がり、雲のように揺らめきながら徐々に形を変えていく。
巨大な体、頑強な脚、雄大な翼、怖ろしい顔。
魔力の塊は徐々にそんなような形を成し、ついにはそこに実際の竜が現れたのだ。
アベルはその背中に飛び乗り、俺たちに手を伸ばす。
「乗るんだ! アフレールは攻撃魔法、レミシュは補助の魔矢、リウレは身体強化の準備を頼む!」
「「了解!」」
仲間たちは次々と竜の背に乗り込んだ。
「さあ、カインも乗ってくれ!」
アベルに再度そう言われて、俺もようやく竜の背に乗る。
「さあ、いくぞ!」
アベルの掛け声とともに、竜は狭い洞窟をするすると抜け、あっという間にメフィストの元へと追いついた。
「はぁ!!」
アベルは竜の背から飛び降り、勢いそのままに聖剣を振り下ろす。だがそんな彼の一太刀をメフィストは素手で受け止めた。
「なんですか? このくだらない玩具は?」
「くっ! レミシュ!」
「あいよ」
レミシュは弓を構え、権能を発動させる。
「射手座の神弓・エアライド!」
彼の弓から放たれた魔力の矢は、アベルの背中に命中する。だが、それは攻撃ではない。それどころか、本来ならばそのまま地面へと落下するであろう彼の体を浮かび上がらせた。
レミシュはそのまま、その矢をアフレールとリウレにも打ち込む。すると彼女たちの体もふわりと浮き上がり、そのままアベルの横へと飛んでいった。
「皆行くぞ!」
アベルの掛け声とともにレミシュは矢で、アフレールは魔法で、リウレは短剣でメフィストへと攻撃を加える。だが、奴はその攻撃を受け止め、躱し、相殺し、ことごとくを打ち破った。
その後もアベルたちとメフィストは壮絶な戦いを繰り広げた。夜空にはぶつかり合い火花が散り、いくつもの魔法が飛び交う。
俺はその様子を竜の上から眺めることしかできない。
くそっ、俺にもっと力があれば、アベルたちの役に立てるってのに!
俺がこぶしを握り締めたその時、メフィストがアベルに対し、ひと際大きい魔力の塊を放つ。
「危ない!」
そう叫ぶが、アベルは特に慌てる様子もなく剣でその攻撃を弾いた。だが、弾いた方向が良くなかったのだ。その魔弾はラクナ村の方へと向かい、いくつかの家屋が並ぶ場所に直撃してしまう。
ああ、そんな……。
アベルは一瞬だけ動揺した様子を見せるが、すぐにメフィストの方に向き直って、手に持った剣で奴を突き刺す。
「くふふっ、さすがに勇者。私では敵いませんか。まあ良いでしょう。私の目的はそれじゃない。あなたの、あなた方の本性を暴くことだ……」
不敵な笑みを浮かべながら、メフィストはゆっくりと、黒い塵となって空へと消えていった。
本性? いったい何のことだ? アベルたちを倒すのが目的じゃないってどういう……。
俺がメフィストの言葉について考えこんでいると、複雑な表情をしたアベルたちが俺たちの元へと戻ってくる。
「すまない、僕の弾いた攻撃が君の村に……」
「い、いや、仕方ないさ。それよりも! 早く村に戻って家にいる奴らを助けないと!」
俺がそう言うと、アベルはやけに暗い表情で「そうだね」とぽつりとつぶやく。
どうしたんだよ、アベル。お前らしくないじゃないか。
そんな気持ちを胸に抱きながら、俺たちは急いで村の元へと戻った。
◇◇◇
村の被害は、見た目だけならそれほど大きくはなかった。1軒の家が炎上し、倒壊していたものの、火が燃え広がることはなく、周囲の建物に大きな被害は出ていない。
だが、問題は家の中にいた村人たちだった。
家の家主は俺の友人でもあるフライガだった。彼自身は軽傷だったものの、その妻マラシアは頭部にがれきが落下し意識不明。息子のフリオに至っては、倒壊した家に押しつぶされ命を落としていた。
「フリオォォォォッ!!」
村へと戻って真っ先に目に入ってきたのはマラシアを抱え、倒壊した家に向かって泣き叫ぶフライガの姿だった。
アベルはそんな彼の様子を見て、自分がはじいた攻撃がこの事態を引き起こした、と正直に話す。
「どうしてだ! どうして俺たちだけこんな目に合わなくちゃいけないんだ!?」
フライガは涙を流しながらアベルの肩を揺さぶった。
「アンタがその攻撃を弾きなんてせず受けていれば! マラシアは、フリオは!!」
膝から崩れ落ち、地面を何度も叩きつけるフライガ。その叫びに、村中の人々が目を覚まし周りに集まろうとしてくる。
ああ、フライガ。苦しいだろう。でも、アベルを責めないでやってくれ。彼もわざとじゃない、激しい戦いの中でとっさに攻撃を弾いてしまったんだ。ほら、優しいアベルだ、きっとひどく責任を……
俺がそう思って彼の顔を見る。だが、その顔はよく知ったアベルのものとは違っていた。
「な、どうしたんだよ、アベル……」
目はまるで氷のように冷たく、軽蔑のまなざしをフライガに送っていた。彼はその顔のまま深くため息を吐き、信じられない一言を言い放つ。
「あ~、めんどくせ。もういいや、全部ぶっ壊そ」
その瞬間、俺は凍りついた。
何を言っているんだ?
俺が憧れ、背中を追い続けてきた勇者が。仲間を大切にし、世界を救うはずの男が。何を言っているんだ?
俺がアベルの冷徹な表情を見つめていると、突然とてつもない衝撃が全身に走る。
「ぐっ!?」
そのまま俺はその場に倒れ込み、意識を失った。




