旅の終わり
——旅は、終わった。
王都で待ち受けていた民衆の歓声を浴びながら、俺はそんなことを考えていた。
そうだ、もう旅は終わったんだ。
アベルたちと出会ってから、もう2年近く経つ。山を越え、砂漠を歩き、海を渡り、俺たちは魔王を討ち果たしたのだ。
そして今、王都へと凱旋し、割れんばかりの歓声をその身に浴びている。
俺も最初は、アベルたちのように強くなれる、みんなを守れる力を手に入れられる。そう思っていた。
だが、現実は違った。
彼らが必死に戦っている間、俺がやったことといえば、荷物持ちやアイテムの整理といった雑用くらい。結局、俺が才能のない冒険者であることに変わりはなかったのだ。
それでも、アベルたちは俺を仲間だと認めてくれていた。
「どうしたんだい、カイン? そんな浮かない表情して。ほら見なよ、王都の人々の笑顔。必死で魔王を倒した甲斐があるってものだろ?」
馬車に揺られながら、顔をしかめる俺を見かねてアベルが声をかけてきた。
「俺は何の役にも立てなかった。こんな祝福を受ける資格なんてない」
「そんなことありませんよ」
アベルの隣から、そんな優しい声が聞こえてくる。
「カインさんには、その優しさや明るさでみんなを癒す力があります。これまでも、私はその笑顔に何度も助けられてきましたよ?」
そう言って微笑むのは、緑色の長髪に長く尖った耳が特徴的なエルフの女性、アフレール・アリアドール。
エルフの中でも特段魔導に優れ、それゆえにエルフの里から追い出された、異端の冒険者。争いを嫌う穏やかな性格で、俺のような人間に対しても分け隔てなく接してくれる。
「……ありがとう、アフレール」
「いえいえ。確かにカインさんは戦闘では少々足手まといかもしれませんが、それ以外の所でとっても私たちの助けになっているのですよ」
「その一言余計だよ、アフレール……」
アベルが苦笑する。それに対し、アフレールははっとした顔で口を押えた。そう、彼女は天然なのである。
「ったく、アフレールはこいつに優しすぎる! そんなんだからカインがいつまでたっても成長しないんだ!」
青い髪をなびかせた女性が、俺をにらみながら言い放つ。
リウレ・コンキスタ。帝国一の双剣使いにして暗殺者だ。厳しい言葉を遠慮なく投げつけてくるが、本当に危険なときには必ず助けてくれる。案外、可愛いものが好きだったりもするのだが……今は黙っておこう。
「いいじゃありませんか! カインさんだってカインさんなりに頑張ってるんですから!」
「それが甘えだと言ってるんだ! このわからずやめ!」
いがみ合う2人の間に、刎ねつき帽子をかぶった男が割って入った。
「どうどう。リウレはそうやっていつも言葉が強いよ? アフレールもそんなかっかしない。ごめんよカイン。リウレも別に君が嫌いなわけじゃないんだ」
弓矢を手に持つ彼はレミシュ・サジタリア。百発百中の弓矢使いでパーティの後方支援を担当している。
「……と、そんなことは置いておいて、そこのお姉さん! 僕と一緒に夜の逃避行へ旅立ちませんか!?」
先ほどの真面目さはどこへやら。レミシュはすぐさま歓声を送っていた美しい女性に対し、早速声をかけている。
女好きで軽口ばかり叩いているが、他人のために命を懸けられる男であることは忘れないでほしい。
「お前はこんな時でもそれか!」
俺の気持ちを代弁するように、レミシュを見たリウレが彼を足で蹴り飛ばした。
「ぷふっ!」
「ちょ、ちょっと、リウレさんやりすぎですって!」
尻を突き出して倒れこむレミシュを見て俺たちは思わず笑った。蹴飛ばされた本人まで、冗談めかして笑っている。
「全く、最初から最後まで変わらないな、君たちはさ。……でも、こんな会話ができるのも、あと少しなんだよね」
アベル・ゴットハルト。俺をこの勇者パーティに誘った張本人。
結局、彼はなぜ俺をスカウトしたのかを話してはくれなかったが、俺のことを最後まで助け、仲間として接してくれた。そこに憐れみの気持ちは感じない。「君は自分が思っているほど平凡な人間じゃないさ」と、本当に俺のことを必要であると、仲間だと言ってくれた。
アベルのためなら命も差し出せる。そう思わせるようなカリスマが、彼にはあった。
「俺にとって、このパーティでしてきたここまでの旅は宝物だ。多分、一生忘れることはない。本当にみんなありがとう」
「どうしたんだよ、カイン? さっきからすごく感傷的じゃないか」
「悪い。この旅がもう終わるんだって思うとついな」
「ふっ、君がそう思ってくれてうれしいよ。それだけこの旅が楽しかったってことでしょ?」
「ああ」
「僕も、とても楽しかった。苦しいことはあったけど、そのたびに皆で乗り越えてさ」
「カインは役に立たなかったけどな!」
「おいリウレ、水差すなって」
リウレのとげとげしい言葉にアベルがそう返すと、皆がクスリと笑う。その笑いはだんだんと大きくなって、空へと広がっていく。
そうだ、旅が終わったからって、俺たちの旅が思い出が、絆が消えるわけじゃない。
俺はそんなことを思いながら、街道の先に続く王城を眺めていた。
◇◇◇
王城では、出発のときと同じように豪勢な式典が開かれた。
国王様から勲章を授けられた俺たちは、大陸中の知恵と技術を結集して作られた武器や魔導書も受け取ることになった。
「カイン・ユリウス。貴君にはこのオリハルコンで作られた白き聖剣を授けよう」
国王様はひざまずく俺に対してそう告げた。対して俺は両手でその剣を受け取り、深々と頭を下げる。その瞬間は、これまでの人生の中でも、比べるべくもない栄誉な瞬間だった。
その後には王都全体を上げた祝宴が開かれ、王城は夜遅くまでにぎわった。
「ほらほら! アフレールも踊れ踊れ!」
「レミシュさん! 酔いすぎですよ、ってわぁ!!」
「おい、レミシュ! お前さっきから調子に乗るな! ちっ、かくなる上は私が……」
「ちょちょちょ、リウレ! お祭りだよ、ちょっとは大目に見てあげて! でもレミシュはレミシュで確かに酔いすぎだぞ! いくら祭りだからって、国王様が見てるのに!」
慌てふためくアベルの姿に、俺はクスリと笑う。彼もそんな俺を見て「カインも笑ってないで手伝ってよ!」とあきれたように笑いながらそう言った。
仕方ない、いつも通りレミシュを縛り上げるとするか!
◇◇◇
夜が更け、朝になる。夜中騒いでいた街もおさまっていて、街の中は小鳥のさえずりが聞こえるほど静かだった。そんな中、俺が王城の窓辺で独り夜空を眺めていると、後ろから国王様がそんな風に俺の名前を呼んだ。
「カイン、カイン・ユリウスはいるか?」
「国王様?」
俺が振り向くと、そこには国王様の他にアベルにアフレール、リウレとレミシュも一緒にいる。そして皆、同様に真剣な表情をしていた。
「ど、どうしたのですか……」
「重要な話がある。君の、故郷に関わる話だ」
俺は国王様の言葉を聞いて、肝を冷やした。表情からして、まず間違いなくうれしい話でない。
「何!? 俺の故郷!? ラクナ村に何があったんです!」
国王様に対して、失礼にも俺は声を荒げる。だが、その時の俺にはそんなことを考える余裕などないほど慌てていたのだ。
動揺した俺の様子を見て、後ろにいたアベルが近づいて俺の両肩を持つ。そして、俺が落ち着くのを待ってから、何があったのかの話を始めた。
アベルの話によれば、ラクナ村の近くにある洞窟に強力な魔獣が出現したというのだ。その魔獣は極めて異質の様子であり、噂話では人のような姿をして、人語を操っていたという。
「ばかな! 人型の魔獣は魔王軍の幹部クラスの特徴じゃないか!? 幹部は全員倒したはずだろ!?」
八つ当たりのようにアベルにそう問いかける。
「分からない。だから、僕たちでその魔獣を討伐することになった」
「あ、ああ。わ、分かった」
いや、分かるか! なんで、なんで俺の故郷の近くにそんな危険な魔獣が来るんだ!
「カインも心配だろう? だから、今すぐここを発つ」
アベルは心配する俺を見かねてか、少し笑いながらそう言った。
ああ、ああ。そうだな。アベル、ありがとう。お前はいつも優しいな。
口には出さないが、俺は心の中でそんなことを考えていた。
「それで行って参ります、国王様」
「ああ、心してかかるのだ。カインも、な」
こうして俺は思わぬ形で故郷へと帰ることとなったのだ。




