5.魔物との邂逅
早朝にノアゲ村を出発してから小一時間、辺りが急に暗くなってきた。心なしか空気もひんやりしているように感じる。
「聖女様、もう腐敗地域は近いので心構えをお願いいたします。何があっても我々がお守りいたしますので焦らずじっとしていてください」
「わかりました。信じていますのでお願いしますね。アタシはいつ浄化を始めればいいのですか?」
「腐敗の中心である沼地へ到着したらいつでも。しかし落ち着いて加護を使うには魔物をある程度まで減らしてからになるでしょう」
「そう、ですね。合図をしてもらえるとわかりやすいです。それくらいの余裕があればですが」
「かしこまりました。聖女様が護身用だとお持ちになっている木剣の出番がないことを願いましょう」
「これは…… 決して皆様の技量を疑っているわけではありません。癖―― そう、習慣ですから気にしないでくださいね」
聖女の衣装にそぐわない木刀を腰に差しているのだが、その姿を見てもバカにするわけでもなく護身用だと言ったら素直に聞き入れてくれたマルセリード隊長には感謝しかない。
だからというわけでもないけど、聖女なんて立場になったからには困ってる人を助けたい。どうせしばらく帰れないのだし。
しばらく進むとさらに辺りが暗くなり、騎士たちの雰囲気も緊張感を持ったものに変わっていった。いよいよなのだろう。
「ギャギャー」
「出たぞ! 魔物だ! モモは聖女様をお守りしろ!」
いきなり飛び出してきたソレは一見するとただの犬のようにも見える。でも明らかに正気ではないし、体の周りは黒い靄のようなもので覆われていた。
アタシのそばにはモモがぴたりと寄り添ってくれる。ほかの騎士は迎撃体制というのだろうか。練習と同じように周囲を取り囲むようにして剣を抜く。
まずはユーケスが一匹を両断にし、さらに飛びかかってきた別の魔物へとニッシュが切りかかる。サンカーとタクリームはアタシの前後に立ちさらなる警戒を怠らない。
初遭遇ともあって驚いてしまったが、それほど怖さは感じなかった。でも木刀に掛けた手は少し震えている。
「聖女様、大丈夫ですか? 初めてご覧になったのですから随分と驚かれたことでしょう。この先を進むともっと増えてきますが、絶対にお守りしますのでご安心くださいませ」
「ありがとう、モモ。怖くはないけど気持ち悪くてちょっと驚いたわ。アレは犬が魔物になったものなの?」
「これはオオカミでしょう。犬ならばそれほど狂暴化することもありませんし見た目も少々異なります」
初めて見るオオカミがこんな姿とは残念だけど、これで心構えはできた。相手はやはり普通の猛獣ではないのだ。
騎士たちの頼りになる姿を見て安心しつつさらに奥へと進む。途中でまたオオカミの魔物が出てきたり、遠吠えが聞こえて驚いたりということはあったものの道中は順調である。
やがて腐敗の中心へたどり着いた。
「これは―― なんだか嫌な雰囲気が漂っているわね。黒い沼のあちらこちらがこちらをうかがっているような……」
「聖女様にはお判りになるのですね。我々には見た目がおどろおどろしいだけの沼ですが。では魔物がいないうちに浄化をお願いいたします」
「わかった、やってみる」
練習でやったのと同じように錫杖を両手でつかみ目の前で構える。そのまま祈るように浄化を願った。
すると黒い沼のあちらこちら、つまりアタシが嫌な雰囲気を感じたスポットが白んでくる。これが浄化なのだろうか。
だがその時、沼から何かが飛び出してきた。それはオオカミとは違う黒い影だ。
「聖女様をお守りするんだ! 浄化の妨害をしようとしているに違いない。サンカー、タクリーム、ユーケスは撃退を! モモとニッシュは防御を固めろ!」
黒い影はアタシへ向かって一直線に飛んで近づいてくる。そんな直線的な動きは熟練の騎士に通用しない。第一弾はあっさりと撃退されたが攻撃は終わらなかった。
続いてまた影が四つ現れ、さらにオオカミの魔物も数体やってきてうなり声をあげている。完全に囲まれてしまったが大丈夫なのだろうか。
「聖女様は浄化を続けてください。浄化してしまえば無力化できます!」
「わ、わかったけどみんな大丈夫なの!?」
「ご心配には及びません、さあ続けて!」
マルセリード隊長はそう言うけれど、周囲で戦闘が行われている中、浄化に集中できるはずもない。せめてオオカミがいなければ唸り声はやむのだけど……
それでもなんとか浄化しようとするが、断続的に聞こえてくるオオカミの断末魔が集中を阻害する。
その時、騎士たちの間からオオカミが一体通り抜けてきてしまった。
「聖女様危ない!」
とっさにモモが振り返りながら切り裂きアタシのところまでは届かなかった。しかしその背後から二体のオオカミがモモに襲い掛かる。
とっさに、モモが振り返っても迎撃が間に合わないと確信したアタシは、錫杖を左手に持ち替え木刀を抜いた。
「ギャワン、キャーン」
一体を突いた後にもう一体を薙ぎ払う。騎士たちの剣とは違うので倒すことはできなかったが、モモに襲い掛かることは妨害できた。虚をつかれたオオカミたちはいったん距離を取る。
だがそのすぐそばにはほかの騎士がいるためあっさりと撃退された。
「せ、聖女様!? ご無事ですか!? いえ、ありがとうございます」
「モモこそ大丈夫だった? ちょっと焦ったけど間に合ってよかった」
これでオオカミの魔物は大分数を減らしあと数体である。今度はモモが背後にピタリとついてくれて落ち着くことができそうだ。
再び錫杖を構えたアタシは改めて浄化を願った。沼地のあちこちが白くなっていくのも先ほどと同じである。
飛び出してくる黒い影の数はもう多くはない。集中集中、集中だ―― なんて心の中で呟きながらうんうんとうなっていると、やがて沼全域が白い光で包まれた。
同時に周囲も明るくなっていき、今が昼間であることを思い出させてくれる。最期に飛び出してきた黒い影を最後に沼は清浄を取り戻したようだ。
「聖女様さすがです。これでこの周辺は大丈夫でしょう。最初の任務として大成功でございます」
「さすがなんて言われると照れちゃいますね。でもうまく行ったなら良かった」
「それにあの剣技、すばらしい! あまりに一瞬での二撃とは驚きました。まさかこれほどとは、まことに恐れ入ります」
騎士団の中でも有数の剣技を持つマルセリード隊長にべた褒めされるのは、悪くないどころかそうとうにいい気分だ。だが調子に乗ってはいけない。
「それよりも集中しきれずに戦闘が長引いてしまい申し訳ありませんでした。今後はもっと速やかにできるようになりたいです」
「それよりも剣技を磨いたほうが早いかもしれないなー 聖女様で勇者様、なんてね」
「これ、ユーケス、聖女様に失礼だぞ。申し訳ございません。悪気はないのですが教育が行き届いておらず…… 暴言をお許しください」
「全然気にしないよ。アタシはもっとみんなと気楽に仲良くやっていけたらいいなって思ってるくらいだもん。マルセリード隊長もモモもほかのみんなもね」
「ありがたきお言葉。しかし分別はつけねばなりません。ユーケスは戻ってから素振り五百回だ! それとマルセリードだと長いので、私のことはマルスと呼んでいただければ幸いです」
「わかったわ。ではマルスももう少し気楽にお願いね。みんなに聖女様聖女様って呼ばれて肩がこっちゃうんだもん」
「ではこうして聖騎士隊だけの時はお名前でお呼びいたしましょうか」
「うんうん、ハルカって呼んでね。モモたちもお願いね」
「承知いたしました。ハルカ様」
こうして無事に腐敗地域の浄化を終えたアタシたちはノアゲ村へと戻った。




