057:結婚式の後の話
◇2041年4月@福島県郡山市 <玉根凜華>
最近の郡山ファミリー内での話題の中心と言えば、何と言っても安斎真凛である。と言っても、真凛本人の事じゃなくて、彼女の両親の方だ。
その二人は、こないだの日曜日に結婚式を挙げたばかり。娘の真凛は既に中学三年生だっていうのに、実は正式な夫婦じゃなかったなんて、もう信じらんない。
まあ、そういう夫婦の娘であれば、いいかげんな真凛の性格にも納得が行くってもんだ。
そんでも、決して真凛は悪い子じゃない。素直で純粋で本当にすっごく良い子。未だに信じらんない行動を取る事があるけど、そこは常識外れな両親の元で育った事で、普通の人とは「当たり前」の基準がズレているんだからしょうがない。
以前は、そうした常識外れな所を正すのが凜華の役目だったんだけど、彼女が福島市に引っ越してからは、その役を紺野鈴音に託している。鈴音は毒舌家ではあるけど、本当は愛情深い子。生まれつき足が不自由だった彼女もまた心に屈折した部分を抱えていて、思った事を素直に口に出せない性格なのだ。
そのせいで、鈴音のマンションで何が起こっているかと言うと、毎日際限なく続く口喧嘩。もっとも、そこは「ムシ」同士だから、心話が使えなければ煩くはないんだけど、裏を返すと心話を使える者にとっては堪ったもんじゃないだろう。
本当は、心話も伝える相手を選べるのだが、そんな配慮を口喧嘩の時にする筈がない。そんでも以前は「ムシ」の同居人なんていなかったから、問題は無かった。だけど、今は諸々の事情で八巻朔美が同居しており、彼女が一方的に被害を被る事になってしまっている。
とはいえ、八巻朔美もまた真凛以上に酷い家庭環境にいたから、同居人が四六時中怒鳴り合ってるくらいで狼狽えたりはしないのだとか。そういう意味では、一緒に住むのが朔美で良かったのかもしれない。
朔美は、無口な子だ。たいてい「ムシ」の子は大人しいのだけど、「ムシ」になって少しすれば、普通の女子と同じになる。だけど、朔美の場合はそうじゃない。
前の朔美の家では、彼女が何を言っても聞いてもらえなかった。それでも、『これだけは言わなきゃ』と声を上げると、暴力を振るわれるのが常だったという。そんな理不尽な環境にいたのだから、彼女が無口なのは当然の事なのだ。
それでも、心話が使えるようになった今でさえ、「簡単な質問にしか言葉を返さない」ってのは、かなり重症だ。
そんな朔美が正式に紺野家に引き取られたのは、今年の一月。従来、まともな食事すら与えられず栄養失調気味だった痩せ過ぎの身体は、この四ヶ月で徐々に回復しつつある。だけど、心のリハビリには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
★★★
再び話は、安斎真凛の両親、芳賀力哉と希美の事に戻る。
この二人が入籍を済ませた事で、安斎希美は「芳賀希美」となり、それに伴って真凛もまた「芳賀真凛」になった。ところが、この新しい名前は、当の本人に不評だった様子。と言うのは、結婚披露宴の会場で、真凛が両親と騒いでいるのを、凜華は直ぐ横で聞いていたからだ。
「『芳賀真凛』って、なんか語呂が悪いんだけどー。安斎真凛のままにできないのー?」
「うーん、夫婦別姓ってのは聞いた事があるけど、親子別性ってのはなあ」
「どうせ結婚したら別の性になるんだから、少しの間は我慢しなさい」
「少しの間って何よ、少しの間って。アタシ、まだ中学生なんだよ。当分の間、結婚する予定なんて無いっちゅーのっ」
「何を言ってんの。あたしが中学三年の時は、もう真凛がお腹の中にいたのよ」
「あのさあ、お母さん。それ、自慢する事じゃないと思うんだけどー」
傍で見てると、もう無茶苦茶である。
ところが、希美の暴走は、それだけに留まらなかったのだ。
結婚式の翌朝の事だった。芳賀力哉と希美の連名で、式の参列者全員に御礼のメールが届いた。
本文については、ありきたりな定型文と言って良い内容だった。
問題は、一番最後に追伸として付け足してある文章だった。
――追伸、実は、あたし、もう赤ちゃんが出来ちゃいましたーっ!
★★★
〈アタシが思うにさあ、希美の奴、自分が妊娠してるの知って、慌てて正式に結婚しようと思ったんじゃないかなー〉
〈まあ、そうかもしれませんけど、そんでも妹や弟が出来るのは喜ばしい事なんじゃないですか?〉
〈私も鈴音ちゃんが言う通りだと思うけど、真凛は何が不満なの?〉
〈うーん、なんか微妙なんだよねー。アタシとの歳の差が十五歳だよー。叔母さんと間違われそうじゃん〉
〈確かに十五歳は私も聞いた事がありませんけど、十歳くらいの歳の差なら、そんなに珍しい訳じゃないですよ〉
〈そういや、新宿の榊原澪ちゃん、お兄さんとの歳の差が十二じゃなかったっけ?〉
〈てことは、澪ちゃんが小学校に上がった時、お兄さんは成人してたって事ですね〉
〈あのさ、そういうのもあるんだろうけど、それより、希美がアタシを産んだのって、十六になったばっかの時なんだよねー〉
〈あ、それ、聞いたかも〉
〈最近は少子化で、昔よりも性の低年齢化が容認される傾向にありますけど、十六で出産ってのは行き過ぎかもしれませんね〉
〈まあね。アタシ、今は中学三年だけど、希美の奴が妊娠したのも同じ中三の時なんだよね。それが前は今ほど異常だと思わなかったけど、自分が同じ歳になってみると、やっぱ、とんでもないって思うんだ……〉
いつの間にか真凛が、普段の間延びした口調じゃなくなっていた。
〈親父も親父だよ。完全に犯罪だよね。まあ、希美を孕ませた時は高二だった訳で、後先考えずに、ヤる事しか頭に無かったのかもしんないけど〉
〈……〉
〈でも、その後が汚いんだよ。希美の奴、堕ろせなくなるまで放っておいたのは自分なのに、「養育費払え。払えなかったら結婚しろ!」って親父を脅しちゃってさ。それで親父の両親の印象を悪くして、幼女だった時のアタシの虐待に繋がったんだと思うんだ〉
以前、凜華は真凛から、彼女の幼少時に受けていた虐待の話を聞かされている。それは彼女の両親だけでなくて、双方の祖父母にも虐待というか育児放棄されていたという。
特に、父方の祖父母のケースは悪質で、希美の実家から真凛を奪うようにして手元に置いたにも関わらず、直ぐに子育てに飽きてしまい、まともな食事すら与えずに放置した。その為、当時の真凛は、見た目も見窄らしいし悪臭がするしで、まるで浮浪者のようだったという。
最後、真凛が一人で街中を彷徨い歩いている所を警察に保護されて、実の両親の力哉と希美の所に戻されたと言うが、そこでも微々たる改善しかされなくて、更に希美の不手際が重なり、何度も何度も死に掛けたのだそうな……。
〈そういや、こないだの結婚式には、両方の祖父母が来たんだよね?〉
〈うん、一応ね。だけど、正直、あまり覚えてないんだよねー。希美の両親については、岳温泉に来てからも二三回は会ってると思うから、顔は知ってたんだけど……。そんでも、育ててくれたとか言われても覚えて無いし、正直、あんまり良い印象が無くってさ〉
〈父方の祖父母は?〉
〈岳温泉に来てからは、一度も会ったこと無い。披露宴の会場にそれっぽい人達がいたから近寄ってみたんだけど、目が合った途端に睨まれちゃった〉
〈何それ?〉
〈後で親父に聞いたんだけど、アタシが警察に保護された時、厳重注意を受けたんだってさ。それで、アタシの事、恨んでるみたい〉
〈はあ?〉
〈あの人達にすれば、「せっかく家に置いてやってたのに」って事らしいよ〉
〈完全に逆恨みちゃないですかーっ!〉
途中から横で聞いていた鈴音が、口を尖らせて怒っていた。でも、真凛の方はと言うと、何とも思ってない様子なのが凜華には意外だった。
〈だって、虐待されてた時の記憶は無い訳だし、もう済んじゃった事だからさ。これからアタシに関わって来なけりゃ、それで良いって感じ?〉
〈疑問形じゃないですか?〉
〈だって、本当の所、良く分かんないんだよね。アタシには関係ない人達だと思うし……。ほら、祖父母ってアタシらの年代でも、居たり居なかったりじゃん。今まで居ないと思ってた人達なんだから、これからも同じで良いと思うんだよねー〉
〈……〉
〈まあでも、そういうのもあって、アタシは、あんまり「芳賀」って苗字を名乗りたくないんだよねー。別に親父の事は、もう悪くは思ってないんだけどー、やっぱ、祖父母の方は、ちょっとねー……〉
真凛の口調が普段通りの間延びした調子に戻った所で、凜華は真凛の親族の話を止める事にした。
それから凜華は、これからも『真凛から言い出さない限り、彼女の親族の話はしない』って事にしようと、自分の心のメモ帳に書き込んだのだった。
END057
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
次話からは、紗理奈や澪の話に戻ります。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




