122:紗理奈の静岡訪問
◇2041年7月@東京~静岡県沼寿司~富士市 <東山紗理奈>
海の日へと続く三連休。東山紗理奈は、二つの予定を入れていた。
初日は日帰りで沼津の「ムシ」、芹沢千里に会いに行く事。二日目と三日目は、泊まりで宇都宮の手塚真琴の自宅マンションに泊まりに行く事だ。
沼津へは、榊原澪と藤代亜美が一緒。ただし、澪だけは一泊して、翌日は車で帰って来るとの事。その際は、母親の綾が同乗するそうだ。
宇都宮へは、亜美だけが同行する。二人とも「アゲハ」なので、時速百キロを超える高速飛行が可能なのだ。
三連休の初日は、真夏の晴天だった。殺人的とも言えるギラギラした陽光が、「ムシ」達のチョウの翅に容赦なく降り注ぐ。だけど、実体の無い「ムシ」には、生憎とノーダメージだ。
紗理奈は、今日ほど『「ムシ」になって良かった』と思った事は無かった。
そういや、去年の今頃はどうしてたんだっけ?
まだまだ「ムシ」になったばかりで、夢中であちこちを飛び回っていたって気がする。
その時は一人ぼっちだったけど、今は仲間がいっぱいいる。自分を入れて八人だ。その八人目に、今から初めて会いに行く。
そうこうするうちに、東名高速道路が見えて来た。
〈ねえ紗理奈、ここからは真凛さん方式で行こうよ〉
〈だからー、郁代さん方式なんだってば〉
〈どっちでも良いじゃん。ほら、行くよ〉
〈あ、紗理奈ったら、オヤジギャグ言った〉
〈言ってない。てか、どうみたって偶然じゃん〉
〈あ、あたし、あのトラックにします〉
〈私は、どれにしようかなあ?〉
〈私、あのバスにしようっと〉
〈えっ、バス? ボロいじゃん〉
〈ガラガラで空席だらけだから、良いんだよ……。エイッ!〉
〈ちょっ、ちょっと紗理奈。あんた、何やってんのよ〉
〈何って、無賃乗車だけど?〉
〈もう、堂々と言わないでよ〉
紗理奈が飛び乗った高速バスは本当にオンボロで、乗客は十人もいない。しかも団体さんらしく、前の方に固まって座っていた。朝っぱらからお酒を飲んで酔っ払っていて、後ろの座席にちょこんと座った三人娘には、全く気付かない様子。
オンボロだけど、ちゃんと冷房が効いていて快適だ。
前の晩、夜更かしして電子書籍を読み漁っていた事もあって、しばらくすると紗理奈は寝てしまった。
〈紗理奈ったら、起きてよ〉
〈えっ、ここ何処?〉
〈もうすぐ沼津インターだと思う〉
〈えっ、通り過ぎちゃってない?〉
さっき澪とは、〈東名高速って、御殿場の方へ大きく迂回してるから、小田原辺りで下りた方が良いよね〉って話をしていたのだ。
〈だって、紗理奈ったら、グーグー寝てたんだもん〉
〈えっ、マジ?〉
〈本当ですよ。それより、問題はあっちのオジサン達です〉
紗理奈が寝ている間にバスは一度、足柄サービスエリアで停まったらしい。その時は前の方の席のオジサン達も、さすがに紗理奈達の存在に気付いて、色々と尋ねられたのだという。
〈あのオジサン達、高校の時の仲間同士で静岡へ行くみたいなの。そっちに母校があって、同窓会なんだって〉
〈このオンボロバス、安かったからチャーターしたって言ってました〉
〈でも、大丈夫だったの? 怒られたりしなかった?〉
〈全然、大丈夫〉
〈皆さん、優しいオジサン達でしたよー〉
〈ていうか、酔っ払ってて、良く分かんなかったのかも〉
〈良く分かんないって、どういう事?〉
〈亜美がさ、「高速バスで静岡に行くんだけど、間違って別のバスに乗っちゃったみたい」って言ったら、オジサン達、信じちゃったんだよ〉
〈そんな馬鹿な……〉
〈オジサン達、そんだけ酔っ払ってたんだってば。ほら、見て見なよ〉
確かに、今も前の方では酒盛りが続いていて、時々大声で笑ったりしている。
〈まあ、楽しんでくれてるみたいだから、別に良いんじゃない?〉
という事で、良く分からないけど、さっさとバスから降りる事にした。
紗理奈達は光をミニマムで纏い、そっとバスを離れて空中に浮かんだ。そして、高速で通り過ぎる多くの車を直ぐ真下に見ながら、一気に強い光を発すると、急速に高度を上げて市街地の方へと飛んで行った。
ちなみに、今や高速道路を走る車は自動運転ばかり。たとえ、前方が眩しく光ったりとか、その光がバスから飛び降りた金髪の可愛い女の子だったりとかしても、事故になんてならない。
そもそも、ほとんどの人は真面目に前すら見ちゃいない。だから、走行中うのバスからの乗り降りなんて、全然、問題ないのである。
★★★
芹沢千里とは、直ぐに会う事が出来た。途中から澪が呼んでくれていたからだ。
昼間だから分かり難いけど、彼女の翅は青紫って感じで、外側が濃くて根元は薄い。青紫って事は、スミレ色だろうか?
そんな思い付きを紗理奈が澪に伝えると、〈うん。私も「スミレちゃん」が良いと思う〉との事。
〈千里ちゃん、スミレの可憐なイメージにぴったりだもんね〉
〈うん。私もそう思う〉
〈ううっ、そんなにストレートに言われると恥ずかしいです〉〉
〈あの、紗理奈さん。あたしのもそういうの欲しいんですけど〉
〈うーん、亜美ちゃんは、「アゲハ」かなあ〉
〈そのままじゃん!〉
〈だって、「アゲハ」以外、思い付かないんだもん〉
〈別に、「ただのアゲハ」で良いんじゃない?〉
〈あはは。それ、苗字が「ただの」で名前が「あげは」みたいだね〉
〈確かに、「あげは」って名前の子、いますもんね〉
ただのアゲハと言いながらも、亜美の文様は水色で、昆虫うのアゲハとは少し違う。
ともあれ、四人は、空の上で色々と雑談をしながら、取り敢えずサカキバラ商事の沼津支店へ向かった。今回の芹沢千里の件では、様々な点でお世話になっており、東京ファミリーの代表として挨拶しておこうと思ったのだ。
サカキバラ商事沼津支店では、「佐野」という支店長が自ら出迎えてくれた。澪によると、こないだ来た時、澪が千里の両親と揉めた際に駆け付けてくれた人だとの事。
「いやあ、こんなに可愛いお嬢さんが東京の代表だなんて、本当に驚きです」
「見た目はこんなだけど、紗理奈は、お父様とだって対等に交渉したりできるんだよ。私なんかより、ずっと頭が良いんだから」
「ちょっ、ちょっと澪、それは言い過ぎだよ。それに、『見た目はこんな』ってどういう意味よ」
「別に良いじゃん。私と似たようなもんだし」
「あはは。そうやって言い合ってる所は、割と年相応に見えますね」
「あ、ごめんなさい」「お騒がせして、すいません」
「いやいや、私にも小学生の姪がおりますから……」
「えっ、小学生ですか? 私達、一応、中学生ですけど」
「あ、これは失礼しました」
「まあ、一年生だけどね」
この後、佐野さんは、紗理奈達「ムシ」四人を早めの昼食に連れて行ってくれた。海沿いの街だけあって、魚が美味しいお店だ。紗理奈が頼んだのは、シラス定食。シラスだけじゃなくて、アジとかの新鮮なお刺身も付いている。
食後に聞いた話だと、既に千里は伯母の家に移っているそうだ。ただし、その伯母の家は富士市にあって、夏休み明けから転校になってしまうとの事。
「千里ちゃん、髪の毛の事は伯母さんに話してあるの?」
「もちろんです。伯母さん、植松って苗字なんですけど、誠愛ちゃんっていう子がいるんです。その子も私と同じような髪の毛なんですよ」
「えっ、そうなの? えーと、何年生?」
「二つ下の小学四年生です。私、初めて会ったんですけど、本当にびっくりしちゃいました」
「そっか。だったら、会っておきたいかも……」
そこで、佐野支店長が話に加わってきた。
「あの、植松さんの所に千里ちゃんを連れて行ったのは私だったんですけど、明るい茶髪の女の子が現れた時は、私も正直、驚きました」
「あの、失礼ですけど、佐野さんは茶髪に抵抗とか無いんですか?」
「全くありません。実を言うと、静岡市にいる姪も同じような髪色なんです」
「ええーっ、なんか偶然が続いていてビックリなんですけど」
「ですよね。私も驚いてます」
「あのー、その事、私も初耳なんだけど」
「あ、お嬢様に言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないよ……。だから、千里ちゃんの所でトラブルになった時、あんな風に強い口調で私の味方をしてくれたんだね」
「あの時は、単純にムカついたからなんですけど……。いや、やっぱり、姪の事があったのかもしれませんね」
★★★
芹沢千里の伯母の家へは、紗理奈達だけで行く事にした。「土曜日なのに、佐野さんに付き合わせては悪い」という気持ちもあったのだが、単純に、その方が早いからだ。
一応、澪が事前に連絡を入れて、「ムシ」になって移動。植松家の手前で地上に降り、近くの洋菓店でフルーツゼリーの詰め合わせを買って手土産にした。
そこは、割と新しい庭付きの一軒家だった。地方都市だからかもしれないけど、庭も百坪はありそうな広さだ。
千里の伯母の植松笙乃は、ごく普通の人で安心した。千里の両親の事を散々悪く聞かされていたので、実は警戒していたのだ。割と小柄で髪の毛は茶色。いかにも「ムシ」の子の母親といった感じだ。
彼女は、紗理奈達三人を普通に温かく出迎えてくれた。その後はリビングに通されて、冷たい麦茶と和菓子を御馳走になった。
問題の誠愛ちゃんは、澪の見立てでも〈間違いなく「ムシ」になると思う〉との事。千里に確認すると、〈「ムシ」の事は話してないけど、「特殊な能力を持っている」とサカキバラ商事の佐野さんに言われてるみたい〉と言う。それで紗理奈は、笙乃さんに、「茶髪の子の保護者会」への勧誘と合わせて、「ムシ」についても説明する事にした。
早速、千里にタブレット端末を持って来てもらい、例の「未確認飛行少女情報サイト」の説明から始める。笙乃さんは意外と頭が柔らかいのか、すんなりと信じてくれた。
「実は私、昔からファンタジー系の小説とか大好きなの」
「あの、それって異世界物とかですよね? 私達の事とは関係ないのでは?」
「大丈夫よ。私、割と守備範囲が広い方だから。そもそも、現実に不思議な事がたくさんあった方が、生きてて楽しいと思わない?」
という訳で、千里が変異して見せても澪が上空に浮かんで見せても、笙乃さんは驚きこそすれ、恐怖に震える事は無かった。
それに何より、誠愛ちゃんが喜んでくれたのが良かった。おまけに、「あのー、私も早く『ムシ』になって、千里お姉ちゃんと一緒にお空を飛びたいです」とまで言われてしまえば、手放しに嬉しいに決まってる。
この後、植松家での話は予想以上に盛り上がってしまい、紗理奈達四人は夕食まで御馳走になった。そこにはゴルフから戻って来た千里の伯父さんも加わって、非常に賑やかな食事会になったのだった。
サカキバラ商事の沼津支店に泊まる予定だった澪は、急遽、植松家に泊まる事になった。翌日の日曜の午前中に母親の榊原綾がやって来て、再び笙乃さん達と、芹沢千里や彼女の両親についての話をするとの事だった。
紗理奈達三人は、植松家の庭で「ムシ」になり、残りの人達に見送られて空へと舞い上がった。そして、今度は小田原までショートカットし、その後、しばらくはトラックの荷台で休んでから、横浜の手前で再び飛び立って、それぞれの家に帰った。
紗理奈の場合、午後十一時過ぎの帰宅だったけど、とっても楽しくて充実した一日だった。
END122
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。
★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




