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第八十九話 後始末――ラストラとジャンニ

 

「本国への帰還が決まりました。『ディオーネ』と『セレナ』はリッドマスとデオンの両船渠で修復工事に入る予定です」


 ラダナイヤのエゼルベシア大使館で、俺――アガート=ラストラはそう駐在武官の一佐に勿体ぶらされたように告げられる。


「となると、小官は当分陸上勤務ですかな」


「まさか。ラストラ四将ほどの指揮官を腐らせる訳がないでしょう」


 随分芝居がかった奴だ。そう思いながら、俺は勿体ぶった奴の次の言葉を待つ。


「ラストラ四将は素晴らしい功績をお残しになっている。貴方のような貴重な将官を遊ばせておく訳には行きません」


「では、本国はどうされるおつもりなのかな」


「引き続き第十巡洋艦戦隊の指揮をお執りになって欲しい。間もなく就役するディオーネ級三番艦と四番艦の慣熟訓練に参加し、鍛えてやって欲しいとのことです」


「ふむ」


 俺は随分と芝居がかった駐在武官の言葉を聞きながら、簡単に返事する。


 そして心中ではまたディオーネ級か。と、呆れにも関心にも取れる心境で、溜息を吐いていた。


『ディオーネ』が良い艦なのは認める。濃縮竜血が無くとも重武装・長航続の頼もしい艦に仕上がり、並の装甲巡空艦や軽巡空艦なら優位に相手取れるのは確かだ。


 だが、俺にばかりその指揮を任せるのもまた違うだろう。


 例の擱座事件で汚点が着いてしまって、暫くは俺以外に任せられないと言うならば別だろうが、アウストムネシアの脅威を目の当たりにした今、ディオーネ級を有力な将官に任せないのはそれだけで損失だ。


「まあ、本国は四将を高く買っているということです」


 駐在武官が付け加えるように言う。


「本国はディオーネ級の運用ノウハウを四将に確立して貰い、凖主力艦としてディオーネ級に続く重武装軽巡空艦をの運用と量産を軌道に乗せたいと言うことらしいです」


「そう言う訳か」


 俺は駐在武官の言葉でやっと本国の意図がわかってきた。


 要は俺のような小細工無しの将に運用させて、その実力を引き出そうとする巡空艦閥の差し金なのだろう。


 ディオーネ級は役割的には巡空戦艦と被っているし、その巡空戦艦と比べれば性能も不足しているが、旧態依然の三〇リーム砲を積んだ軽巡空艦ではもはや駆逐艦と対峙するには役者不足も良いところだ。


 巡空戦艦の建造費も通常の重戦艦以上に高く付き、艦隊のワークホースとするには貴重すぎるし運用コストも高く付く。


 アルビオン級も二隻で増備を打ち切られて新造の重戦艦にその建造費を回されたのを考えれば、ディオーネ級がいずれ巡空戦艦に替わる新たな高速戦力の嚆矢となると本国は考えているのかもしれない。


「それは非情な重荷だ。心して取り組まねばな」


 俺の言葉に、駐在武官はにやりとまた芝居がかったように笑みを浮かべる。


「では頼みます。アガート=ラストラ三将」


 それが言いたかったのか、と俺はこの演出過剰な駐在武官に呆れる。


 昇進は悪い話では無いが、こんな風に告げられても少し興が醒める。


「相解った。回航の後、新たな着任と昇進の辞令を受け取るよ」


 領事館を出て行き、空中艦隊の手配した蒸気自動車の車内に乗り込むと、自動車は『スカアハ』の収まった船渠の前を通っていった。


 巡空戦艦が『ディオーネ』のような重武装軽巡空艦によって滅びる運命ならば、あの艦は時代に咲く徒花なのだろうか。


 先刻証言台に立って己の役割を果たした妖精族の少女を思い浮かべ、車の天井を仰ぐ。


「徒花でも、あの花は立派に咲くだろうな」


                    *


「ねえ、ジャンニ。お祖母さんは無事だった?」


「ピンピンしてた。すぐ近くまで火が来てたって言ってたけどね」


 私ことジャンニ=ビューロー二等水兵は『スカアハ』を追い出されて以来寝泊まりにしている宿舎で、ノーラ=ダウエル二等水兵と話していた。


 お互い水兵服では無くラフな肌着姿だが、私の右腕は石膏の覆いが嵌められて首から三角巾でそれを吊り、ノーラの肌着の下には腹に巻かれた包帯がちらりと見える。彼女は背中の羽根も細かい傷だらけで、お互いに顔は絆創膏まみれだ。


 私たちの居た区画はバチカル級の主砲弾を二発食らい、班長含めた五人が死に、四人が空いた大穴に吸い込まれて行方不明となった。


 私はギリギリで捲れた外板に潰されて大穴に吸い込まれることは無かったものの、折れた腕のまま応急修理に駆り出されて孔を塞ぐ羽目になったのだ。


 ノーラはと言うとパイプ抑えの破片が腹に刺さったのを引き抜いて貰い、応急修理を手伝っていた。


 お互いに『スカアハ』が船渠につき、軍医に診てもらったときには「そんな無茶をするから」と傷が余計に広がったのを非難されもした。


「むしろ私の方が心配されたよ。『スカアハ』が手酷くやられてたのを見たらしいからさ」


「そりゃあの姿見たらそうだよね。装甲までめくれ上がってたし、片方の補機全部落っこちてたもん」


 ノーラは笑って言い返すが、実際に励まされた私としては複雑な気持ちだった。


 中には自分の家がバチカル級の焼夷弾の直撃に遭っても、『スカアハ』の乗組員を心配してくれていた人々も居た。


 大口を叩いておきながら結局砲撃を停められなかった『スカアハ』を恨んで欲しかったが、そんな言葉は終ぞ出てこなかった。


 向こうも本音を隠しているのに違いないのに、それを押し殺して感謝と労いの言葉をかけてくれたのは、酷く心苦しかったのだ。


「私たちはこの街を守れたのかね」


「みんな命懸けで守ったとは思うよ」


 ベッドに座るノーラはにへらと破顔する。


「ただその命懸けでも、相手を抑えきれなかった。向こうも命懸けで攻撃しに来たんだから、絶対に全部止められないのは当たり前だった。それだけ」


 私は手を広げ、短毛に包まれた指を折ってゆく。


「爆撃艀と駆逐艦をそれぞれ三隻喪失、重戦艦二隻が中破――まあ、それで砲撃一斉射で引き下がってくれたんだから、確かにありがたい話ではあるね」


 もしバチカル級が死を悟ってラダナイヤ市街に突入していたら、砲弾と墜落したバチカル級の艦体で街は大被害を被っていただろう。


 或いは『スカアハ』に集中砲火を浴びせ、追い詰め、ラダナイヤ市街上空で撃沈していたら。


 考えるだけで空恐ろしくなってくる。


「だからみんな頑張った。だけど完全勝利じゃ無かった。それで良いじゃない」


 ノーラの顔を見てると、悩んでいたこっちが馬鹿らしくなってくる。


「そうだね」


「とにかく今のわたしたちの仕事は傷を治して、また『スカアハ』に乗って艦を守ること。それまでには多分時間がかかるし、新人教育もしなきゃだけど、わたしたちならやれる!」


「そう、私たちならやれるよね」


 私とノーラは拳を突き合せた。


 ベルティナの女兵士は強いのだ。そのくらい、やってのける。


 そのためにも、この傷も、この心の澱も治してみせる。

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