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第八十八話 戦の後で

 よろめくように『ダン・スカー』船渠に収まった『スカアハ』は、そのまますぐに『ダン・スカー』の技術者たちによって損傷箇所確認の作業に移った。


 そうなると俺もフィチも多くの乗員と共に艦から追い出され、俺たちは宮邸へ、乗員たちは地上の乗員寮と押し込まれたのだ。


 どこがどう損傷したかのレポートを作成しに行こうにも、「もうそれはやっている」と山羊頭人の技師長に追い返されたりしたが、その技師長にジャスパーと共に一度だけ『スカアハ』に呼ばれたことがある。


 それは艦内から見つかった百二十二名分の遺体の入った簡素な棺と認識票を運び出す作業の際であった。


 作業員の手で棺に収められ、簡素な死化粧を施された遺体は『ダン・スカー』の側に置かれ、遺族らと対面した後に馬車に載せられラダナイヤ郊外のエンリジュの丘にある軍人墓地へと運ばれてゆく。


 その姿をジャスパーと俺、そして多くの科長や生き残った同僚たちが見送る。


 詰られること、罵られることは不思議と無かった。


 中にはラダナイヤの砲撃や墜落艦で他の家族や農地を失った家族も居たようだが、嫌な顔一つせず、自分の家族がベルティナの危機を救ったのだと言い、『スカアハ』で戦えたことを誇りに思うと言って、棺と共に立ち去っていった。


 数日ほどすると被弾し墜落した補機ゴンドラの乗員の遺体も運ばれてきて、俺と機関科長のレッチュ、そしてドール・ククラが立ち会うことになった。


 ベルティナ人の機関科員の遺体は引き取られていったが、それでも大半の遺体は残ったままだった。


「アウストムネシアから家族を捨てて渡ってきた奴らだからな。せめて俺が葬ってやらないといけない」


 レッチュとアウストムネシア人の機関員たちはそう言って、冬空の中で棺を載せた馬車と貨物自動車に便乗していった。


 棺の並べられていた広場から少し離れた船渠で、元の姿に復元されつつある『スカアハ』を眺め、俺はドール・ククラに向かって呟く。


「俺が殺したのかもしれないのに、何故誰も俺たちを責めないんだろうな」


「それが将の重荷だよ、坊主」


 ドール=ククラはその少女のような容貌に見合わぬ、落ち着いた老夫人のような貌を向ける。


 血を回復し、少し余裕が出来たのもあるだろうが、数百年を生きる賢竜のそれは俺の考え全てを見透かしているようだった。


「どんな智将が万全の準備と軍略を凝らしても、必ず兵は死ぬ。その兵の家族は、その死んだ兵の命がけで為したことが無駄では無かったことを信じている。だからお前さんの指揮を信じて戦い、逝ったと思いたいのさ。決して誤って無意味に殺してしまったとは思いたくないんだ」


「俺の指揮がまずかった可能性だってある」


「その場に立たねばわからんよ。全ての戦力図がわかったならば後知恵で幾らでも無能無策と言えるかもしれんが、いざそいつらに人の命を賭けて盤面の隠されたチェスを打てと言えば皆尻込みする。命の重みを背負いながら盤面の隠されたチェスを打ち続ける。それが将さ」


 幾多の戦場を見てきたであろう賢竜は切れ長の眼で俺を見る。


「少なくとも、まだ未熟ながらワシはお前がユフの名を持つに相応しい男だとは思っておる。あの幼顔もどうしようもなく兵の生き死にに迷っていたが、己の命と共に兵の命を賭け続けて最期の時まで守るべきものを守った――坊主もそうだ」


 キルマシアの不死身の竜騎士ユフ、その名を貰うに恥じないと本人を知る賢竜からのお墨付きを貰ったとしても、俺の中にはまだ澱のようなものが残っていた。


 俺やフィチが他人の死を駒や戦術として使っていたのは事実だ。


 ラダナイヤ砲撃を艦を盾にしてでも止めずに、その間隙を使って『ヴァールハイト』を攻撃したのは事実であり、その一度の砲撃による火災で百人近い市民が死んでいるのだから。


 それを誹ってくれればどんなに楽になることだろうか。


 ドール・ククラと別れると、俺は『スカアハ』を見上げながら歩き出す。


 修復箇所の確認が終わった『スカアハ』は、めくれた外板や装甲板、壊れた配管の取り外しが始まっており、突貫でも修復完了までにはあと半年を有すると言う。


 その際には仕方なくアウストムネシア式で通していた部分も大部分をベルティナで扱い馴れたエゼルベシア式に置き換えると言うが、それで工期が伸びるかもしれない。


 そして『ダン・スカー』での修復の間にまたアウストムネシア艦隊がベルティナを襲ったら、その時はどうなるのだろう。


 考えはじめたら酷く憂鬱になるが、その時もまた自分はフィチと共に戦うのだろう。


 『スカアハ』ではない別の艦の艦橋でも、フィチは提督席に座って、あのよく通る声で号令を飛ばし、俺はその隣で誰かと艦の指揮を取っている。


 きっとそうなのだろう。


 鉄道馬車に揺られて宮邸に着いたのは夕刻のことだった。宮邸の前庭には王室の馬車が停められており、演舞衣装姿のフィチが馬車から降りてきたのと鉢合わせになる。


 フィチは妖精族の馭者に礼を言い、馬車を見送ってから俺の方を振り向いた。


 冬の終わりの夕陽に照らされた寂しそうな困り顔を見せながら、彼女は言う。


「ユフにだけ辛いことを押しつけて、ごめんなさい」


「いいよ。これが艦を預かった者の仕事だ」


 それに俺にだけ、じゃない。


 フィチもラダナイヤ防衛戦から今に至るまで、墜落した敵艦の艦体や不発弾による被害、そしてラダナイヤ砲撃に関する件で議会や自治体の長たちに説明や謝罪を連日行っているのだ。


 悪い相手はきちんと居るのに、そいつを追及できない分、相対した将がその責任を取る。フィチは自分の戦いの始末を自分なりに付けているのだ。


「わたくしの方もラストラ四将が色々言葉添えをしてくれているから、何とかなりそう。流石に重戦艦二隻を相手取ってラダナイヤを無傷で守れたなどと言う議員は少ししか居なかったから、話は早く進みそうだし」


「それでも居たのか」


「アウストムネシアへの早期降伏を申し出たり、『スカアハ』調達に反対していた議員たちよ」


 成程、それで合点がいった。


 口先で平和を唱えながらその実アウストムネシアに魅せられ隷属を促す者か。


 きっと今、彗州中にそんな奴が居るのだろう。


 入りましょう、とフィチは促す。


 玄関の扉を開けると、コンソメスープの香ばしい香りが鼻に入ってくる。


「ただいま」


 フィチはそう言って、食堂へとぱたぱたと足と羽根を鳴らして駆けていった。

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