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第八七話 ラダナイヤ会戦――終結

「主砲弾、全弾命中!」


 砲術士官の声に戦闘艦橋全体が湧き上がる。


『ヴァールハイト』を射撃した直後に全速で追い越し、距離を取りつつある中でも、その損害ははっきりと確認できる。


「この距離で一発でも外したら、それこそベルティナ空中艦隊の伝説になれるぞ」


「違いない。相対二パームで重戦艦相手に外れ弾でも出したら、それこそベルティナ空中艦隊の末代までの伝説になる」


 とは言え、急接近しながらの照準と計算で全弾命中を記録したのだから、やはり腕は確かだろう。


『ヴァールハイト』の艦体には装甲を貫いた大きな穴が空き、上部の二基の主砲塔は完全に傾いている。


 あれは恐らく基部からねじ曲がって傾いているのだろう。旋回機構も装填機構もあの状態では死んでいるも同然だ。もうこれ以上打てはしない。


 下部の四基の砲塔も同様に旋回機構が歪んで傾いているのが一基。残っているのは三基の主砲塔だけだ。


 その上副砲も張り出しの副砲塔は全滅、砲郭の副砲が残って火を吹いている程度だ。


 先程の一斉射で奪った戦闘力にしては上出来だろう。


 幾らバチカル級でも、超至近距離で七二リーム口径の徹甲弾を浴びせられたら装甲が保つわけが無い。


「こちらが主砲を打たれない一瞬の隙を突けたから出来たんだ」


 俺の言葉に、フィチが付け加える。


「ラダナイヤに砲弾を落とすことを許してしまったけれども、それ以上の被害を与えることを阻止できたなら上出来よ。戦闘力の半分以上も削げば、街を燃やし尽くすことはもう出来ないわ」


『ヴァールハイト』を避けラダナイヤ市街地から『スカアハ』に主砲の照準を向けていた後続の『アウサーヴェールト』でも、艦の後方で連続した爆発が起こる。


 回り込んで朝陽の中から突っ込んだ『サンフラワー』と『ブロッサム』が、『スカアハ』に主砲の狙いを定めた間隙を突いて鳥雷射撃位置に回り、放った鳥雷が艦尾で命中したのだ。


『アウサーヴェールト』の副砲群は遅れて離脱する『サンフラワー』『ブロッサム』を追うが、その射撃は安定しない。


 それどころか『アウサーヴェールト』はぼたぼたとパドルからドス赤い液体を撒き散らしている。


「竜血パドルとブラケットがやられたな」


 ジャスパーがぼそりと呟く。


「ああなっては砲は生きていても安定射撃は無理だ」


「敵は悉く戦力を喪失。艦こそ生きていますが、戦闘継続は不可能でしょうな」


 俺はぽそりと呟く。


「『スカアハ』もこのまま全速離脱するわ。いくら何でもこの状態で追撃は無理よ」


 やがて『ヴァールハイト』から発光信号が上がると、二隻のバチカル級はその場で逐次回頭を始め、北の方向へと艦首を向け、のろのろとラダナイヤに背を向ける。


「エゼルベシア巡空艦戦隊に追撃命令を要請しますか?」


「出すだけね。多分またあの姿消しで逃げられそうだけど」


 それは尤もだ。


 しかし止めを刺すことは出来なかったが、あの二隻があそこまでこっぴどくやられたのを見るに、もう半年は作戦行動には参加できないだろう。


「でも、あれだけの大口を叩いたエデルトルート帝とナグヴィッツの出鼻を挫いてやった。それだけでも大勝利よ」


 フィチが大きく息を吐いた後、艦全体に届けるかのように大声で言う。


 王都ラダナイヤを守り切った。と言うには犠牲は大きいが、少なくともエデルトルートやナグヴィッツの予言した最悪の結果は阻止できた。


 ラダナイヤは人の住めない土地になどなっていないし、罰と言うには余りに散発的すぎる。


 そして『スカアハ』もまた浮いたままだ。


 ラダナイヤを攻撃し実害を齎したと言う一点ではナグヴィッツの戦略的勝利なのだろうが、そのために彼らが払った犠牲を考えれば戦略的にも辛勝と言ったところだろう。


 それどころか、場合によってはもっと厳しい評価を下すものも居るかも知れない。


「少なくともわたくしたち、ベルティナは世界の敵相手に善戦した。これはどんなにあの人たちが取り繕っても覆せない事実よ」


「その通りだ」


 俺はフィチの言葉に続く。


 やがてもう二隻のバチカル級がもう眼で追えなくなったのを見て、俺は声を張り上げた。


「全艦戦闘配置解除、これより全権限を艦長に委譲する」


 俺がジャスパーを見やると、彼は困ったように顔をくしゃりとさせてから号令を飛ばす。


「巡航前進、面舵一杯。竜騎兵隊に向けて信号弾上げ! 飛竜房の損害を鑑みつつ飛竜を収容!」


了解アイ・アイ!」


 戦闘艦橋を覆っていた興奮と緊張の入り交じった空気が、少しずつ入れ替わってゆく。


 俺はフィチを見上げると、彼女のカットエメラルドのような瞳に、一粒の涙が浮かんでいた。


 緊張の糸が解けたせいなのか、また何かを想って流れてしまったのか。


 その理由はわからないが、俺はそれに対して軽く頷いて応えたのだった。



 ここに、後に『ラダナイヤ会戦』と呼ばれる艦隊戦は終了するのだった。

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