第八十六話 ラダナイヤ会戦――醒めた視線
「『スカアハ』接近してきます!」
見張り員の声が響く。
「――この後に及んでまた蛮勇とでも言うのか」
『ヴァールハイト』の戦闘艦橋の艦長席で私――マーカス=ディレンは舌を打った。
感情を昂ぶらせ、鬨の声を上げたところで何も変わらないと言うのに。
精神力の勝利など魔女戦争の圧倒的物量と工業技術力の嵐によって脆くも消え去ったと言うのに。
それなのにそれらから何も学ばず、蛮勇でこの『ヴァールハイト』に挑もうと言うのか。
己の命を投げ出してラダナイヤ砲撃を止めるつもりだとしても、どう足掻いてもラダナイヤ市街砲撃――こちらの戦略的勝利は止められないと言うのに。
つくづく見下げ果てた竜喰い蜂だ。
「ドーアン二佐」
私は近くに立つ主任参謀・ジャン=ドーアンに声をかける。
メロヴィスからの『転向者』で優秀な艦隊参謀である彼は、亜人の血を引くことを暗に言っている山羊のような横長の瞳孔の瞳をこちらに向ける。
「あの艦に君は何を見る」
ドーアンは『スカアハ』を一瞥してから、ふぅ、と息を吐いて、淡々とした声で返す。
「あえて言いますと、非合理、不誠実ですか」
「私も殆ど同じ答えだ」
塔のような戦闘艦橋の窓から接近してくる半壊した『スカアハ』を見ながら私は呟く。
舵や補機も無くなり、艦体や主装甲にも幾つも孔が空いた新緑色のその艦体はもはや痛々しく、醜い。
「ベルティナの指揮官――フィチ=ミルシェルファは不誠実な娘だ。今もいたずらに乗員の命を賭けて、勝てても意味の無い戦いに挑んでいる。私はそれを全く評価できない。指揮官たる者もっと大局を見て艦を動かすべきだろう――それに加担している男も含めて、失望したよ」
「ユフ=ハウェイズですか」
ドーアンの言葉にああ、と私は頷く。
「私のあてにならない魔法視でも彼は優秀な艦長になれたと見れたのだが、まさかこうまでも愚かな艦長になってしまうとは。本当に愚かな将の下では愚かな部下しか育たないと言うことだ」
砲術士官が主砲第二十射を予告する。最大仰角でラダナイヤ市街を狙い撃つことを企図した焼夷弾が主砲薬室に込められ、その後に砲の堪えうる最大量の主砲装薬が装填される。
「火の海とまでは行きませんでしたが、それでも彗州を揺るがす十分な破壊を齎せますね」
ドーアンがそう口にする。
「爆撃艀はあくまで事が上手く運べば使えた程度の備えだ。幾ら不可視の杖を以てしてもラダナイヤの守りを突破するならあと三隻の爆撃艀と護衛にディオーネ級に相当する巡空艦が必要だったよ」
「ナグヴィッツ元帥閣下は新時代の狼煙にはこのバチカル級の砲撃で十分だったと」
「あくまで二択だ。バチカル級に戦力を集中するか、戦力を割いて爆撃艀を阻止するか。いずれにせよ竜喰い蜂の無力さとエデルトルート陛下の予言が成ったと言うことを世界中に知らしめることは成功する」
「そうして世界に我らの新秩序を見せ付けると」
そう、どこか不満そうに漏らすドーアン。
「第二十射、斉射!」
前方の第一砲塔から後方の第六砲塔までの全ての主砲が咆哮を上げる。先程までよりも明らかに大きな砲声が鼓膜にいんいんと残響し、発射の黒煙は中々晴れない。
後ろを行く『アウサーヴェールト』も『ヴァールハイト』に続くように全ての主砲を発砲していた。
ちらと主砲の筒先の方向に目をやると、ラダナイヤの城壁の中に次々と着弾の煙と炎が上がる。
白燐と粘性剤を加えた軽質油を主材料とした焼夷弾は、上空で弾け飛び散ると共に白燐が着火し、粘性の軽質油を引火させて、舐めるような炎の雨が街に降り注ぐ。
二十四発の七六リーム口径の焼夷弾は城壁の内側の上空で次々と花開き、やがてそれは市街を焼く炎と化す。
「しかし、見せ付けるには少し小粒が過ぎましょう。ナグヴィッツ元帥の意を汲むにはやはり爆撃艀を倍用意すべきだったのでは」
「それこそ本末転倒だ。そもそも優秀な人間と艦を多数失って、属国の首都を少し焦がす程度の成果を得るしかできない爆撃行自体がスマートではないのだ」
本来なら巡空戦艦と重戦艦を基調とした艦隊で『スカアハ』を含むベルティナ艦隊を完膚なきまでに叩き潰し、ラダナイヤ市街に艦砲射撃を浴びせるつもりだった。
それをナグヴィッツが――スマートさと優秀さに誰より拘るのにどこかで非合理なあの男が、巡空戦艦の代わりに鈍重で脆弱な爆撃艀を三隻寄越したのだ。
この方がラダナイヤを効率的に焼ける。夜間行の上に我々には不可視の杖があるとナグヴィッツは言ってのけたが、結局は哨戒網と飛竜の眼による索敵と巡空艦の活躍で壊滅した。
ナグヴィッツに言い包められ、それを予見できなかった私も愚か者だった。おかげで要らぬ出血と、ベルティナへの自信を付けさせてしまった。
これでは戦意を挫き、我々の圧倒的優位を見せ付けるなど不可能だ。
せめて彼らの希望となっている『スカアハ』を砕かなければ。
彗州最強の巡空戦艦をこの手で沈めるのは惜しいが、仕方が無いだろう。
「次弾、弾種徹甲。『スカアハ』を狙い撃ちにせよ」
「了解」
アウストムネシア式の返事にはやはり馴れないが、復唱の内容を知らせるのも淡々とした読み上げは心地良かった。
熱を込めすぎる復唱は伝達ミスを誘うし、他の者の気分すら逸らせる。
エゼルベシア空中艦隊はそれを敢闘精神と言い包めて推奨しようとする。そのくせより効果的な戦術機動や伝達方法を導入することを嫌う。
人の心のもたらすものなどたかが知れている。圧倒的な差を人の心で変えることなどできやしない。
その不合理を押しつけるエゼルベシア空中艦隊を叩き潰すために、私はここに立っているのだ。
そしてその愚かな不合理を更に愚かしくしたような小娘の駆る巡空戦艦を、今この手で葬り、人の心などかくも簡単に砕けるものなのだと示そうとしているのだ。
竜の喉元に槍を突き立てに来た狩人のつもりなのだろうが、こちらからすればそちらこそ飛んできた七面鳥でしかない。
「主砲斉射」
その声が響くより前に、爆炎と轟音が艦を襲った。




