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エリクサー作りは一旦お休み

 ウィクトルが会いに来てくれて、ラルスにルーメン家を継いで欲しいと言われ、そしてウィクトルにキスをされて。



(うわぁ……!)



 思い出すだけで顔から火が出そうだ。クッションをバカみたいに抱き締めてゴロゴロ転がり回ったり、恥ずかしくなってバンバン叩いたりしていると、いつの間にか王都に戻っていたらしいアミンが怪しそうな顔をしてイルナを眺めていた。



「イルナ様、どこか具合でも悪いんですか?」

「ア、アミン!?い、いつから…いえ、大丈夫だからっ!」



 自分の奇行を見られていた事への羞恥よりも、どうしてこうなっているのかを知られる事の方が何倍も恥ずかしい。



(だって、初めてなのよ!なのに平然となんてできないわ!)



 今思い出してもドキドキしてどうにかなりそうだ。けれどこれ以上奇行に走れば確実に医者を呼ばれてしまう。そう思ったイルナはスーハ-と何度か深呼吸して、頭を落ち着かせた。



「そ、それでアミン、私に何か用?」

「旦那様がお呼びですよ」



 晩餐も終わっているし、今の時間に呼ばれるのは珍しい。イルナはアミンに頷くと、急いでロドルフの執務室へと向かった。



「お父様、イルナです」

「入りなさい」



 入室を促され、執務室へと足を進める。するとそこには疲れきった顔をしたロドルフと困った顔をしたカロレッタ、そして何故か晴れ晴れとした表情のラルスがすでに座っていた。



(あー…)



 どうやらラルスが先程の話をロドルフとカロレッタにしたようだ。言ってスッキリする方がいいが、言われて困るのは両親の方だろう。イエルハルドは二人の友人だろうが、あの人は自分の娘を溺愛している。すでに洗礼を受けたらしいラルスは、それでも諦めないと豪語して戻ってきたらしい。



「座りなさい、イルナ。ちょっと色々と話がある」

「はい」



 おずおずと空いている場所に腰を下ろすと、ケイラがイルナの分のお茶を出してくれた。そして、一呼吸置いてから、ロドルフが話をしだした。



「ラルスから聞いているらしいが、ラルスはコンラード辺境伯のご令嬢であるドロテア嬢との婚姻を希望している」

「はい」

「だが、どちらも跡取りだ」

「はい…」



 そこで一旦ロドルフは大きく息を吐き、ちらりとラルスを見た。だがラルスは表情を変えずに話を聞いている。言うべき事は言った、といったところだろう。



「ラルスは家督をお前に譲り、自分が辺境伯領へ行くと言っている。ラルスには見合いの話が沢山きていたし、そろそろ婚約者を決めないといかんとは思っていたが…」

「夜会でも随分引っ張りだこだったものねぇ」



 それを聞いてラルスが心底嫌そうな顔をした。どうやらカロレッタの言うように、本当に引っ張りだこだったようだ。ラルスは姉の目から見てもなかなかの優良物件だ。見た目もいいし、地位もある。騎士団に所属しているだけあって、体つきも細く見えてがっしりしているし、そういう意味でもモテる。手紙も沢山もらっているのも知っている。



「ドロテアは、特別なんだ」



 ポソリと溢した言葉にイルナはなんだか微笑ましい気持ちになり、クスッと笑った。



「お父様。私から見てもドロテアは素晴らしい女性です。芯のあるしっかりした女性でもあり、立場を弁えた振る舞いもできます。何より気立てがよくて、素敵な女性ですよ」

「うむ…、ドロテア嬢に関してはイエルハルドから嫌と言う程聞かされていたが、それよりもイルナ」

「はい?」

「お前はどうなのだ?」

「えっ」



 どう、と言われてきょとんとすると、カロレッタが苦笑しながらも付け足すように話す。



「貴女が家督を継ぐことよ。ウィクトル殿下は貴女と一緒になる為なら、ルーメン家に婿入りしてもいいと以前おっしゃってたわ。それが冗談じゃなくなるのよ」

「…私は、ラルスが幸せになるのなら、それに協力したいです。でも、領地経営なんてした事ないですし、考えた事もなかったので…」



 つまりただのお嬢様なのだ。漠然と家督を継ぐと言われても、何をしていいのか分からないのが本音だ。



「領地経営については、ウィクトル殿下が正式に降下してもいいと陛下から許可が降りたら、二人一緒に勉強してもらう。だが、いいのだな?」

「……はい」



 少し間が空いたがイルナがしっかりと頷くと、ラルスもどこかホッとした様子だ。けれどすぐに釘を刺すようにロドルフはラルスに言い放つ。



「だが、陛下からの許可が降りるまで、コンラード辺境伯に婚約の打診はせんぞ。それは分かっているな?」

「……それは仕方ないですが、でも僕は諦めません」



 そう言うとラルスはフイッとそっぽを向いてしまった。そのしぐさが何だか可愛くて苦笑を漏らすと、今度はイルナにロドルフが話を振った。



「イルナ。お前も婚約式の準備で忙しいだろうが、明日は魔術師団へ行くぞ」

「え」

「カロレッタ、ドレスの採寸は終わっているのだろう?」

「ええ、後は職人達にお任せですわね」

「ならば明日は私と登城する事になる。早めに起きて準備しなさい」

「は、はい」



 言われてイルナが思い出す。そう言えばロドルフに魔術師団へ入ってもらうと言われていた。何だかんだ言っても昔は魔術師団に入る事が夢だったのだ。どういう経緯でどういう扱いになるのかは分からないが、憧れの魔術師団へ行けるのは純粋に嬉しかった。

 部屋に戻ってからアミンにその事を告げると、とても喜んでもらえた。けれど相変わらず初期の魔法を使うのがやっとの自分に魔術師団なんて務まるのかという不安もある。



「せめてもう少し時間があれば、キルスティに鍛えてもらえたんだけど…」



 生命の木の樹液の採取に成功したイルナは、エルフの村に戻ってからエリクサーを作る作業に一度は入った。が、まだ成功していない。

 キルスティはエリクサーを作るために必要なのは、エーテルと聖なる泉の水と生命の木の樹液だと言ったが、実際にはまだ他にも材料が必要だった。その殆どはエルフの村にあったのだが、一つだけ揃っていない物があった。

 マンドラゴラという、引き抜く時に悲鳴をあげる植物だ。耳栓をして抜かないと気絶するらしく、成長しきると土から出て勝手に移動するらしい。眠る時にまた土に戻るので、夜に収穫しないといけないとランナルが言っていた。

 そのマンドラゴラが丁度商人との取引で売ってしまった後だったらしく、まだ育っていなかったのが原因だ。エリクサーを作る事を秘密にしていたので、知らなかったエルフの行商人が全部売ってしまったのだ。

 マンドラゴラは気絶回復や痺れ回復のポーションの原材料になるので、人間の薬師が買い取っているらしい。

 そんなこんなで次の収穫時期が一ヶ月後だと言われたので、エルフの村に行くのは一ヶ月後…丁度ウィクトルとの婚約式の後になるのだ。



(今できる事はそんなにないし、それなら魔術師団で魔法の訓練ができる方がいいわよね)



 そう考えたイルナは、とにかく明日に備えて早く寝る事にした。そのお陰か翌日はいつもより早く目が覚め、起こしに来たアミンが驚いていた。

 朝食を終え、出掛ける準備が整ったイルナはそのまま玄関へと向かう。そしてロドルフと一緒に馬車に乗り込み、王宮へと向かった。



「イルナ。お前は一応見習いと言う事で訓練に混ざりなさい。だが、あまり張り切る必要はない」

「なぜですか?」

「魔力は溢れる程にあるが、魔法は苦手だと伝えてある。だから初級指導員がお前についてくれる」



 初級指導員なんているんだ、とイルナが驚く。そんなイルナをロドルフが眺めていたが、ふとイルナの持ち物で視線が止まった。



「それは何だ?」

「え?あ、これは王宮の図書館で借りていた本です。一度返しておこうと思って」

「見せてみろ」

「え」

「早く出しなさい」

「は、はい…」



 ロドルフに強く言われてイルナが恐る恐る本を差し出す。それはイルナが参考書としていつも見ていた『無属性魔法の活用法』だった。




いつもお読みいただきありがとうございます。

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