憧れの魔術師団
イルナから渡された本を見たロドルフが思わず目を見開く。パラパラと捲る音が聞こえ、イルナも静かにロドルフを見ていた。
「これは…」
ボソリとロドルフが呟く。
「お前はこの本が読めるのか?」
驚きを隠せない様子でロドルフが問いかける。それにイルナは頷いて見せた。
「はい。あ、でも後ろに文字の意味が書かれた頁があるので、それを見ながらですね」
「だが、この魔法書はこの文字の意味を理解しないと使えないだろう」
「はい」
あっさりと返事をしたイルナにロドルフが驚愕する。何しろこの本に書かれている文字は、精霊文字と呼ばれる文字だからだ。
「精霊文字で呪文を紡げば、皆さんが使っている呪文を使うよりも上手くいくので、私にはこっちの方が合ってるのかなと思ったんです。それに、失敗しても何の魔法だったかバレないし…」
「……」
ロドルフはイルナの言葉に絶句していたが、イルナにすれば普通の魔法が上手く扱えない事の方が恥ずかしいのだ。それなら精霊文字を覚えれば、自分にも使える魔法があるのかもしれないと思い、一生懸命勉強しただけの事だった。
「この最初に書いてある呪文だけ、意味が載ってるんです。それで、試してみたら簡単に使うことができたので、それなら精霊文字を覚えてみようって思ったんです」
「……そうか」
最初の呪文。
それがまさに『増幅』の呪文だった。
この本の最初にはこう書かれていた。
『この本を手にした者へ。まずは古の文字を知り、理解する事でこの魔法書は活用できるようになるだろう。その資格があるのかは、最初に書かれた魔法を使えるかどうかでわかる。最初に書かれている魔法を使えなかった場合は、残念だがこの魔法書を読むのは無駄だと言えるだろう』
「最初に書かれているのは『増幅』の魔法です。お父様も読んでみますか?」
「そう…だな。使えるかどうかは分からんが、一度読んでみよう」
そう言って本を閉じたロドルフは、王宮に着くまでなにかをずっと考え込んでいるようだった。
増幅の魔法はそれ自体はそんなに難しくはなかったが、より効率よく増幅できるよう、イメージや発音を試行錯誤したのを昨日の事のように覚えている。そして、増幅する対象が何なのか分からなかったイルナは、趣味で始めたポーションにその魔法をかけた。それが始まりだった。
それからしばらくしてようやく王宮についた二人は、そのまま魔術師団へ向かった。
ロドルフが入って来たのを見て全員が起立する。一斉にお辞儀をし、挨拶をした。
「おはようございます、師団長!!」
「ああ、おはおう」
男女共に大きな声でイルナがビックリする。目を白黒させていると、魔術師の一人がイルナに気付いた。
「師団長、そちらのご令嬢は…」
「私の娘のイルナだ。今日からしばらく魔術師団に籍を置くことになるので、皆もよろしく頼む」
「イルナ・ルーメンと申します。よろしくお願いします」
ロドルフに紹介され、イルナも自己紹介をする。特に歓迎されていない様子でもない事に内心ホッとしていると、ロドルフが一人の女性をイルナに紹介した。
「イルナ、お前の教育をしてくれる指導員だ」
「ダフネ・ブリットです。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「ブリット、イルナは少々手を焼くと思うが、気長に頼む」
「お任せください。立派な魔術師にしてみせます」
気のせいか、ブリット指導員の目がキラリと怪しく光ったように見え、イルナは少し後退る。すると今度はイルナの背後から別の声が聞こえた。
「師団長、ようやくお嬢さんを連れてきてくださったんですね!俺達感激ですよ!」
「そうそう、噂の月光姫にお会いできるなんて、光栄です!」
「え?」
月光姫ってまさか自分の事なのかと、思わずロドルフを見る。が、ロドルフは忌々しそうに顔を歪め、そっぽを向いていた。
「あの…お父様?」
「イルナ。ここでは父ではなく、師団長と呼びなさい。とにかくブリット、後は頼んだぞ」
それだけ言い放つとロドルフは立ち去ってしまった。残された魔術師団の人達は、何だか苦笑している。その理由が分からず首を傾げていると、ダフネに声を掛けられた。
「さあ、イルナ様。いえ、ここではイルナと呼ばせてもらいますよ」
「あ、はい。勿論です、ブリット様」
「私の事はダフネでいいですよ。では早速訓練場へ行きましょう」
「はい、ダフネ様」
好奇の視線にさらされている気がしないでもないが、ここは気付かなかった事にしようと、ダフネの後ろ姿だけを見て訓練場へと足を運ぶ。そして、案内された場所はとても開けた空間に辿り着いた。
「さあ、イルナ。ここなら邪魔するモノは何もないわ。思う存分訓練しましょうね」
「は、はい…」
気のせいか笑顔が怖い。ダフネの人格がまだわからないイルナは、引き吊りそうになる顔を引き締め、素直に頷いた。
それが、イルナにとって地獄の日々になるとは、この時はまだ思いも寄らなかった。




