聖竜の子孫
聖竜ガイウスが番として共に過ごした女性は、人間だった。聖竜は神に近しい、いや、神同様の存在だ。そんな彼等は人間の姿に変化する事ができ、しばしば人間社会に溶け込むように過ごすこともあったそうだ。
その頃だった。知り合った人間の女性に運命を感じ、番として数十年一緒に過ごす事になったのは。新たな生命を宿した妻にガイウスは自分の正体を告げると、彼女は驚きはしたがすんなりと受け入れてくれた。
「貴方はどこか浮世離れした所があると思っていたわ」
と、微笑みながら告げられ、心底嫌われなかった事に安堵した。だが、ガイウスは聖竜だ。人間とは生きる時間が全く異なる。番の女性は老いていく自分の隣で若いままの夫を見るのが辛くなり、ガイウスの元を去った。同じ時を過ごすように彼女を竜の一族にする事はできたのだが、彼女がそれを拒んだ。そして、産まれてきた子供の人生も、人間として過ごせるようにして欲しいと願った。
『だから私は、娘の中にある竜穴を塞いだ。竜穴を塞げば竜脈が止まる。そうすれば人として過ごし、人としての一生を終えるからだ』
そう言ったガイウスはどこか寂しそうな顔をしていた。ガイウスは、ならばせめて愛しい妻が平穏に暮らせるようにとこの地に留まり、守護竜として在る事を選んだ。そして自分の娘を側に置く為に、聖竜の巫女なる地位を作らせたと言う。
『私の番だった女は貴族の娘だった。私と番になった事で家を追われたが、跡継ぎがいなかったのだろう。私の娘を後に引き取り、その子供に後を継がせた。娘が守護竜となった私の巫女になったのも大きかったようだ。お前の妻は私の娘の孫がエミール王国に嫁いだ先で生まれた。そうだな?』
「そうです…。ですが、にわかに信じられない話で…」
『だが事実だ。その証拠がルキウスの瞳だ』
「瞳…ですか?」
言われて全員がルキウスの顔を一斉に見る。ルキウスの瞳は紫色だが、光の加減で赤くも青くもなる。確かに変わった色だったが、神秘的で素敵だとご令嬢の間でも評判だった。確かルキウスの母親も同じ瞳の色だった気がする。
『私の瞳の色と同じであろう?そして、光によって色が変化するのは私の血族の証しだ』
確かにガイウスの瞳は紫色だ。美しいアメジストのようで、ルビーのようにも見える。夜に見ると深いラピスラズリのようだとカロレッタも言っていた。
『ルキウスよ』
「は、はいっ」
『お前が望むのなら、その体にある竜穴を開き、竜脈を復活させる事は容易い。そうすれば我らと同じ時を生きる事も、私と同様の力を持ってこの地を守る事もできよう』
「え…」
唐突にスケールの大きい話にルキウスは全くついていけないようで、その場にぺたりと座り込んでしまった。その様子を見てガイウスも少し性急過ぎたと思ったらしい。「今日は一度帰り、また来るがいい」とだけ告げて神殿の奥へと飛び立ってしまった。
「わ、私が竜族……聖竜様の子孫……」
ボソッと呟いた言葉がイルナの耳にも届く。どうやらマオーラ公爵も途方に暮れているらしく、呆然と息子を眺めていた。そこへ、ロドルフが近づきマオーラ公爵の肩をポンと叩く。
「アラヌス、動揺する気持ちは分かるが、一先ず陛下がお待ちだ。我々は謁見室へ向かおう。ルキウス君は少しここで落ち着くまでいるといいだろう」
「…そうだな。私も後で妻と話をせねばならんようだし、ルキウスの事も心配だが、先にまだ片付けないといけない事があるのも事実だ」
「ではマオーラ公爵、父と兄が待ってますので、謁見室へ向かおう。イルナ、君も一緒に」
「は、はい」
ウィクトルが告げ、イルナの手を取る。けれどイルナはルキウスが気になりちらりと彼に視線を向ける。が、どうやらルキウスはそれどころではないようで、なにか一人でブツブツ呟いている。どうしても気になるイルナは、少し考えてからウィクトルに訪ねた。
「あの、ウィル様のケット・シーは今ここにいますか?」
「ん?アーロンか。アーロン、いるか?」
「はいニャ!ご用かニャ?」
「「いた」」
二人同時に声が出る。呼べばすぐに現れるのがおかしくて、イルナはちょっとだけ苦笑した。そしてアーロンに向かい視線を合わすようにしゃがみこむ。
「お願いがあるんだけど、聞いてもらえる?」
「何ですかニャ?」
「キルスティをここへ呼んで欲しいんだけど…」
「キルスティ様を?呼んでどうするかニャ?」
「あこそで脱け殻になってるルキウス様の話し相手になってほしくて」
「おおっ!聖竜様の後継者殿のですかニャ!わかりましたニャ!」
突然目がキラキラ輝きだしたアーロンは、すぐさま向かったらしく姿が消える。それを見て少しホッとしたイルナは、立ち上がってウィクトルの手を取った。
「お待たせしました、ウィル様。ありがとうございます」
「いや、大丈夫だ。じゃあ行こう」
「はい」
まだ後ろ髪は引かれるが、イルナはウィクトルと共に神殿を出る。その際に控えの間から顔を出していたイオアンナと目が合い、少し驚いたがすぐにニコリと笑顔を向けた。
「…っ」
何故か笑顔を返され動揺していたようだが、今はそれどころではない。イルナはそれ以上振り返る事なく執務室へと先を急いだ。
「私は…私は…」
「……」
一人その場に座り込み、ブツブツと呟くルキウスを遠目で見ていたイオアンナは、段々とその姿に苛つきを覚える。無言でルキウスの元まで行き、その目の前に仁王立ちした。
「ルキウス・マオーラ公爵子息様。私はイオアンナ・グランと申します。我が家は男爵家ですので、身分が下の私から話しかけるご無礼をお許しくださいませ」
「あ、ああ…構わない。何かな…?」
「とりあえずお立ちになられたらどうです?それと、貴方が聖竜の男巫になられたのは紛れもない事実なのですから、竜族だったのは置いておいて、今後の役目について司祭様やルーメン侯爵夫人にお聞きになった方が建設的だと思いますけど」
「……はあ、そう、だな」
突然現れた男爵令嬢に矢継ぎ早に言われ、少々面食らう。確かに彼女の言う通り、とりあえず目の前の事で言えば男巫として任命されたのは事実だ。自分が竜族で、竜になるかどうかは今決める事でもないのも確かで、段々と頭が冷静になっていく。
「…ありがとう、グラン男爵令嬢。ちょっと色々とありすぎて混乱してたが、君の言う通りだ」
「わかってくださったのなら構いませんわ。それに、私はマオーラ公爵子息様にお願いがありますの」
「何かな?私にできる事であれば善処するが」
「それでしたら、巫女様や男巫様のサポートをさせていただきたいのです!巫女の選定後に、選ばれなかった女性の中から数名の女性を神殿の女官として採用するお話があると聞きました。できれば私を選んでいただきたいのですが」
こそっと控えの間にいる他の女性達に聞こえない程度の声でルキウスに告げると、ルキウスも少し考えるような仕草で黙り込んだ。そしてじっとイオアンナを眺め、困ったように頭をかいた。
「まあ、推薦する事はできると思うが、あくまで決めるのは聖竜様だ。君が選ばれるかどうかは分からないけど、それでいいなら口添えくらいするよ」
「それで構いませんわ!よろしくお願いしますね!」
「ああ、わかった」
しっかりと頷くとイオアンナはスキップするように控えの間へと戻って行く。その後ろ姿を眺めながらもルキウスは小さくため息をついた。
「選ばれるかな…。あんな野心でいっぱいの子…」
魔力で人柄が分かるルキウスは、イオアンナの性格を把握してしまったらしい。何とも言えない表情でイオアンナを眺めていた。
今日は21時にもう一話投稿します( ´д`)




