帰還、そして再び家族会議
イルナの家でいつまでもゆっくりしていられなかった二人は、とりあえず再び飛竜に乗って王宮へと向かった。キルスティはそのままルーメン家に残ると言うので、後を頼んで置いてきた。彼女については心配するような事もないだろう。
「……」
イルナを自分の前に乗せて飛んでいたウィクトルは、何となくイルナの後ろから彼女を眺める。以前、王宮の庭園で会った時に彼女は自分に「大好き」だと告げた。その気持ちを疑う訳ではないが、どうにも彼女と自分の気持ちの温度差を感じてしまう。
イルナは自分が想う程にウィクトルの事を好いていてくれているのだろうか。そんな不安が一瞬胸を突いた。だが、婚約を了承してくれたのも事実だし、とりあえずは先程の報告が先だろう。彼女とはこれからいくらでも関係を深めていけばいいのだから。
「さあ、イルナ。着地するから掴まって」
「は、はい」
イルナがしっかりと飛竜の手綱を掴む。そのままフワリとゆっくり下降し、聖竜の神殿へ降り立った。
「イルナ!!」
「お、お母様…、その、ただいま戻りました…」
イルナが降りたと同時にカロレッタがツカツカと靴音を発てながら近づく。その表情から怒りと心配が入り交じったような、なんとも言えない顔をしていた。
するとウィクトルがさりげなくイルナの前にスッと立つ。カロレッタと向き合う形になり、イルナが思わず息を飲んだ。
「カロレッタ殿、ただいま戻りました」
「…ご無事のご帰還何よりでございますわ、殿下。それで、後ろにお庇いになっているうちの馬…、ごほん、イルナに用がございますので、どいていただけませんこと?」
今絶対に馬鹿と言いかけたな、と二人は思う。そんな二人の様子には全くお構い無しのカロレッタは、見るからにおかんむりだ。
「カロレッタ殿が冷静であるのなら退きますよ」
「あら、おほほほ、私はいつでも冷静ですわ」
今しがたイルナをうっかり『馬鹿』と言いかけたのを見ていると、冷静とは思えないが。それを黙って見ていた国王は、二人のやり取りを遮るようにゴホンとわざとらしく咳払いをした。どうやら他の聖竜の守護者達の帰還を聞き、神殿に出迎えに戻ってきたらしい。よく見ると巫女の候補者は殆ど残っておらず、皆別室で待機しているらしい。
「カロレッタ、悪いがイルナ嬢とは後程ゆっくり語り合ってくれ。して、粗方の報告は受けておるが、ユリウスがお前から治癒師と神官の派遣を頼まれたとの申し出を受け、今現地へ向かわせておるが…何故ルーメン家なのだ?」
「ああ、それはですね…」
国王の疑問にウィクトルが説明をしだす。というか、何故かこの場には国王だけでなく、宰相であるアラヌス・マオーラ公爵や騎士団長、魔術師長であるイルナの父も揃っていた。謁見室でもないのにこの面々は何だろうかとイルナが恐縮する。
「と、言うわけでルーメン侯爵家には今沢山の民衆が避難してますよ」
「な…」
ポカンとするロドルフとカロレッタを見て、ウィクトルが笑いそうになった。まさかそんな事態になってるなんて、全く予想だにしていなかっただろう。そして、油の切れた鎧のようにギギギ…とぎこちなくイルナに視線を向けるロドルフは、笑顔だったが青筋が立っているようにも見える。
「イルナ、お前には沢山話がある。そう、たーくさんだ!陛下や殿下には申し訳ないが、先に家族だけで話をさせてもらいたい!」
「そうですわね!色々と確認したい事がございますの!ねえ旦那様、旦那様の執務室へ早速行きましょう!」
「え」
「それがいい!ほらイルナ!!さっさと歩きなさい!」
「オホホホ、では御前を失礼しますわ!」
ルーメン夫妻の勢いに押され、国王もウィクトルもポカンとする。他の守護者達も何とも言えない表情を浮かべていたが、聖竜ガイウスだけは楽しそうに目を細めていた。
そしてガッツリ夫妻に羽交い締めされながらイルナが連行されてしまい、残されたウィクトル達は途方に暮れる。そこへ、宰相であるマオーラ公爵がポツリと独り言のように溢した。
「全く、あの二人は学園の頃から全然成長しておらんな」
それを聞き逃さなかった国王は、思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えていたらしい。
※※※
「全くお前という娘は!!!!」
ダンッ!と執務室の机を叩き、ロドルフがイルナを叱りつける。思わずビクッと体が強張り、イルナはしゅんと小さくなった。
「ごめんなさい…」
それを聞いてカロレッタも盛大に溜め息を吐く。いつの間にか戻っていたらしいラルスもこの場にいて、イルナを冷ややかな視線で眺めていた。
「姉さんがじっとしてないのは予想できたけどさ、あのくらいの数の魔物なんてどうとでもなったのに」
「で、でも、怪我するかもしれないじゃない!それに街の人達が怖がって困ってたし、どうにか手伝えないかって…」
「それでも、軽率ですよ」
「は、はい…」
言い訳をしているとカロレッタにピシッと言われて再びしゅんとなる。怒られるとは思っていたが、全員に怒られるとは思っていなかったイルナは、本当にやり過ぎた事を反省していた。
「それにしても…無事で戻ってきてくれて良かったけれど、貴女今までどうしていたのかしら?」
エルフの村に行くと言って姿を消したので、イエルハルドやウィクトルには随分心配させていたのは分かっていた。が、正直家族が心配するとは思っていなかった。何せ自分は厄介者として辺境へと追いやられたのだ。まあ、それもイルナを案じてひと芝居打っただけだったと後から知らされたが、何分芝居を信じていた期間が長すぎて、どうにもピンと来ない。
「あの、エルフの村でエリクサーを作ってました」
「「「………」」」
三人が一斉にイルナを見て固まる。そう言えば言ってなかったっけ?と首を傾げると、今度は三人一斉に驚きの声を上げた。
「「「はああああああ!?」」」
「うわっ、ビックリした」
急に大声を上げられてイルナがビクッとする。声に釣られて王宮の衛兵が部屋の外から「大丈夫ですか!?」と聞いてきたが、とりあえずロドルフが「問題ない」とだけ答えた。というか、驚きすぎだと思う。
「…イルナ」
「はい?」
「お前は…アホかぁぁぁぁーーーっ!!!!」
「ひっ!?」
鬼の形相でロドルフが雄叫びを上げる。再び衛兵が駆けつけたが、ラルスが今度は対応してお帰りいただいていた。
「イルナッ!お前は何がしたいんだ!?そんな色々と手をつけてどうするつもりだ!というか、お前を守る為にこっちは色々と大変だと言うのに、何を暢気に『エルフの村でエリクサーつくってました』だ!このバカ娘ぇぇぇ!!!!」
「えー……」
理不尽だ。怒りすぎじゃないか。イルナはげっそりする。それを追い討ちをかけるようにラルスが言い放つ。
「そもそも騎士団や魔術師団に増幅の魔法かけたでしょ。あの後誤魔化すの大変だったんだからね」
「そうだぞ!まかり間違えればお前、増幅術師の存在に気付かれるだろうが!姿は隠していたようだが、誰かに見つかりでもしたらどうするつもりだ!」
「そ、それは…ごめんなさい…。でも、ラルスやお父様を助けたかったんです」
これは本当だ。だからこそ危険を犯してでも戦場へ向かったのだ。すると言いたいことを一通り言ったお陰で落ち着いたのか、ロドルフがふーっと大きく息を吐く。そしてチラリとイルナを一瞥すると、覚悟を決めたのか意外な事を口にした。
「…お前の気持ちは分かった。色々と悩んだが、お前には魔術師団に入ってもらう」
「え?」
唐突に言われた台詞に、イルナもラルスも目を丸くして父を眺めたのだった。
体調不良で投稿遅くなりました…
皆さん、水分いっぱい取ってくださいね…