侯爵家は人で溢れる
飛竜に乗って移動していたウィクトルとイルナだったが、イルナは城壁の内側に入るとキルスティが気になり出した。途中で別れたので、今は何処にいるのだろうか。
とりあえず民衆達を我が家へ誘導した手前、一旦家に戻ることにした。
「ウィル様、ルーメン家に寄ってもらえませんか?」
「構わないが、何かあるのか?」
「いえ、それが…」
「見えてきたが、君の家に人が沢山いるようだな。庭に降りようかと思ったが…」
庭にも人が溢れかえっていたせいで、とても飛竜が下りられそうにない。すると庭の真ん中でブンブン手を振るキルスティの姿が見えた。
「ウィル様、キルスティが手を振ってます。多分あそこに降りられるかと」
「わかった」
ウィクトルが頷き、飛竜を操る。キルスティがいる場所めがけて降下していくと人が避けていく。飛竜はそのまま静かに地面に着地した。
「おかえり~、イルナもウィルもご苦労様!」
「ただいま、キルスティ。みんなは…」
言いかけて周囲を見回すと、建物の外にいるのは男性ばかりだった。どうやら女性や子供は邸の中らしい。ルーメン家の護衛の一人がイルナに気付いて走り寄り、無事な姿を確認してホッと息を吐いていた。
「イルナお嬢様、ご無事でしたか!」
「ええ、ただいま。心配かけてごめんなさい。それで、状況は?」
「はい。ご覧の通り邸は人で溢れかえっておりますが、怪我人やご老人や子供達はとりあえず邸のホールにて待機してもらっております」
「そう…、怪我人は…」
「重傷者はいませんでしたが、随分怯えてしまってますね」
「わかったわ」
神妙な顔で頷き、ウィクトルを見る。ウィクトルも同じように頷くと、衛兵に静かに告げた。
「すぐに治癒師をルーメン家に派遣しよう。アーロン、いるか?」
「はいニャ!」
ボワンとケット・シーのアーロンが蜃気楼のように現れた。やっぱりウィクトルについていたようで、イルナも一瞬驚いたがすぐに気を取り直す。
「急ぎユリウスの所へ行き、ルーメン侯爵家に治癒師と神官の派遣を頼んでくれ」
「了解ですニャ!」
お任せを!と続けながら、アーロンは再びボワンと姿が見えなくなった。そして庭にいる人々に向かい、声を高らかに叫ぶ。
「みんな、聞いてくれ!オーク軍は撃退し、驚異は去った!だが、しばらくは警戒が必要だ!男達はできるだけ街に戻り、騎士団達と後始末の協力を頼む!女性や子供達はしばらくこちらで待機した後、完全に安全が確認でき次第自宅へ戻ってくれ!」
「みなさん、あくまでもご自分の安全を優先してください!」
ウィクトルに続いてイルナが告げると、一人の男性が恐る恐るキルスティに質問する。
「あ、あの…こちらのお方は…」
「ん?イルナはここのお嬢様だよ。で、隣は王子サマ」
「…!お、王子様!?や、やっぱり、見たことあると…!」
キルスティの言葉を聞いて、その場にいた人々が慌てふためいている。が、そんな様子を見てウィクトルは苦笑を漏らす。
「確かに俺はこの国の王子だが、君達を助けたのはこの家のご令嬢だ」
「ウィル様、私は助けてなんていませんよ。ただ、この家に誘導しただけで…」
慌ててイルナが否定すると、男性の後ろから10才くらいの男の子がひょっこりと顔を出した。
「でも、他の貴族は門を閉めてた。助けてって言っても無視したんだ。お姉さんだけだ、みんなを家に入れてくれたのは」
「え…」
「そうですよ、お嬢様。俺達平民を迷いなく邸に入れてくれるなんて、こんな有り難い事はないです。皆魔物が突然襲ってきて、どうしたらいいのか分からなかった」
「そうだそうだ!ただ恐ろしくて…、冒険者達も助けてくれたが、避難する場所がなくて困ってたんだ」
「侯爵令嬢様、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
一人が礼を口にすると、一斉に皆がお礼を告げる。それを困ったようにイルナが眺めていると、ウィクトルが隣でプッと小さく吹き出した。
「ウィル様?」
「いや、おろおろしてる君が可愛くて」
「なっ!ちょ、ウィル様!皆さんがいるこんな場所で何を言い出すんですか!」
「どこで言ってもいいだろう?君は俺の婚約者なんだから」
「ウィル様!」
突然こんな場所で婚約者と言われ、イルナがぎょっとする。まだ正式なお披露目式もしていないのに、勝手に、しかも民達の前で言っていいのかと慌てたが、それを聞いた人々は一瞬しーんと静まり返っていた。
「あ、あの…今のは…」
イルナが乾いた笑みを浮かべながら言い訳しようとしたその時、今度はワッとその場が盛り上がる。
「そりゃあいい!こんなお優しい人が王族のお妃様になられるんなら、この国も安泰だ!」
「王子様!いい人見つけたね!」
「しっかり捕まえとくんですよ!」
「ああ、ありがとう」
「ウィル様っ!」
何だかどさくさに紛れてウィクトルが礼を言っている。頭が痛くなったイルナは、ふと視界に執事のアダムの姿が見え、慌ててアダムを呼びつけた。
「アダムさん!ちょうどいいところに!」
「はい、なんでしょうかお嬢様」
恭しくお辞儀をしながらも、アダムはイルナに近付く。そしてウィクトルにも丁寧に頭を下げ、にっこりと微笑んだ。それにはウィクトルも少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を返す。
「突然の訪問失礼した。ウィクトル・カーン・ネストーレだ」
「存じております。この度はお嬢様をお助けくださいまして、誠にありがとうございます」
「いや、どちらかと言えば助けられたのは俺の方だよ」
「…左様でございますか」
イルナに助けられたというのがピンと来ないらしく、少しアダムは首を傾げている。が、すぐに姿勢を正してイルナに向き合った。
「お嬢様、とりあえずは一度王宮へお戻りになり、報告をされては如何ですか?きっと皆様心配なさっておいでです」
「あ…」
そう言えばキルスティと神殿を飛び出して来たんだったと思い出す。
「どうしよう…絶対怒られる…」
青い顔をして呟くと、それを見てウィクトルが笑いだした。
「ふふ、くっ、あははは!イフリートに乗って俺の元へ駆けつけてくれた君でも、ご両親は怖いんだな!」
「え!?そ、それは当たり前ですっ!親に怒られるのが怖くない子供なんていないと思いますけど!」
「だが君は子供じゃないだろう?ククッ、なのにその顔…っ」
「ウィル様!意地悪言わないでください!」
イルナが顔を真っ赤にして抗議していると、ポカンとしていた周囲の人々は一斉に笑いだした。
「わはははっ!確かに可愛らしいお嬢様だ!」
「違いねぇ!」
「王子様がからかう気持ちもわかるぜ!」
「ちょっ、皆さん…」
「だろう?あげないぞ」
「そりゃあ残念だ」
「いや、だから皆さん!ウィル様もからかいすぎです!」
どっと笑い声が響き、イルナがからかわれた事を怒って抗議していたが、全く効果はなかった。




