秘密は守れた気がする
「なっ、何!?」
イルナの魔法がヴァルデマーの魔法を覆い、まるで食すように勢いを殺いで行く。それを反発するように火花を散らせながら竜巻は進むが、煙が霧散するように覆っていた魔法が無くなると、最初の威力が全く無くなった竜巻が弱々しくぶつかってきた。
勢いがなくなった竜巻は、竜騎兵の凪ぎ払いによって消え去り、大した被害もなく終わる。その様子を見てイルナはホッと息を吐き、そしてイフリートも感心したように唸った。
『うむ、イルナよ。まだまだだと言っておったが、中々の腕前ではないか』
「イ、イフリート様!」
しーっと人差し指を口許に当て、イルナが慌ててイフリートに喋るなとジェスチャーをする。増幅術師だと知られてはいけないので、うっかり言わないように小声でイフリートにお願いした。
「私が増幅術師だとバレると、命を狙われるんです。だから秘密にしておいてください」
イフリートにしか聞こえない声で呟くと、イフリートも静かに頷く。今使った魔法なら、普通の補助魔法だと誤魔化せる。何ならエルフに教わったとでも言えば問題ないだろう。
「……」
ふと視線を感じてイルナがそちらを向くと、ドラウ族の男がイルナをじっと見ていた。その視線にゾワリと寒気がし、思わずイフリートにしがみつく。
「貴女はどこのお嬢さんですか?非常に興味深いね」
「…そんなの、貴方に答える義理はないわ」
「だが、貴女は私の事を『ダークエルフ』ではなく、『ドラウ族』だと言った。何故、そうだと思う?」
「何故って、見た目がそうだから」
当たり前でしょう、とイルナが首を傾げた。その姿も非常に興味深い。エルフ以外と滅多に契約をしない精霊の、しかも高位精霊であるイフリートを従えている事もだ。
「君は増幅術師なのかな?」
「違います!」
即答で否定されたが、少し違和感が残った。何が引っ掛かったのか分からないが、ただ迷うことなく否定した事で、彼女ではないと結論付けた。それが間違いだったと、随分後で気付くのだが。
「ヴァルデマー、今日は一旦引きましょう」
「…そうだな。思っていたよりも被害が大きい。オーク達も治療してやらねばならん」
オーク達を使い捨てのように扱わないのが、ヴァルデマーの魅力の一つだ。彼を魔王と慕う魔物達は、実際彼に大事にされている。それをちゃんと感じている為、皆ヴァルデマーに従っている。勿論、封魔の杖の力も大きく作用しているが、それだけではない。
「今日の所は引き上げよう。だが人間達よ、王に伝えろ。必ずお前達が隠している増幅術師を見つけ出すとな!」
「ま、待て!何故増幅術師を狙う!?」
ウィクトルが訪ねると、ヴァルデマーがニヤリと笑う。
「それが闇竜ゲアトルース様の望みだからだ!引くぞ!!」
ヴァルデマーの掛け声にオーク軍達は一斉に方向を変え、立ち去って行く。後を追おうとした兵士もいたが、ウィクトルがそれを引き留めた。
「深追いするよりも他にする事がある。王都に戻り、残っているオーク達を殲滅し、被害状況を確認してガイウス様に報告する」
「「「「「「はっ!」」」」」」
「では先に行け。俺は少し残る」
ウィクトルが指示を出すと、竜騎兵達は一斉に飛び立ち、王都へと向かう。残されたのはウィクトルとイルナと、イフリートだった。
イルナを抱えていたイフリートの体が突然光りだし、恐ろしげな魔獣の姿から人間のような姿に変わる。肩に乗っていたイルナはいつの間にか横抱きにされ、そしてそのままウィクトルにポイッと投げられた。
「ひえっ!?」
「うわ!?な、何を…!」
とっさにイルナを抱き止め、ウィクトルがイフリートを睨み付ける。けれどイフリートはニヤリと不敵に笑い、二人を眺めていた。
『イルナが心配していたのはお前だな。私はそろそろ消えるが、イルナはお前が連れて帰るがよかろう』
「え」
「イ、イフリート様!?」
『ではイルナよ、またなにかあれば呼ぶがいい。ではな』
ゴオッと炎が立ち上ぼり、一瞬にして火と共にその姿が消え去る。呆気に取られたイルナとウィクトルだったが、イフリートに投げられたイルナを抱き留めたままの体制だった事を思いだし、慌てて体を少しだけ離した。
「す、すまん」
「い、いえ…あの、ありがとうございます」
何となく気恥ずかしい。だが今は飛竜の上だ。ウィクトルはイルナをそのまま自分の前に座らせると、後ろからイルナの腰に片手を回して固定した。
「ウィル様!?え、えっと…」
「落ちないように、だ。さあ、帰ったら色々話してもらうぞ」
「うっ…、はい…」
少し怒っているようにも聞こえる声だったが、チラリとウィクトルの顔を窺うと、怒ってはいなさそうだった。多分色々心配してくれていたんだろう。あの日、王宮の庭園で会ってから、一度も会話すらしていなかったから。
何となくイルナはウィクトルの手に自分の手をそっと置く。ウィクトルがピクッと反応したのがわかり、少し嬉しくなった。
「ウィル様、ただいま」
「…おかえり、イルナ」
つかの間の二人きりの時間を堪能した二人だったが、まだまだ落ち着く暇もない事をすぐに実感させられるのだった。




