選定の儀
聖竜の巫女の選定の儀が、いよいよ本日行われる。各国各地から訪れた女性達は一同に王宮の中庭に集められ、順に受付をしている所だった。
受付を行うのは主に立候補して来た女性達で、推薦があった場合は受付の必要がない。その場合、王宮の中にある聖竜の神殿へと案内され、静かに時を待つのだった。
「頑張ってくださいね、イオアンナ様!」
「当然よ。大人しく外で待っていなさい」
つんと顎を突き上げて言い放ち、イオアンナは王宮の庭園へと消えていく。それを見送っていたグラン家の侍従とグラン領の教会の神父は、少し不安そうに彼女の後ろ姿を眺めていた。
(全くもう、心配しすぎなのよ、あの二人)
視線を背中にビシバシ感じながらも、イオアンナは振り返る事なく進んでいく。丁度受付の列が目に入り、最後尾に並んだ。
今日の目的はあくまで目立つ事だ。そうして、テオドール殿下に見初められれば聖竜の巫女にならなくても別にいい。万が一殿下と会う事ができなければ、意地でも巫女に選ばれて、それから徐々に交流を深めればいいのだ。
イオアンナは自分の考えを一度整理しつつ、明るい未来を思い描く。弧を描きそうになる口元を引き締め、自分の番に回ってきた受付をしっかりと済ませた。
周りの女性達を眺めて見るが、自分よりも容姿が優れている人は数える程しかいない。自分より優れていると言うよりも、部類の違う美しさを持った女性が数人確認できた。
(イルナ・ルーメンは見当たらないわね…)
何かと目の敵にしていたイルナの姿が見えない事に苛立ちを覚える。どうせならこの大舞台で彼女よりも優れている事を実感したいのだ。学園で才能の無さから途中退学をしたイルナに負けるなんて、毛ほどにも思ってはいなかったが、彼女の持つ神秘的な美しさはさすがのイオアンナも苦虫を噛み潰した気分にさせられたのだ。
「全員集まったか!?」
「そ、それがまだお一人お見えになっておりません!」
「もうすぐ始まるぞ!?どこのご令嬢だ!?」
「は、それが…魔術師長のご令嬢で…」
衛兵達が騒いでいる内容を耳にしたイオアンナは、信じられないと目を見張る。まさかこんな大事な日に遅刻してくるなんて、どうかしているとしか思えない。
(これはもう、勝負するまでもないわね)
密かに打ち負かすのを楽しみにしていたイオアンナだったが、肝心のテオドールが彼女を気に入ってしまっても困るのだ。ライバルは一人でも少ない方がいい。
そんな事を考えていると、神殿の奥から王族と側近達、それに閣僚達が入場してきた。そしてその後ろには騎士団達が控え、中央は聖竜ガイウスが現れる為の場所として立ち入れないよう、聖竜の守護者に選ばれた騎士達がぐるりと囲むように立っている。
そこへ、現聖竜の巫女であるカロレッタ・ルーメン侯爵夫人が巫女装束で現れた。
「巫女候補の方達。遠路はるばる、よく来てくださいました。本日は聖竜ガイウス様が直々にお姿を現し、ここにいる未来ある女性達の中から新たな巫女を選んでくださる事でしょう」
ワッと、歓声が上がる。人々の期待と好奇の入り交じった歓声と拍手が起こり、その場は一瞬にして盛り上がった。
その時、イオアンナのすぐ後ろでバタバタと走ってくる音が聞こえ、衛兵に連れられたイルナが髪を振り乱して現れた。
「ま、間に合った…」
「ギリギリだけどねぇ」
イルナの入場は近くに立っていたイオアンナと数名の女性しか気付いておらず、それもすぐに興味を失い皆再び中央に視線を戻す。けれどイオアンナだけは暢気な声で呟くこの二人が気になり、気付けばじっと凝視してしまっていた。
その視線に気付いたイルナは、何故かイオアンナにニッコリと微笑む。それに驚いた彼女は慌てて顔を背けた。
「じゃあイルナ、私は別の場所で見守ってるよ」
「ありがとう、キルスティ」
どうやら付き添いだったらしく、イルナの隣にいた少女は神殿の外へと出ていく。衛兵もそれを咎める事はなく、少女は姿を消したのだった。
(よりにもよって、すぐ後ろにいるなんて!)
ライバルの登場にイオアンナは少なからず動揺する。が、当のイルナはライバル視されてるなんて全く知らず、ボーッと説明をする国王陛下を眺めていた。
「それでは、選定を始める!」
王の掛け声と同時に、天上から美しい竜が降り立つ。
聖竜ガイウスだ。
『皆、よく集まってくれた。ここにいるカロレッタを助け、我の力となる者を選定する。一人ずつ前に進み出よ。そして己の魔力を我に差し出すがよい』
神殿中に響き渡る声に全員が一斉に跪く。そして、名を呼ばれた者から順に聖竜の前へと進み出た。
一人、また一人と選定を受ける。自分が選ばれない事に落胆する者、怒りを露にする者、三者三様だ。
「なぜわたくしが選ばれないの!?わたくしは公爵家の…!」
「はいはい、お引き取りくださいね。さあ、次の御方」
「ぶ、無礼なっ!」
どうやらどこかの公爵家のご令嬢らしい。自分が選ばれると信じて疑っていなかったらしく、かなりご立腹のようだ。そこへ王太子であるテオドールが一歩前に進み出て、公爵令嬢の前にスッとたった。
「無礼なのは貴女の方だ。君は神の化身である聖竜ガイウス様の決定に異を唱えられる程、公爵家は偉いと言うのか?」
「そ、それは…」
「キーン、頼んだ」
「承りました。衛兵、彼女をお連れして」
絶句する公爵令嬢を引き摺るように連れていくのをテオドールは無表情で眺め、そして彼女の父親である公爵をチラリと一瞥した。公爵は顔を青くし、ハンカチで汗をぬぐっている。彼女は後でキツいお叱りを受けるだろう。
(バカな女ね。あれでは程度がしれているわ)
滑稽な者を見るようにイオアンナが退出していく令嬢を横目で眺める。普段の立場で言えば自分は男爵令嬢だ。彼女に自ら声を掛ける事もできないくらいの身分差があるが、これに関しては全く別だ。
「イオアンナ・グラン男爵令嬢!」
来た!と逸る気持ちを抑えながらも、イオアンナは令嬢らしく淑やかに歩き、聖竜ガイウスの前に跪いた。
『力を示せ』
「仰せのままに」
ニヤリと笑いそうになるのを堪え、魔力を集中させて体外へと放つ。聖属性を意識して放った魔力は、銀色に輝きながらイオアンナの体を纏うように放出された。
「ほう、美しいな」
「…!」
跪いているせいで顔は見えなかったが、今の声は間違いなくテオドールだ。イオアンナは顔が紅潮しそうになるのを必死で抑え、判定を待った。
『ふむ…お前も違うようだ。ご苦労であった』
「え…あ、その…」
『何か質問があるのなら聞こう』
「えっ」
テオドールの声に反応したイオアンナは、ガイウスが下した結果が一瞬理解できず、思わず戸惑ったような声をあげてしまった。が、意外にもガイウスが質問を許した事で、周囲がざわめきたつ。
(…これは、またとないチャンスだわ)
イオアンナは右手をぎゅっと胸の前で握りしめると、意を決して顔を上げた。
「判定の決め手は…何だったのでしょう…?」
『それを聞いてどうするのだ?』
「それは…」
『まあいいだろう。質問してもよいと言ったのは私だ。他の者にも納得がいかぬ者もいたようであるし、話してやってもよい』
そう言って周囲をぐるりと眺める。
それを今言われたら、まだ選定をしていない人間が優位なのではと焦ったが、それはどうやら杞憂だった。何故なら聖竜は人ではない。自分はその事を分かっていながらも、全く理解していなかったのだ。
『魔力をみれば、人となりが分かるからだ』
「え…」
『簡単に言えば、どのような思いでこの場にいるのかが分かると言う事だ。お前は私の巫女になる事より、別の野望があるようだな』
「…!」
ガイウスに言い当てられ、サッと血の気が引く。これ以上この場にいれば自分の不利になると判断したイオアンナは、慌てて下がろうとしたのだが。
「これは面白い。彼女のような可憐なご令嬢が持つ野望とやら、興味があるな」
愉快そうにテオドールが目を細め、イオアンナを眺めていたのだ。その視線に目眩がしそうになり、一瞬にして顔が真っ赤になる。慌ててお辞儀をすると、イオアンナは今度こそガイウスの御前から下がったのだった。
「兄上、冗談がすぎますよ」
「いいじゃないか、ウィクトル。長丁場の儀式なのだし、少々楽しんでも悪くあるまい。ねえ父上」
「馬鹿者、長丁場だからこそ円滑に進めるべきであろう。腰を折るな」
「二人ともつまらないなぁ」
クックッとテオドールが苦笑しつつ、イオアンナに視線を向ける。バッチリと目が合ったイオアンナは、真っ赤になって視線を反らした。
(バ、バカバカ!何で目を反らしたの!チャンスだったじゃないの!)
あんなに恋焦がれていたテオドールに話しかけられたのに、ただの小娘のような反応しかできなかった自分を心の中で詰る。
自分はもっと魅力的に振る舞えたはずだ。それなのに、聖竜ガイウスに言われた一言で、自分が纏っていた鎧を脱がされてしまった。
「イルナ・ルーメン侯爵令嬢!」
ハッと気付いて顔を上げると、イルナが自分の横をスッと通りすぎる。まるでイオアンナなんて目に入っていない態度が、余計にイオアンナを惨めにさせた。
長くなったので一旦切ります(´_ゝ`)




