選定の儀は中断されました
イルナがガイウスの前に跪き、ガイウスの指示を待つ。ガイウスもイルナを確認すると、訪ねるように言葉を発した。
『カロレッタの娘か』
「はい」
『では魔力を』
「仰せのままに」
そう言ってイルナが魔力を放出する。その魔力の質量の多さにその場にいた魔術師達が驚きの声を上げ、やりすぎたと気付いたイルナは途中で魔力をコントロールし、量を調節した。
『ほう。無属性の中に火が混じっているな。これは…火の精霊と契約したか』
「…はい」
ザワッと周囲がざわめきだす。火の精霊と契約したとなると、イルナは完全にこの選定で選ばれる事はない。
『残念だ。この魔力にお前の人柄。さすがはカロレッタの娘と言ったところだが、イフリートの気配があっては私の巫女にはできん』
「イフリートだって!?」
「バカな…!」
魔術師達が一斉に騒ぎだす。それにはさすがにイルナも驚き、慌てて両手を振って否定した。
「そ、そのような高位の精霊と契約なんてしておりませんわ!な、何かの間違いです!」
『イルナよ。私にそのような嘘は通らぬ。お主からは精霊王イフリートの加護が見える。隠す必要はなかろう?』
「せ、聖竜様…?」
ガイウスがスッと目を細めてイルナを見つめる。その視線の意図に気付き、思わず父と母を見た。
(もしかして…ガイウス様は私の職業を知っていて、隠す為にこんな場所でこんな事を言ってるのかしら…)
ありえない話ではない。母は多分ガイウス様に相談しているだろうし、父の話でも増幅術師は秘密にしておく方がいいと言っていた。今ここで自分が精霊使いだと思わせておけば、増幅術師だとバレる事はなくなるだろう。
「…その、仰る通りでございます。隠すような真似をして申し訳ございません」
『よい、許そう。確かにイフリートと契約している等この場で言われれば否定したくもなるのだろう。私が浅慮だった』
「滅相もございませんわ…」
この聖竜は心臓に悪い。母はいつもこの竜と対峙しているのかと思うと、改めて尊敬する。
とにもかくにもイルナは下がり、次の候補が聖竜と面談していた。
するとその時、轟音と共に人々の悲鳴や怒号が聞こえ、神殿に衛兵が飛び込んで来る。ただならぬ様子に国王が立ち上がった。
「何事であるか!?」
「お、恐れながら、一大事にございます!鎧を纏ったオークの軍勢が、この王都に攻め込んで来ました!数にして約五百程で、突然の魔物の襲来に街は混乱を極めております!」
「何だと!?」
鎧を纏ったオーク達の軍勢と聞き、その場にいた全員が耳を疑う。が、聖竜だけは平然とした様子で国王に告げた。
『ヴァルデマーの育てた軍勢であろう。奴はどうやら魔物を教育し、魔国を作るつもりのようだ』
「な、何ですと!?」
「父上!それよりも早くご指示を!」
テオドールに促され、国王は気を取り直す。そしてすぐさま衛兵達に伝令を命じ、騎士団達にも指示を与えた。
「第三騎士団は王城を固めよ!第二騎士団は民衆を王宮へと避難させ、魔術師団と第一騎士団はオーク軍を迎え撃て!」
「はっ!!!!」
「行くぞ!!」
「巫女候補の淑女達はこの場で待機し、怪我人が出た場合の治療に協力せよ」
ざわざわと女性達がざわめきだす。不安と恐怖で倒れる者も出る始末だ。騒ぎに乗じてイオアンナの侍従とつきそいの神父が神殿に駆け込んで来る。二人はイオアンナの姿を見て、慌てて彼女に駆け寄った。
「イオアンナ様!チャンスですよ!今こそ聖女様として活躍すれば、王太子殿下も…!」
「い、嫌よ!何で私がそんな危険な事を…!!」
「ですが貴女は地元では聖女様です。その聖女様が何もしなかったとなれば、貴女を信じて崇拝している民衆の心が離れるかもしれませんよ!」
「で、でもそれだったらここで治療すればいいじゃない!」
「危険な戦場で治療を施すからこそ、聖女効果が現れるんじゃないですか!ここで治療したって、他の聖属性魔法が使える人となんら変わりませんよ!」
侍従と神父が代わる代わるイオアンナを説得しようとする。と、その時。
「それで、イオアンナさんを『聖女』に仕立て上げて、一体どうしようと言うのですか?僕にも詳しく教えて欲しいですねぇ」
背後から急に声をかけられ、三人が驚いて振り返る。するとそこにはとても爽やかな笑顔を浮かべたレオンシオが立っていた。
「せ、聖人様…!?」
「聖人様?」
神父が驚いて口にした言葉を、イオアンナが繰り返すように呟く。レオンシオは神父が自分を知っている事にさも驚いたように、大袈裟に振る舞って見せた。
「おや、おやおやおや!僕を知ってるんですか?そこの貴方はどこのどなたなんですかねぇ?ああ、言わなくてもいいですよ。僕、実は『鑑定』の魔法が使えるので、貴方達の事を『鑑定』して調べますから」
「ひっ!お、おやめください!」
「な、何?何でそんなに驚いているの?」
「さあ、どうしてでしょうねぇ?あ、申し遅れました。僕は教会の神父をさせていただいてます、レオンシオと申します。貴女は噂の『聖女様』のようですが…」
「…何?」
困ったように首を傾げるレオンシオを不快そうに眺めると、レオンシオがクスリと口許を緩めるように笑う。その意味が分からず戸惑うと、レオンシオはニッコリと人の良さそうな顔を三人に向けた。
「イオアンナ・グラン男爵令嬢。職業は聖女ではなくただの魔法使いのようですね」
「なっ、何よ!無礼ね!」
「無礼と言われましても…、貴女の調査依頼を受けてますので仕方ないんですよね」
「調査依頼…?」
言われている意味が分からずに首を傾げると、レオンシオは残念そうに苦笑を漏らした。
「ま、貴女はただグラン男爵にいいようにされただけのようですね。殿下にはそのように報告しておきますので」
「え、ま、待って!どういう事!?」
「うーん、説明してあげたいんですけど、僕も戦場に行きますのでまた後で」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
ヒラヒラと手を振りながら立ち去るレオンシオを呆然と眺めていたが、隣に立つ侍従と神父は青い顔をしている。そして衛兵が数人やってきて、何故か二人を連れて行ってしまった。
その時、聖竜ガイウスが咆哮する。驚いて振り返ると、カロレッタがガイウスと共に、聖属性の結界魔法を展開していた。
『これで壊された結界は元に戻ったが、王都に入り込んだオークは個別に殲滅するしかない』
「それでも、外のオーク軍を放置しておくのも不安だわ」
『ともなれば守護者達よ。お主らに命ずる。王都周辺のオークの軍勢を撃退せよ』
「「「「はっ!!!!」」」」
ウィクトルを始めとする守護者に選ばれた者達は、聖竜に一礼をすると一斉に笛を吹く。すると空から飛竜が降り立ち、それに飛び乗った。
「竜騎兵隊、行くぞ!!」
ウィクトルの掛け声に全員が一斉に飛び立つ。あっという間に彼らの姿は見えなくなり、その場にいたイルナが飛び立ったウィクトルの姿を追うようにずっと空を眺めていた。
「イルナ!」
「うわっ!?え、キ、キルスティ?」
ひょいっと顔の前に現れたキルスティに驚いたイルナだったが、キルスティは相変わらず平然としている。取り敢えず気を取り直し、イルナは咳払いをした。
「もう、驚かさないで。どうしたの?」
「どうしたのって、イルナも戦いに行こう」
「え」
急に何を言うのか、キルスティが驚きの発言をする。けれど言った本人は当然のように思っているらしく、何を迷っているのかと首を傾げた。
「だってイルナがいれば戦況は良くなるよ。わかるでしょう?」
「わかるけど…でも…」
増幅術は使ってはいけないのだ。それであればイルナが戦場でどう役に立つと言うのか。
「姿隠しの魔法があるじゃない。それに、何ならイフリート様に手伝ってもらったら?」
「あ」
そう言えばそうだ。困った事があれば協力すると言われていたではないか。
「そう…だね、そうよ。うん、行くわ!」
「ちょっと待ってよ!」
「?」
唐突に声をかけられ、イルナが振り返る。すると信じられないと言った表情でイルナを見ていたのは、イオアンナだった。
「ルーメン侯爵令嬢様。何故貴女が戦場に行くのですか?足手まといにしかならないですよ。それなのに行ってどうされるおつもりですか?」
「貴女…グラン男爵令嬢ですよね。えっと、どうするのかと言われましても…自分のできる事をしに行くだけですけど」
「それが余計な事かもしれないですよ!?それなのに、危険を犯してまで行く必要がありまして!?」
何故か分からないが目の前のご令嬢は怒っているように見える。この子と自分は今日初めて会ったはずなのに、突然食って掛かって来られて一瞬面食らった。が、イオアンナが言わんとしている事にイルナは嬉しさを覚える。
「心配してくれるのね。ありがとう。ここにいれば安全だから、貴女はここから出てはダメよ」
「なっ…」
フワリと優しく微笑んで、イルナはキルスティと一緒に神殿を出た。途中衛兵に止められていたようだが、何をしたのか衛兵が動かなくなり、その隙に抜け出してしまった。
「何で…何でよ…。魔物の軍勢なんて、怖くないの…!?」
さっきの聖竜との会話からすれば、イルナは精霊と契約をしているはず。それならば戦闘でも多少なりとも役立てるだろう。だが、それと感情は別物だ。
イオアンナはさっき侍従に戦場で回復活動を迫られた時、恐怖が勝ってしまい行きたくないと駄々を捏ねた。自分にすれば駄々ではなく、当然の主張だったのだが、今のイルナを見てしまっては何も言えなくなる。
それでも、だからと言って今から戦場に向かえるかと言われれば無理だと言える。それが、これ程悔しいなんて。
「何よ…、結局貴女は私の上を行くのね…」
全く相手にされない寂しさと悔しさに、イオアンナはその場でただ立ち尽くすしかできなかった。




