ドラウ族の男
『ヴァルデマーはどうしている?』
魔窟島の祠の中で、闇竜ゲアトルースは目の前に跪くドラウ族の男に尋ねた。男はゆっくりと顔を上げ、静かな声で答える。
「はい。今は島の中央にあたる場所に城を建てているようです。主に言葉を教えたオーク達や、ヴァルデマーが生み出したゴーレムが作業しているようですが」
『…形から入る奴だな』
「そのようですね」
半ば呆れたように呟いたゲアトルースだったが、すぐに気を取り直す。いつだったか、魔王になるのなら城がいる!と息巻いていたのを思い出したが、本当に実行するとは、と呆れ半分感心半分だ。
『して、ギジェルモよ。各地の様子はどうだ?』
「はっ。ヴァルデマーが眠らせた守護竜達の領域では、すでに天災の予兆が起こっております。おおきな災害が起きるのも時間の問題かと」
『そうか』
それを聞いたゲアトルースは満足気に頷いた。
『天災が起これば人々は混乱し、そして絶望する。そうなれば負の感情が世の中に蔓延しだすだろう。それこそが我の力になる』
「闇の感情こそ、ゲアトルース様の最大のエネルギーと言う訳ですね」
『そうだ。その為の布石をヴァルデマーにしてもらっておるのだ』
尤も、そんな理由はヴァルデマーは全く知らない。ただ守護竜達の力を奪えばゲアトルースの力が復活すると思い込んでいる。というか、思い込ませているのだ。
『ヴァルデマーでは守護竜と戦って勝つ事はできん。だが、奴の魔術師としての才能は抜きん出ている。それならばと取った策であったが、思いの外上手くいきそうだ』
「そうですね。ヴァルデマーがオーク軍を作っているのもある意味ゲアトルース様の為になるでしょう」
オーク達の軍勢を作っているのは、ヴァルデマーが各地に攻め込む為だ。統制の取れた魔物の軍勢を見れば、人々は恐れ戦くだろう。それによって負の感情は産み出され、それがゲアトルースのエネルギーとなってくれるのだ。あながち間違った方法でもない。だからこそ、ヴァルデマーの好きにさせている。
『人間同士争う事があまりない世の中になっているようだからな。ここでヴァルデマーが魔軍を率いて世界を混乱させれば、我の力はさらに増大する。そうなれば再びこの世を闇に閉ざす事もできよう』
「はっ」
ギジェルモは再び頭を下げ、ゲアトルースの間から静かに退室した。
「さて、ヴァルデマーの様子でも見てくるか」
ポソリと独り言を呟き、ヴァルデマーの元へと移動する。ゲアトルースの祠からはそれほど離れていない場所で城の建築を行っていたので、たいした時間もかからずに目的の場所へ辿り着く。
「よーし、お前達!魔物の底力を見せろ!こんな城、お前達の手にかかればあっという間だ!」
『オオ!』
『魔王様!』
すっかり洗脳されているオーク達はヴァルデマーの言葉に素直に従っているようだ。細かい場所や繊細な作業はすべてゴーレムにさせ、オークはもっぱら材料運びや力仕事を請け負っているようだった。
「ヴァルデマー、進んでいるか?」
「ギジェルモか。ゲアトルース様のご様子はどうだった?」
「ああ、いつも通りだ」
「そうか…。一体いつになったら元のお姿に戻られるんだ…」
この男の憎めない所はこういう所だ。何だかんだ言っても本気でゲアトルースの事を心配しているのだから、ゲアトルースも無下にできないらしい。それは自分も同じで、どこか放っておけない気持ちにさせられるのだ。
「あまり根を詰めるなよ。お前にはまだまだやる事があるだろう」
「わかっている!増幅術師の事だろう?ちゃんと考えているさ」
「どう考えているんだ?」
自信満々に告げるヴァルデマーにギジェルモが問いかけると、ヴァルデマーは得意気になって答えた。
「三日後、ネストーレ王国で行われる『聖竜の巫女の選定の儀』があるだろう」
「ああ、弱っている聖竜の力になる巫女を探す為の儀式があると聞いているが」
「その場を狙ってオーク軍を動かす」
「何?」
驚いてヴァルデマーを見つめると、彼はニヤリと笑みを浮かべる。
「巫女候補の女達が集まるその場で暴れれば、嫌でも増幅術師は姿を現すだろう。何せ自分のせいで大勢の巫女候補達が危険な目に合うんだからな」
「なるほど…」
果たしてそう上手くいくか、ギジェルモは疑問には思ったが、ただネストーレ王国の王都は混乱するだろう。それも人が多く集まる日にヴァルデマーは行動を起こすのだ。ならばゲアトルースのエネルギーとなる負の感情が多く集まるだろう。
「私にできる事は何かあるか?」
ヴァルデマーに尋ねると、彼は嬉しそうに笑顔を向ける。
「いつもお前には助けてもらってるさ。だが、そうだな。いつものように隣にいてくれれば心強い」
「わかった」
魔王と言うにはあまりにも素直な言葉にギジェルモも苦笑しそうになる。ただ、この男が失敗しないよう、間違っても死なないよう見守る事を心に誓い、ヴァルデマーの申し出に頷くのだった。




