義理の父と義理の弟
王都に入り、レオンシオを教会へと送り届けたラルスは、その足で王宮に戻り、第一騎士団に帰還報告を済ませた。長旅で疲れているだろうと、今日は帰ってもいい事になっていたので、王都の自宅へ一度戻る事にした。
とは言っても大して疲れている訳でもないラルスは、コンラード領で姉に渡されたスプリームポーションの存在を思い出す。イルナはウィクトルに渡してくれと言っていたが(自分が姉を責めたからだが)、やはり父に相談した方がいいだろうと考える。この時間ならまだ王宮の執務室にいるはずだと思い、ラルスは行き先を変更した。
ノックをして返事を待つとすぐに入室の許可が出る。ドアを開けるとそこには何故かウィクトルがソファに座っていた。もちろんロドルフもいたのだが。
「ただいま戻りました」
「うむ、無事で何よりだ」
とりあえず帰還の挨拶をし、チラリとウィクトルを見ると、彼は涼しい顔をしてお茶を飲んでいた。
「で、何故ここに殿下がいらっしゃるんですか?」
遠慮する気が全くないラルスが率直に質問すると、ウィクトルが苦笑した。
「君とは将来兄弟になるのだから、殿下ではなく義兄と呼んでくれていいんだが」
「まだ義兄ではありませんので。それよりここで何してるんですか?」
バッサリとウィクトルの申し出を切り捨てつつも、さっきより砕けた口調で尋ねると、ウィクトルは笑いながら肩を竦めた。そして、それを見ていたロドルフが溜め息をつき、ウィクトルの代わりに答える。
「イルナとの婚約式についての相談だ。アレがまだ戻らんせいで、話が進まんのだ」
「ああ、なるほど。…あ、その姉なんですが」
ここにウィクトルがいるのなら丁度いい。ラルスは徐に腰に下げていたバッグから小瓶を取り出し、ウィクトルとロドルフの目の前の机の上に置いた。それをロドルフが訝しげに眺め、視線でラルスにも座るように促す。ラルスも話が長くなりそうだと思いつつ、二人が向い合わせに座っていたのでその間に腰を下ろした。
「聞きたくはないが、これは何だ?」
ロドルフが難しい顔をしてラルスに訪ねる。そうだろうともと思ったが、ラルスもあっさり本当の事を告げた。
「姉さんが作ったスプリームポーションです」
「ブホッ!」
飲みかけた紅茶を思わず吹き出したロドルフは、目を見開いてラルスを凝視した。ウィクトルはと言うと、何やら目を輝かせながらポーションを眺めている。
「ス、スプリームポーションをイルナが作ったのか!?」
「本人がそう言ってたのでそうなんでしょうね。ちなみにパワーポーションも作ってました。それも大量に」
「……マジか」
「マジで」
ロドルフが項垂れる。それに追い討ちをかけるようにラルスは言葉を続けた。
「それで、これはウィクトル殿下にプレゼントだそうですよ」
「え、俺にか?」
「はい」
「待て待て」
「はい、何でしょう」
ラルスがウィクトルにスプリームポーションを手渡そうとしているのを見て、ロドルフは慌てて止めた。
「殿下、それ、受け取るつもりですか?」
「勿論。イルナからのプレゼントなら当然受け取るが、何か不都合でもあるのか?」
「ありまくりですよ!そもそもそんな高価なポーション持ってるのはおかしいでしょう!陛下に見つかったら何て言い訳するつもりですか!?」
「言い訳って…婚約者からの贈り物と答えるのは駄目なのか?」
「ダメに決まってるでしょーが!!」
段々と声を荒げるロドルフに対し、ウィクトルは目を丸くする。ラルスに至っては、自分の用は終わったとばかりにクッキーを食べていた。
「いいですか!?現状、スプリームポーションを手に入れる為にはどうすればいいかおわかりか!?」
「当然知ってる。王室ご用達の商人を呼び、スプリームポーションの入手を頼み、後日手に入れたポーションと引き換えに料金を払う。当たり前の事だろう?」
「して、スプリームポーションを入手するまでにかかる日数は!?」
「そうだな…、確か1~2か月くらいだったか…?」
「ですよね!?そのくらいかかりますよね!?で、その費用は!?」
「えーっと確か大金貨30枚?だったか?」
「そうです!つまり平民の家族4人が一年くらい暮らせる金額がいるんですよ!」
「大金貨30枚だと足りなくないか?」
「そこはどうでもいいんですよ!」
ロドルフが顔を真っ赤にして叫んでいる。確かに、スプリームポーションは高額だ。だからこそ、ここぞという時くらいにしか使わず、それが余計に値段を高騰させている原因にもなっている。そして、そんな高額なポーションは需要がない為、やはり値段が上がってしまうのだ。
「まあ、普通に治癒師や神官に治療してもらえばいいですからね」
ラルフがポツリと呟く。料金は取られるが治癒師や神官に回復魔法をかけてもらうのが早いだろう。…近くにいればの話だが。
「数が少ないとは言え、市場で出回っているのでそこは問題じゃないんですよ。いいですか、殿下。そんなものを簡単に作れる人間が身近にいるのが知られればどうなるか、そこを言ってるんです!」
「…ああ、そういう事か。それなら問題ないじゃないか」
「何が問題ないんですか!」
「黙ってればいいだろう?」
「……」
しれっと言ってのけたウィクトルを信じられないような目でロドルフが凝視する。そして確認するようにウィクトルに問いかけた。
「殿下はイルナがこの国にとって価値ある人間だと分かっていて、それを見て見ぬふりをされると言う事か?」
実際、イルナがスプリームポーションなんて大量に作るようにでもなれば、市場価格は大幅に下がるだろう。そして、それを商売にしてルーメン家が儲ける事だって可能だ。それにイルナはウィクトルの婚約者だ。王家が彼女の才能を知り、取り込む事もできる。魔石の再利用の事もあるし、増幅術師だと言う事を隠してもかなり価値があるだろう。
「イルナを政略や王政に巻き込むつもりはない。彼女はやりたい事をしている時が一番生き生きしている。俺はそんなイルナが好きなんだ」
「しかし貴方は第二王子だ。王太子であるテオドール殿下に協力を求められればやむを得ないのでは?」
「イルナの意に沿わない事は絶対にしないと誓おう」
きっぱりと言い切られ、ロドルフは半ば呆れたようにウィクトルを眺めた。それを見ていたラルスは盛大に溜息をつく。
「どっちにしても姉さんが戻ってきてから、ルーメン家に殿下をお呼びして話し合いした方がよくない?王宮だとどこで聞かれているかも分からないし」
「この部屋は大丈夫だが、確かに殿下が私の執務室に入り浸るのはよくないな」
「別に入り浸ってはいないが…」
たまたまロドルフに予定の確認に来ただけだったのだ。本来なら使用人や側近のユリウスにでも頼めばいいのだが、自分がロドルフと面会したかったので、自ら宰相の執務室に訪れたのだが。
「とにかく、殿下があまりうろうろするのは感心できません。それに聖竜ガイウス様のお傍をあまり離れない方がよろしいのでは?」
「守護者は俺だけじゃないから大丈夫だ。きちんとガイウス様の許可も取っている」
「それでも駄目です!いいですか。イルナと婚約したければ、私の指示に従ってもらいますから!」
「う…それは卑怯だ…」
のらりくらり交わすウィクトルに痺れを切らせたロドルフが吠えると、さすがにウィクトルも大人しくなる。そんな二人の様子を眺めていたラルスは、案外ウィクトルがルーメン家に婿入りしてもやっていけそうだな、なんて事を考えていたらしい。




