聖人様とラルスの王都への道のり
聖竜の巫女の選定がいよいよ3日後となり、王都には続々と貴族達や年頃の少女達、または女性達が集まっていた。王都に沢山の人が集まるとなれば、自然と街も活気づく。そうなると柄の悪い輩も増えるので、騎士団の見回りも必然的に多くなっていた。
「いよいよですね」
「そうですね…」
レオンシオの言葉にラルスは力なく答える。どうやら当日のお手伝いの為に神殿に仕えている神父達が駆り出されたらしく、レオンシオもその内の一人だった。
姉であるイルナが選定に出るので王都に戻る予定にしていたラルス達が、急きょレオンシオの護衛をする事になった。それもこれもラルスがコンラード領に滞在していたからなのだが。
「ラルスさんはイルナさんが聖竜の巫女の選定に出られる事にあまり興味がないのですか?」
「まあ…それほど興味はないですね」
話し相手にと馬車に同乗させられていたラルスは正直に答える。それを可笑しそうにレオンシオが笑った。笑われると思っていなかったラルスが驚いてレオンシオを見ると、向こうもちょっと申し訳なさそうに苦笑した。
「ああ、すみません。ラルスさんがあまりに正直に言うものですから」
そうは言っても本当に興味がなかったのだから仕方がない。と言うか、姉が選ばれるなんて微塵も思っていないというのが本音だ。大体、素質があればとっくに母親が気付くだろう。姉は良くも悪くも魔力量が異様に多い以外は突出した才能はなかったのだから。
「まあ、イルナさんは巫女と言うよりも錬金術師っぽいですもんね」
「は?」
錬金術師とはどういう事かとレオンシオを眺めると、ラルスの視線に答えるようにレオンシオが話を続けた。
「イルナさんはエーテルをお作りになってましたから、並の薬師ではないと思い言っただけですよ」
「…まあ、確かにポーション以外にも何か色々とやらかしてるみたいですけど」
イエルハルドに聞いたが、何でも魔石に魔力を入れて再利用していたとか(他人には秘密だが)魔石に色んな属性の魔力を入れてみたら、石を投げたら魔法が発動したとか、そんな物騒な事を言っていた。それを聞いた時は目眩がしたものだ。
(そういう意味では確かに錬金術師と言ってもおかしくないけど、実際は秘密の職業である増幅術師だもんなぁ)
しみじみと考えると、やっぱり姉は規格外だ。聖竜の巫女の選定では是非大人しくしていてほしいものだ。
「ああ、でも確かイルナさんは第二王子殿下の婚約者になられたんですよね?でしたらイルナさんではなく、イルナ様とお呼びした方がいいのかな」
「姉にすればどっちでもいいと思いますよ。それにまだ公表してませんし」
「そのようですが、この選定が終われば正式に発表されるんですよね?」
「さあ…」
何だか楽しそうなレオンシオを見ていると、ラルスも少し表情が緩む。この人はこんな風に他人を和ませる空気があるな、とラルスは内心感心していた。
実際、教会では「聖人様」と称えられていたのだ。ルーメン家の領土は王都のすぐ近くだが、領土の教会や王都の教会にいる神父達が「聖人様」と呼ばれているのは聞いたことがない。
「もしかして、レオンシオさんは聖人様だから呼び出されたんですか?」
「…まぁ、それもあるみたいですね」
「歯切れ悪いですね」
「意に沿わない仕事を任されてるんで」
聖竜の巫女の選定の手伝いが意に沿わないのだろうか?そう思い不思議そうな顔をすると、レオンシオが否定するように首を振って苦笑した。
「ああ、違いますよ?聖竜様のご尊顔を拝謁できるのはこの上ない名誉ですが、別件でちょっと頼まれ事をしてるんですよ」
「それは僕が聞いてもいい話ですか?」
「ええ、大丈夫です。実は…」
レオンシオの話はこうだ。最近巷で「聖女」の噂をよく聞くようになったのだが、どうやら裏で手助けしている教会の神父がいるらしいと。一人の少女を「聖女」として祭り上げているが、一体どういうつもりなのか調べてほしいとの事だ。
「聖女とは聞こえがいいですが、我々は聖竜ガイウス様を崇拝する、言わば竜神信仰の教会です。ともなれば聖竜の巫女様こそが、聖女とも言えるでしょう」
「それは…そうですね…」
自分の母親がその巫女をしているので、母親を「聖女」と言われるのは何だか恥ずかしい。けれど話の腰を折るのも失礼なので、無難な相槌をした。
「ですが最近、それも聖竜の巫女の選定が行われる事の発表があってから、突然ある貴族の娘が教会で人々に無償で回復魔法を施すようになったらしいんですよ」
「ああ、それ聞いた事あります」
「そうですか。とにかく時期的にも胡散臭い。彼女達の狙いは何なのか、それに関与し協力している神父の目的は何なのかを調べてほしいとの事なんですよね」
「そうなんですか…」
なんとも面倒な依頼だなと、ラルスはレオンシオに少し同情しそうになる。けれどそこでふと疑問に思った事を口にした。
「話は分かりましたが、何でそれをレオンシオさんがやらなきゃダメなんです?」
「ああ、それは僕が一番暇そうだからじゃないんですかね」
「は?」
「コンラード領は辺境ですがとても治安がいいんですよ。なので、教会もそれほど忙しくないんです」
何でも領民全体がアットホームで協力的なので、孤児も少なく教会でのボランティアもあまり必要ないらしい。けれど辺境の地と言う事で、怪我人はよく出る。なので回復魔法の得意なレオンシオが配属されていたようだ。
「前から思ってたんですけど、レオンシオさんってひょっとして神官なんですか?」
「あ、わかっちゃいました?実はそうなんですよ」
恥ずかしそうに頭を掻いているが、実はすごい事だ。何気にあのルキウスと同じだと言うだけで残念な気持ちになりがちだが、神官はなろうと思ってなれるものでもない。きちんと試験があり、それを通らなければ神官を名乗れないのだ。
理由としては神官の登録をしておく事で国が管理し、万が一の時には彼らをかり出す為だ。魔族の討伐で勇者パーティーなんかが組まれる場合も選定に引っ張られる。下手をすればパーティーに加わり、回復要員として同行しなくてはいけない。
「なるほど。という事はレオンシオさんがその『聖女』が本物かどうか『鑑定』するんですね」
「さすがラルスさん。その通りです」
神官の中には「鑑定」が行える者が時々いるが、どうやらこのレオンシオがその人らしい。たしかルキウスは「鑑定」魔法は使えなかった。
「あ、じゃあ巫女が誰かも鑑定するんですか?」
「それはできないです。巫女は職業や属性には現れない。聖竜ガイウス様しか測れないのですよ」
「なんだ、便利だけど不便だね」
「本当に」
ともかく、「聖女」と呼ばれている少女はほぼ聖竜の巫女の座を狙っていて間違いはないだろう。教会としては、それを手助けしている神父を野放しにできないだけなのかもしれない。
「聖人様、ラルス!そろそろ王都だ!」
馬車の外からヒックスが声をかけた。窓から外を見ると、立派な外壁に囲まれた王都が見えてきた。
「レオンシオさん、あと少しで到着ですので用意してください」
「わかりました」
そう言って頷くレオンシオを見てラルスも馬車を降りる準備をする。
(姉さんはまだ来てないだろうな…)
姉の事だからきっとギリギリに戻ってくるんだろうと思いながらも、間もなく到着する王都に向け、気を引き締め直すのだった。




