生命の木と火の精霊
イフリートはさっきとは姿が違い、今は炎を纏った恐ろしい魔獣のような容貌だ。どうやらこれが通常の姿らしい。さっき人間の姿を象ったのは、警戒心を解く為だったとか。
「イフリート様…ですよね?木の実ってどういう事ですか?」
『生命の木の果実は精霊を産み出す他に、食せば万病に効く。だが、副作用として今までの記憶を全て無くしてしまうのだ。つまり、全ての憂いを取り除く全知全能の果実だ』
「え…」
『だが、勘違いした人間が不老不死の果実だと思い込み、一時期乱獲された。他の人間に渡さない為に、沢山の生命の木を燃やし、多くの誕生するはずであった精霊が消えてしまったのだ。故にわが一族で管理している』
大地が枯渇しているのは、火の精霊の炎のせいで、植物が燃えてしまうからだそうだ。
『生命の木は大地のエネルギーを肥料に育つ。だからこそ、守護竜様達の今の状態は生命の木にとっても思わしくないのだ』
「そうだったんですね…」
生命の木の果実を食べた人間は、病気や怪我は治るが心のストレスまでもを消し去る為に赤ん坊のようになってしまうらしい。結局、今では人格がなくなる恐ろしい果実だと言われているようだ。
『時にイルナ。お前はさっきこのエルフの娘の魔法に何をしたのだ?』
「え?あ、えっと…」
言っていいものかキルスティを見ると、大丈夫と口元が動いていた。考えてみれば、精霊に伝えて迫害される事はないだろうと思い、イルナも躊躇いつつも正直に話した。
「増幅の魔法をかけました。そうする事で威力が上がるので」
『なるほど、イルナは増幅術師であったか』
「そうみたいですね。でもまだまだ未熟ですが」
苦笑しながら答えると、イフリートが頷いた。
『お前の力はまだ未熟だが、私と契約をしたのだ。困った時は力を貸そう』
「ありがとうございます」
イフリートにお礼を告げ、イルナ達は生命の木の元へと移動する。近くまで来るとその大きさに圧倒された。
「こんなに大きいなんて…」
「さあイルナ。樹液を採るよ」
「う、うん。ランナル、容器出してくれる?シルヴァはナイフで木の幹に切り込みを」
「りょーかいっ」
「お任せください」
シルヴァが木に切り込みを入れ、樹液が出てくるのを待つ。じわじわ涌き出てくると、ランナルがそれを容器で受ける。そしてキルスティは木の根元で何かをしていたが、イルナは手持ち無沙汰になり、視線を上に向けた。
「あ…木の実…」
『あれはまだ熟していない。それに精霊も入っていないようだ』
「そんな事がわかるんですか?」
『気配が感じられぬからな』
なるほど、とイルナが頷いた。そして周囲を見渡すと、何本もの生命の木が見える。けれど数本が少し元気がないように見え、その木に吸い寄せられるように近付いた。
「この木、どうして…」
『その木は森から来た魔獣にやられたのだ。魔獣の中には火があまり効かないのもいる。そして、生命の木の果実が好物な魔物もいるのだ』
「えっ」
『人間だけが脅威ではないと言う事だ』
少し疲れたように呟くイフリートに、イルナも何となく同情してしまう。そしてハッと思い付いたように、イフリートに進言してみた。
「あの、イフリート様。少し魔法を使ってもよろしいでしょうか?」
『…構わぬ』
何をするのかは聞かなかったが、あっさりと了承を得る。イルナはすうっと息を吸い、生命の木に向かって魔法を放った。
『成長せよ』
フワッとイルナの服が浮かび上がり、暖かい光が辺りを覆う。すると目の前の生命の木の傷が修復され、どんどん成長していく。木の幹が太くなり、かなり大きくなった所でイルナは魔法を止めた。
『なんと…生命の木が…』
イフリートが驚いているのを見て、イルナはやりすぎたかと内心焦っていたが、それよりもサラマンダー達が集まってきて木の回りをぐるぐる回りだしたのについ気を取られた。
「えっと、サラマンダー達は怒ってるんでしょうか…?」
『怒ってない!喜んでるよ!』
「えっ」
ふいに足元から声が聞こえ、驚いて下を見る。するとどうやらサラマンダーが喋ったらしく、一匹(?)のサラマンダーがイルナの足元にすり寄るように立っていた。
驚いたイルナはとりあえずサラマンダーと目を合わせる為にしゃがみこむ。すると目の前のサラマンダーの体が淡く光り、気付けば手のひらに乗るくらいの、可愛らしい子供の姿に変身したのだった。
「まぁ…あなた、サラマンダー?」
『そうだよ。イルナ、生命の木を元気にしてくれてありがとう。さっき僕達も元気にしてくれたし、イルナは優しい人!』
「ふふっ、どういたしまして」
何と言うか、人形のような大きさの子供はとても可愛い。イルナがサラマンダーの精の頭を撫でると、周りにいたサラマンダー達が一斉に人の姿に変身した。全員小さいサイズだが。
『イルナ!私も頭撫でて!』
『僕も!』
『私も~!』
急に精霊達に詰め寄られ、イルナがあわあわと慌てふためく。それを見ていたイフリートが大きくため息をついた。
『私からも礼を言おう。お前がこのような事が出来るとは、嬉しい誤算だったようだ』
「喜んでもらえたのなら良かったです」
『私はもう姿を消すが、後はサラマンダー達に任せるとしよう。ではイルナ、また会おう』
「は、はい!」
イルナの返事を聞いてイフリートが頷き、ゴオッと炎がイフリートの体を纏う。そして一瞬にしてイフリートの姿は見えなくなってしまった。
呆気にとられていたイルナだったが、サラマンダー達はそんなイルナの体にスリスリとすり寄ったりペタペタと触ったりしている。
「イルナ~!そろそろ溜まったよ!」
キルスティに声を掛けられハッとなり、イルナは慌てて皆の元へと走り寄った。それにサラマンダーも一緒についてくる。精霊の姿になると羽が生えているらしく、イルナの周りはサラマンダーの精が飛び回っていた。
「イルナ様…何だか精霊の王女様のようですね」
「え」
「あ、わかる!イルナ様の周りを精霊が飛び回ってるのって、何か似合うよね!」
「そうだねぇ、メルヘンだねぇ」
「え!?」
全員が感慨深そうに頷きながらこちらを眺めていたが、それがどうやらからかっていると思ったのだろう。イルナがちょっと拗ねたように唇を尖らせた。
「もう、今度は騙されないわよ。それよりも外で二人が待ってるし、早く帰りましょう」
「からかってないんですけど」
「そうだよ、信じてくれないんだ」
「イルナはイルナだからね~。信じないだろうねぇ」
「はいはい、行くよ」
口々になにか呟いている三人を他所に、イルナは炎の壁の前まで近付く。そして左手を大きく振り払うと、入った時と同じように炎の壁の一部が消え去った。
「イルナちゃん!」
「お嬢!」
イルナの姿を見た二人は立ち上がって走り寄る。そして続いて出てくる三人に視線を向け、手に持っている容器を見て目的の物は手に入れたのだと理解した。
「ただいま、二人とも」
「おかえり」
ボリスが笑顔で答えてくれる。イルナは全員が外に出た後、炎の壁が閉じる前に中に向かって手を振った。
「サラマンダー達、ありがとう!」
『イルナ、また来て!』
『困った事があったら呼んで!』
口々にサラマンダー達がイルナに声をかける。それが嬉しくてイルナも笑顔で頷き、そして壁は再び閉ざされた。
「サラマンダーと喋ってたのか?」
「あ、はい。あの子達喋ることができるんですね」
知らなかったなーなんてイルナが呟いていたが、もちろんアルフとボリスも知らない。というか、今回は驚いてばかりだ。
「さあ、では帰りもよろしくお願いしますね」
「あ、ああ」
「まかせといて!」
色々と思うところはあったが、依頼人にとやかく質問する事はご法度だ。
二人は気を取り直し、ドレイクに乗って王都へと戻るのだった。




