サラマンダーの巣
昼食を食べ終わったイルナ達は再びドレイクに乗り、目的の場所へ移動した。サラマンダーの巣と呼ばれる場所へはあと数時間で到着するらしい。
「今は空を飛んでいるから風で少し涼しいけど、サラマンダーの巣はとても暑いから」
「はい」
サラマンダーとは火の精霊だ。その彼等が集まって住んでいる場所なので、普通に砂漠で過ごす以上に暑いようだ。
「あの、魔法を使っても消えない炎が壁になっていると聞いていたんですが、それはつまりサラマンダーの魔法ですよね?」
「そうだ」
「では今までどうやって中に入ったんですか?」
「…知らん」
「え」
アルフがさらりと簡単に答えるが、それにはさすがにイルナもびっくりする。
「え、じゃ、じゃあどうやって…」
「それは連れに聞いたらいいんじゃないか?」
キルスティの方を見てアルフが告げる。どうやらサラマンダーの巣の中に入るには、エルフの助けがいるようだ。
考えてみればエリクサーを作るのはエルフの薬師だけだ。そしてギルドに依頼して取りに行く時は、必ず薬師のエルフが同行していたそうだ。
「俺達はサラマンダーの巣まで安全に送り届けて連れて帰るのが仕事だ。それ以上の事は今までした事がない。だから炎の壁の向こうに消えたエルフ達が何をして中に入れたのかも知らない」
「そうなんですか…」
結局、キルスティ達に聞くしかないだろう。エルフは精霊と対話できると言っていたから、説得するのかもしれない。
そうこうしていると、前方に炎が見えてくる。思っていたよりも大きな炎の壁に圧倒されそうになる。まだあの場所まで距離はあるが、ドレイクなら数分の距離だ。
「高度を下げるぞ!」
アルフの掛け声に全員が徐々に高度を下げながら飛ぶ。そして、炎の壁の少し手前でゆっくりと着陸した。
「ねえお兄さん達、あのまま空から入れなかったのか?」
ランナルが問いかけると、アルフとボリスが首を横に振った。
「無理なんだよ、それ。炎が追いかけて来るんだよ」
「それにあれ以上高く飛べば息ができなくなる。体温も下がるから危険だ」
「そうなんだ、残念」
二人の返答にランナルもあっさり引き下がった。できれば簡単に中に入りたかったのだろう。
ボリスとアルフはドレイクを近くの岩にくくりつけ、そしてイルナ達に視線を向けた。
「ここからは自分達で入ってもらうよ。ただ、サラマンダーが攻撃するような事があれば助けるから」
「おっけー、了解~。イルナ、行くよ!」
「わっ、はいっ」
「お嬢」
「えっ?」
アルフがイルナを「お嬢」と呼んだので驚いて振り替える。すると相変わらずの無表情だったが、その目が少し心配そうに細められた。
「無茶をして怪我だけはするなよ」
「…ええ、ありがとう!」
嬉しくなって微笑むと、アルフとボリスが面食らったように固まる。それがおかしかったのかシルヴァが二人の近くまで寄ってきた。
「イルナ様は婚約者がいるから、惚れても無駄よ」
「なっ」
「は!?」
フフッと不敵に笑ってシルヴァがイルナの元へ戻る。ポカンとしていた二人だったが、困ったように表情を歪めた。
「誰が惚れるんだ、誰が」
「まあ可愛いけどな、イルナちゃん」
「可愛ければ誰でも惚れると思うな。お前だってそうだろう」
「そうなんだけど、何と言うか目が離せない娘だよなぁ」
凛としていて、そして一生懸命なのは見ていて分かる。婚約者がいると言われてなぜか少しだけがっかりしたような気もしたが、そこは気付かないふりをした。
「シルヴァ?どうかした?」
「いえ、ちょっとだけアドバイスしただけよ」
「?」
不思議そうに振り返るイルナにシルヴァがニコリと微笑む。この人も随分と態度が柔らかくなったな、なんてイルナが考えていると、キルスティが自分にかけていた変身の魔法を解いた。
「コンチャ、危ないからイルナの所へ行ってね」
「はいニャ!」
どこからともなく姿を現したコンチャがキルスティから離れ、イルナの足元へスルリと移動する。そういえばこの猫はキルスティに聞いていたが隠密行動が得意だったと思い出す。ようは姿を隠せるのだ。
「イルナ様、少し離れて」
ランナルがイルナの前に立ち、シルヴァがキルスティの後ろに控える。キルスティは一旦目を閉じ集中するように大きく息を吸い、そして目を開いて言葉を紡ぎだした。
『炎の精霊サラマンダーよ、私の声を聞き届けよ。私は精霊ヴェレスが僕、妖精に属する者。その炎の壁の内へと導き、生命の木の元へ訪れる事を認めよ』
朗々と奏でるように告げるキルスティの言葉は魔力を帯びているらしく、キルスティの体が淡く光っている。そしてその声に反応するかのように、炎の壁が揺らめいた。
「……ダメだなぁ、アレは」
「え、ダメって…」
「サラマンダーが集まって来た。初めて来る者に警戒してるんだよ」
「それって危ないよね…?」
「うーん、今のトコ謎。本来の薬師のエルフなら、たぶん契約かなんかしてるからあの向こうに入るのは簡単だけど、キルスティ様は違うからねぇ」
口調はいつも通りだけれど、キルスティを見つめるランナルは心配そうだ。その証拠に腰に掛けた剣に手をかけている。見るとシルヴァも少し警戒しているようだった。
『サラマンダーよ、私と契約をー』
ボウッ!と、炎が大きくなる。トランス状態だったキルスティがハッと覚醒し、シルヴァがかばうようにキルスティを後方に引っ張った。
「あっぶな…。大丈夫かよ」
「どうだかわからんが、失敗したようだな」
後方で見守っていたボリスとアルフも少し体が動く。これ以上刺激するとサラマンダーが攻撃してくるかもしれない。その時は何よりも依頼人の安全を優先しなければならない。
けれど何か考え込んでいるキルスティは、ふとイルナに視線を向けた。
「ねぇイルナ。何か持ってない?」
「え?」
唐突に何か持ってないか聞かれても、何の事かわからずに首を傾げる。するとキルスティが顎に人差し指を当て、困ったように首を傾けた。
「それがねぇ、サラマンダーが『薬師なら通す』って言ってるんだけど、証拠に何か差し出せって言ってるんだよねぇ。イルナ、ポーション持ってきてたっけ?」
「え、あ、うん。あるけど…」
「ちなみに、それは何のポーション?」
「…スプリームポーション」
「バッチリ!じゃあイルナ、こっち来て!」
パアッと笑顔になったキルスティはぴょんぴょん飛びながらイルナを呼ぶ。それを見てランナルは苦笑し、イルナの手を引いた。
「イルナ様、何があってもちゃんと守るから、心配しないで行こう」
「ありがとう、ランナル」
「あれ、イルナちゃんがキルスティちゃんのとこへ行ってる。俺達ももうちょっと近付いた方がいいかな」
「そうだな、ちょっと移動するぞ」
そう言って二人はイルナ達の方へと移動したのだった。




