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炎の精霊

 キルスティに呼ばれて炎の壁の近くまで来たイルナは、その暑さに顔を歪める。そしてキルスティの隣に立ち、スプリームポーションをバッグから取り出した。



「じゃあイルナ。今から私が言う言葉を復唱して」

「わかった」



 こくりと頷き前を見据える。炎に向かってポーションを掲げ、キルスティとイルナは言葉を紡いだ。



「炎の精霊サラマンダーよ、私の声を聞き届けよ。私はあらゆる生命を維持する為に存在する者。その炎の壁の内へと導き、生命の木の元へ訪れる事を認めよ」


『炎の精霊サラマンダーよ、私の声を聞き届けよ。私はあらゆる生命を維持する為に存在する者。その炎の壁の内へと導き、生命の木の元へ訪れる事を認めよ』



 長い文章を間違う事なく唱える。すると今度はキルスティの時とは違う炎の揺らめきが起こった。



『その証を示せ』



 どこからか聞こえる声にイルナがポーションを差し出す。するとその手が眩く光り、手にあったポーションが消え去った。

 イルナが驚いて自分の手を眺めていると、キルスティがイルナの肩をつつく。



「イルナ、続けて。『私と契約を結びたまえ』だよ」


『サラマンダーよ、私と契約を結びたまえ』



 その瞬間、いっそう大きな炎が現れる。思わず後ずさったが、炎の中から人の形が浮かび上がった。



「サラマンダー…?」

「違う、あれは…」



 キルスティが何かを言おうとしたその時、炎に包まれた人物が口を開いた。



『お前は人間だな。人間がなぜ生命の木を求める?』

「え…」



 まさか質問されると思っていなかったせいで、一瞬間が空いてしまう。けれどぎゅっと手を握りしめ、言葉が詰まりそうになりながらも答えた。



「エリクサーを作る為です。そして、眠ってしまった守護竜様達を目覚めさせる手助けをしたいんです」



 真っ直ぐに視線を向け、ハッキリと言い放つ。



『守護竜様は神の化身。お前は神を救う程のエリクサーを作ると言うのか』

「それは…やってみないと分かりません。でも、少しでもお力になりたいとは思っています。それでは駄目でしょうか?」



 イルナの問いかけに精霊は少し黙り込む。そして、静かにイルナに告げた。



『では、お前を試そう』



 その言葉と同時にイルナの体が炎に包まれる。慌てたコンチャがイルナから離れ、キルスティ達はそれを静かに見守っていた。けれど護衛の二人はぎょっとしたように驚愕の表情を浮かべ、イルナに向かって走り寄る。



「イルナちゃん!」

「お嬢!」

「止まって!」



 イルナを助けようと駆け寄った二人をシルヴァが引き留める。



「けどイルナちゃんが!」



 ボリスがシルヴァに食って掛かろうとしたが、少し冷静になったアルフがイルナを見ながらボリスに呟いた。



「…お嬢は無事みたいだ」

「へ?」



 アルフの言葉にボリスもイルナを見る。するとイルナは炎の中でも燃える事なくそこにいた。



「どういう事だよ?」

「精霊の試練さ」



 ランナルが答える。精霊の試練とはどういう事なのか分からない二人だったが、エルフ達が冷静なのを見て、落ち着きを取り戻す。



「ねえランナル。()()はサラマンダーではないわよね?」

「うん、違うね。()()は多分…」

「サラマンダーじゃない?じゃあ何だよ!」

「落ち着けボリス。確かにサラマンダーはあんな姿じゃない。巨大な炎を纏ったトカゲのような容貌だっただろ」

「あ、そういえば…」



 言われてみれば炎の内側に大きなトカゲもどきが沢山集まっている。おそらく()()がサラマンダーだ。

 ではイルナと対峙している()()は何だ。



「炎の精霊王イフリートだよ」



 キルスティが何でもないようにあっさりと答えた。それにはさすがに護衛の二人が目を見開く。そしてキルスティを凝視すると、視線に気づいたキルスティも二人に目を向けニヤリと不敵に笑う。



「サラマンダーより上位の精霊だね」

「マ、マジかよ…」

「イフリート…初めて見た…」



 ボリスもアルフも驚きを隠せないようだ。それを見ておかしくなったキルスティはクスクスと笑う。が、すぐに気を取り直し、イルナの方へと視線を戻した。



『娘、魔力を差し出せ』

「魔力…?わ、わかりました」



 よく分からないが、魔力を手のひらに集める。魔法水を作る時の要領で、手のひらから外へと魔力を放出した。それを吸収するかのように自分を囲んでいる炎が大きくなる。が、不思議と熱は感じられない。それよりもこの目の前の精霊の中で佇んでいるような、そんな奇妙な感覚だ。



『まだだ。もっと続けろ』

「は、はいっ…!」



 魔力の放出を止める事なく続ける。そうしているうちにイルナの体が淡く光りだし、そしてそれに呼応するようにさらに炎も大きくなっていった。一体いつまで続ければいいのか、段々と魔力を放出するのが辛くなってくる。そのくらい、大量の魔力を延々と出し続けていた。



「イルナ様、すごい魔力量ね…」

「うん。普通の人間ならもう倒れてるな」

「そりゃそうだよぉ。イルナは人間の平均の数倍魔力持ってるもん」



 キルスティが得意気になって話す。だが、アルフは心配そうな顔をしていた。



「いくら魔力が多いからって、こんな長時間魔力を出し続けてたら、お嬢が持たない」

「ヤバイよな」



 アルフの意見にボリスも同意する。

 その時、突然イルナを覆っていた炎が眩い光を放ち、爆発するように弾けとんだ。



「うわっ!?」

「きゃっ!」

「イルナ様!!」

「イルナちゃん!」

「お嬢!!」



 手で光を遮りながら全員がイルナを呼ぶ。すうっと光が収まり、目が慣れてくるとそこにはぐったりしたイルナを抱える一人の男性が立っていた。



『人となりを見るには魔力を差し出して貰うのが一番分かりやすい。娘、お前の魔力は心地よかった。言っている事にも嘘はないだろう』

「は、はい…ありがとうございます…」

『では手を』

「え?」



 そっと立たせてくれた男性はどうやらイフリートが人間の姿を象っているらしい。イルナの左手をそっと掴み、そのまま何かをはじめる。



『お前の名は?』

「あ、イルナです」

『ではイルナよ。我が名はイフリート。炎の精霊を統べる王。イフリートの名の元にイルナとの契約をここに示そう』

「え……わっ…!」



 カッと左手が熱くなったかと思うと、その手首には赤い宝石が付いたブレスレットが光っていた。



『炎の壁もイルナがその手を振れば消えるだろう』

「ありがとうございます…!」



 何故かイフリートと契約を結ぶ事になったイルナは、訳がわからないなりにも上手くいった事に安堵の息を吐いたのだった。



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