アウキシリアとは
「かつて闇竜ゲアトルースによって世界が闇に包まれ、魔物が闊歩する時代にいた職業に『アウキシリア』があった。その職業の人物は、闇竜の封印を行った勇者の一行と旅を共にし、封印に貢献した、と文献には書かれている」
「職業…」
「そ、それはどんな職業なんだ?」
淡々と説明するマオーラ公爵に、一人の貴族が質問する。その方向にチラリと視線を向けたマオーラ公爵は、フウッと小さく溜め息をつく。そして一呼吸置いてからはっきりとした声で告げた。
「知らん」
一瞬その場がぽかんとする。それをずっと黙って見ていたイルナの父であり魔術師長のロドルフは、堪えきれずに笑いだした。
「ハハハハッ!知らんと来たか!そんな中途半端な説明で、ここにいる面々が納得するとでも?どうお考えか、陛下のご意見を伺いたい!」
そう言って国王に鋭い視線を向ける。ロドルフにすれば、ここで国王がどう答えるかによって、今後の動きを決める必要がある。内容によってはイルナを亡命させてもいいとさえ思っていた。
すると今度は国王が大きく息を吐き、皆に視線を向ける。ようやく意見を言うつもりなのだと、全員が姿勢を正した。
「今回の二度の襲撃による両領地の被害は、幸いにも少数の怪我人だけだと聞いておる。建物などの損壊が激しい場所もあるようだが、そこは王都から物資及び人員を派遣し、速やかに対応しよう。そして魔王と名乗る男についてだが…」
言いかけて言葉を一度止め、テオドールに視線を向ける。
「ヴァルデマー・ヴィンセント。かつてエミール王国の宮廷魔術師だった男だ。これについてはテオドールよ、お主がエミール王国へ行き、ヴァルデマーについての詳細を確認せよ。そして、闇竜ゲアトルースの復活の件も、エミール国王に伝達するのだ」
「畏まりました」
「お、お待ちください父上!使者でしたら兄上ではなく私が行きます!」
突如命令を受けたテオドールを見てウィクトルが慌てて口を挟む。けれど国王は静かに首を横に振った。
「お前は駄目だ。先日長旅から戻ったばかりであろう?それに聖竜の守護者の職に就いているお前が、聖竜ガイウス様以外の命で国外に行くのは感心せん」
「し、しかし…兄上は王太子です。何かあっては…」
「それについては問題ない。オールコット公爵よ。第一騎士団からテオドールの護衛を用意し、準備ができ次第出発してもらうがよいな?」
「はっ」
「護衛の数はお主に任せる。そして闇竜についてだが、これについては調査隊を組み、封印を施した彼の地へ赴き実態の調査をせよ。精鋭を組み、なるべく戦闘は避けよ。目的はあくまで調査にとどめるよう厳命する」
「畏まりました」
オールコット公爵が恭しく頭を下げる。それを見て国王も力強く頷いた。するとその時、一人の貴族がおずおずと手を上げる。
「あの…陛下、発言してもよろしいでしょうか?」
「うむ、何だ」
許可が降りると手をあげた人物がホッとする。ヴァルデマーに領地を襲撃された、レリウス伯爵だ。
「その、結局の所、アウキシリアとは何ですか?」
そう、それはその場にいた全員が感じているようで、国王に視線が集まる。何となくそこを避けて話しているような気がしていたロドルフは、皆に分からないように小さく吹き出した。すると国王はわざとらしくゴホンと咳をし、真面目な顔をしてその問いに答えた。
「儂が言えるのは、『アウキシリア』は秘密の職業だと言うことだけだ」
「はあ…?それでは何も解決できませんよ。秘密の職業なら適性者を割り出す事もできないではありませんか!」
「そうは言っても、『アウキシリア』は誰にも受け継がれず、一代だけで終わってしまった職業だからなぁ。使い方を知ってる者は現在この世にはおらん」
「し、しかし、ヴァルデマーはこのネストーレ王国のどこかにいると…」
レリウス伯爵が困ったように告げると、テオドールが横から口を挟んできた。
「うーん、ひょっとして聖属性魔法の達人とかじゃないのかな。ほら、勇者と一緒に旅をしたって言われてるし、それなら聖属性魔法に長けた人物を集めてみるってのは?」
「あ、兄上?何を…」
しーっと唇に人差し指を当て、ウィクトルに向かってテオドールがウインクをする。何故か誰にもばれていないらしいが、それよりもテオドールの言ってる事にウィクトルは驚愕した。
何故ならテオドールもウィクトルも、王族はアウキシリアがどんな職業か知っているのだ。その上での発言なのだから、テオドールの意図が読めない。するとそれを聞いていた国王が、盛大に溜め息をついた。
「テオドールよ、戯れはよせ。お主は王族であり王太子なのだから知っておろう。それをそのように申せば周囲が混乱するではないか」
「ならば父上、秘密だとか言わずにきちんと皆さんにお教えしましょうよ。どうせ存在しない職業なんですし、構わないでしょう?」
ニヤリと人の悪い笑顔を浮かべて国王を見る。それをヤレヤレと言った様子で、国王はついに小さな声で呟いた。
「…よかろう。ただこの場にいる者達だけの胸の内に止めてほしい」
その言葉にその場の空気が変わる。固唾を飲んで国王の次の言葉を待っていると、国王は静かに皆に告げた。
「『アウキシリア』は、究極の補助魔法の使い手の事だ」
シン…と、その場が静まりかえる。そして皆の顔は、何とも言えないような、それでいて、「え、それだけ?」とでも言いたげな表情を浮かべていた。
「…ほらな。だから言うの嫌だったんだ」
不貞腐れたように呟く国王を見て、ただ王太子だけが笑うのを必死で堪えていたとか。




