ウィルの正体
コンラード邸に戻ったウィクトル達は、すぐさまイエルハルドの執務室へと向かった。今回の調査の結果と今後の事を話す為だ。
ギュンターに案内されて執務室へ入ると、すでにそこにはイルナも来ていた。
「ただいま戻りました、イエルハルド殿」
「ご無事でなによりです、お二人とも」
イエルハルドがニコリと笑い、二人を椅子へと促す。そして4人が向かい合うように座ると、まずはユリウスが今回の探索の報告を始めた。
「今回の調査で西の森の調査はほぼ9割程度完了しました。後ほど護衛につけてくださった兵士の方達からも報告があると思います」
「そうですか。それで、目的は果たせそうですかな?」
イエルハルドが探るようにユリウスをじっと見つめるが、ユリウスは平然とした様子で話を続ける。
「そうですね。以前にお話しした『ブラッド』系の魔物ですが、数体確認しました。勿論討伐済みですが、出現したのは以前遭遇したブラッドグリズリーの他に、ブラッドスライム、ブラッドウルフがいましたね」
「何だと…」
「我々が討伐した数は10体程で、後は通常の魔物だけでした。巣も探しましたが見当たらず、こちらの予想ですが元々いた魔物が変異したと思われます」
「変異だと?」
元々いた魔物が変異するのは無いこともない。だが、コンラード領は辺境の地だ。国境を守る国の要でもある事から、コンラード軍は森の魔物の討伐はかなり力を入れている。
ただ、それも森の中腹までにとどまっており、それ以上は領民が足を踏み入れる事もない為、悪い言い方で「放置」していた。言い換えればそれ以上の討伐は、ハンター達の稼ぎを奪う事にもつながるからだ。
「そうか…。我々が討伐をしていた中腹まではブラッド系の魔物は全く出てこなかった。これは少し警戒を強めなくてはいかんな」
「ええ。何ならハンターギルドに依頼を出してもいいかと思います。探索にしても闇雲に探して討伐する事になるので、軍を動かすにはまだ時期早々かと。ギルドに依頼して魔物の数や生息地、その規模をあらかた把握した後に、ハンター達と共闘で討伐に向かうのが得策だと思いますよ」
「そうだな。何より国境の守備を手薄にする訳にもいかん。いや、ウィル殿にユリウス殿、情報提供感謝します」
「いえ、こちらこそお世話になってますので気になさらず」
礼を言うイエルハルドを制するようにユリウスは両手を前に出す。そして次にウィクトルが、ゴホンとわざとらしく咳をして注目を集めた。イルナも、一体何を言い出すのかとドキドキしていると、一瞬ウィクトルと目が合う。そしてウィクトルは目を細めて微笑むと、イエルハルドに向き直った。
「イエルハルド殿。イルナは一か月後の聖竜の巫女の選定に出られると聞きました」
「ええ、そう聞いているが、それが何か?」
「…王家からの話も聞いたとの事」
「そのようですな」
イエルハルドが片眉を上げてウィクトルを見る。何が言いたいのかと問うような視線に、ウィクトルは静かに首を横に振った。
「何も警戒するような話をする訳ではないので、そのように睨まないでいただきたい」
「おや、睨んでおりましたか。それは申し訳ない」
わざとらしくごまかすイエルハルドにウィクトルは苦笑を漏らす。二人のやり取りの意味が分からずイルナはハラハラしていたが、ユリウスがニコニコと笑っているので大丈夫なのだろうとは思うのだが。そんなイルナの心情を知ってか知らずか、ウィクトルは話を続けた。
「では、お分かりいただけると思うが、今から少しだけイルナと二人で話をさせていただきたい」
「お断りする!!!!」
やっぱり即答で断られた。
予想していた通りの様子に何だか笑いが込み上げてくる。横を見るとユリウスはすでに笑っているようで、下を向いてプルプル震えていた。
「お、小父様…何もそんな即答でお断りしなくても…」
「ダメダメ!!イルナは未婚の可愛い女の子なんだぞ!?それなのに、年頃の男性と二人っきりになんてさせられませんっ!!!!」
「いや…、密室で二人になる訳ではなく、少し二人だけで話したいんだが…」
「駄目だったらダメだ!!小父さんは許さーーーーん!!!!」
えらい剣幕だ。顔も真っ赤だし、何だか鼻息がすごい。どうしたものかと呆れていると、天の手助とばかりにイルナとは別の女性の声がドアの方向から聞こえて来た。
「お父様、うるさいですわ。邸中に響き渡るような声を出されて、一体何ですの?」
見ると執事のギュンターが独断でドアを開けたらしく、部屋の外ではあるがドロテアが呆れたように半目でイエルハルドを見ていた。
「ド、ドロテア!こらっ!大事な話をしているのに勝手に執務室に入ってはいかんだろ!」
「あら、まだ入っていませんわよ?ここは部屋の前ですもの」
しれっと言いながら扇子で口元を隠す様子は、まるで悪い令嬢のようだ。そして優雅な動作で執務室に入室すると、ぐるりと全員を見渡してからイエルハルドにビシッと扇子を向けた。普通に父親にする動作ではないが、ここは黙っておくことにしようと、その場の全員が心の中で思ったようだ。
「お父様。ウィル様が少しだけイルナと話がしたいと仰ってるのに、何故反対なさるのです?」
「当たり前だ!二人っきりなど絶対許さん!」
「あら、それでしたらイルナの家にウィル様がこっそり伺えばいいのかしら?」
「なっ!!それはもっといかん!!!!」
「ですわよねぇ?それができるのに、ウィル様はあえてしなかった。お父様にきちんと許可を貰おうとしてらっしゃる。紳士としてきちんと礼を持って接しようとしていらっしゃるのに、お父様はそこまで反対なさるんですのね。さぞご立派な理由がおありでしょうね?」
「ド、ドロテア!お父様に向かってなんて口の利き方だ!!」
「あら、普通にお話ししてますわよ?それにウィル様は二人っきりではなく、二人で話をしたいと仰ってるんでしょう?それなら部屋のドアを開けてきちんとギュンターに見てもらえばいいではありませんか」
「ぐ…」
完全にドロテアの勝利だ。正論で娘にたたみかけられイエルハルドはぐうの音も出ない。そしてしばらくの沈黙の後、諦めたようにイエルハルドが項垂れる。
「…わかりました。では、我々は少しだけ席を外すとしよう。ですが!くれぐれも不埒な行いはしないように!!」
「しませんよ。全く、イエルハルド殿の私に対する認識はいつ改められるんですか…」
「前も言ったと思いますが、年頃の青年は全て疑っております!!」
「……」
何とも言い難い答えにウィクトルも苦笑する。そしてドロテアに促されながらもイエルハルドは執務室を退室し、ユリウスも部屋を出る際に何かをウィクトルに呟き、笑いながら退室していった。
残されたのは部屋の前で待機するギュンターと、イルナとウィクトルだ。一応部屋の外で待機しているので、余程大きな声で話さなければ会話の内容はそれ程外に漏れないだろう。
「あ、あの…」
何故二人になる必要があるのか分からないイルナは、少し混乱しているようだ。困ったように眉を寄せ、両手をぎゅっと握っている。
そんな姿を見てウィクトルもフッと表情を緩め、イルナの前にきちんと座り直した。
「イルナ、今から俺の話を聞いてほしい」
「…はい」
何を言われるのか分からないが、わざわざ二人で話す時間を作ったのだ。イルナは表情を引き締めしっかりと頷く。それを見てウィクトルは嬉しそうに微笑むと、ゆっくりと話をしだした。
「まずは君に謝らないといけない。俺の本当の名前はウィルじゃない。ウィクトル・カーン・ネストーレだ」
「え…」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。何故ならその名は、イルナも良く知っている。イルナの驚く顔を見てウィクトルは困ったように笑いながらも頷く。
「君が思っている通り、俺は君に婚約を申し出たネストーレ王国の第二王子だ」
「お、王子様…?」
頭の中が真っ白になるとはこの事なんだと、イルナは呑気に納得したようだ。




