婚約を申し込まれました
イルナがずっと呆けているのをウィクトルは根気よく眺めて待っているようで、何も話さずこちらを見ている。そうしている内に段々と理解が追い付いてきて、イルナが遅れて驚いた。
「え、ええっ!?え、ウ、ウィル様が…ウィクトル殿下…!?え、でも、ええ!?」
「ちょっと落ち着こう、イルナ」
「あ、は、はい…」
ドクドクと心臓が鳴り響く。では自分はずっと第二王子だと知らずに接していたという事だ。いや、でもウィクトルは自分の正体を隠していたのだし、仕方のない事では?
イルナがグルグルとそんな事を考えていると、ウィクトルはいつの間にかイルナの隣に座り、そっとイルナの手を握った。それには驚いて勢いよく顔を上げる。思いの外近い位置にウィクトルの顔があった事に動揺し、急激に真っ赤になるのがわかった。
「あ、あの、ウィル様…じゃなかった、殿下…」
「イルナさえよければウィルでいいよ。元々俺が自分を偽っていたのだから、そんなに考え込まないでほしい」
「…はい、わかりました」
「うん、ありがとう」
ウィクトルの申し出にイルナも素直に頷く。ようやく落ち着いた様子のイルナに、ウィクトルはポツリポツリと話だした。
「君に婚約を打診したのは俺の意思だ。君の気持ちを聞かずに行動してしまって、申し訳ないとは思っている」
「そんな…」
「だが、後悔はしていない。君に惹かれているのも本当だし、できれば婚約を受けてほしいと思ってる」
「ウ、ウィル様…」
まさかここでこんな事を言われるなんて予想していなかったイルナは、別の意味で混乱する。ついさっきまで知らない王子様と婚約しないといけないかもと悩んでいたのに、それが実はウィルだったなんて。
するとウィクトルはイルナの手を取ったまま、イルナの前に跪いた。それにはイルナも目を瞠る。
「イルナ。俺と婚約してください」
そう言って手に口づけを落とす。戸惑いと驚きに混じって、嬉しさも込み上げる。自分だってウィクトルを少なからず意識していた。そんな相手から婚約を申し込まれるなんて、貴族として生まれた自分にすれば幸運だ。どこの誰とも知らない人と結婚する令嬢なんていくらでもいるのだ。
「イルナ…ダメかな…?」
何も答えないイルナに不安になったのか、ウィクトルが困ったように眉根を寄せる。ウィクトルの表情を見ていると、少なからず緊張しているのも分かり、それを見たイルナは何故かとても安心した。
「嬉しいです…、よろしくお願いします…」
フワリと笑顔を向けると、ウィクトルが一瞬目を瞠る。そして次の瞬間嬉しそうに微笑むと、イルナをそっと抱き締めた。
「ありがとう…。思っていた以上に嬉しいよ。本当に緊張した…」
「フフフッ、王子様でも緊張するんですね」
「それは当然だ。何しろ一世一代の告白なんだ。緊張するだろう」
「そうなんですね」
ゴホンと部屋の外から咳払いが聞こえ、ウィクトルは苦笑しながらもイルナを離す。そして再び隣に座り直すと、まだ話があると言ってイルナに向き直った。
「婚約の受理に関してはご両親に報告してもらうとして、大事な話はまだあるんだ」
「大事な話…ですか?」
「ああ。君のジョブの事だけど、俺も君の両親もイエルハルド殿も、まだ誰も父上…国王には言っていない。だからしばらくは君は安全だ。けれど人の口に戸は建てられない。誰かを疑う訳ではないが、どこから漏れるかわらない」
「それは…そうですよね…」
実際すでに何人かの人は知っている。自分の家族にウィクトルやユリウス。キルスティもそのうちの一人だ。
「君と俺は正式に婚約する事になるが、婚約を結べばエルフの村に行くなんて事はできなくなる。引き延ばすにしても聖竜の巫女の選定にも出るとなると、それこそ君の自由はないと思った方がいい」
「え…」
確かにウィクトルの言う通りだ。聖竜の巫女の選定は約一か月後。選定が終われば新しい巫女を祝う祝賀会が行われ、各貴族達が集まる夜会が開催される。
第二王子のウィクトルは聖竜の守護者であるのだから、この二つの催しには必ず参加するだろう。そしてイルナと婚約となれば、王家としてそちらも大々的に婚約発表の場を設けるに違いない。
「でも…私、行かないと駄目なんです。キルスティと約束したから…」
「約束って?」
「……」
「イルナ、教えて?」
優しく諭すように言われ、イルナは一瞬迷う。キルスティは誰にも言わないでなんて言わなかったから、きっと言っても問題ない。けれど自分がやろうとしている事を反対されるのではと警戒してしまう。
「イルナ。俺は君を守りたい。そして君と共にいて、君が何かを成し遂げるのを隣で見ていたい。そう思うのは駄目か?」
「ウィル様…」
ウィクトルはイルナが唯一の存在になりたいと言った事を言っているのだ。その気持ちが分かったイルナは、ようやく観念したようにポツリと呟きだした。
「エリクサーを…」
「うん?」
「エリクサーを作る為です…。その為に、生命の木を見つけないといけないんです」
「生命の木…。エリクサーを君が作るのか?」
「はい。キルスティに頼まれたんです。各地に眠る守護竜達を起こす為に、アウキシリアが作ったエリクサーがいると…」
正確にはアウキシリアが作ったエリクサーがいるとは言われていない。けれどキルスティがアウキシリアを探していた事を考えれば、増幅の魔法を施したエリクサーがいると考えて間違いはない。
それならば最初からエリクサーだけを用意してもらい、それに増幅の魔法をかければいいのではと思ったのだが、エリクサー自体が今は一つもなく、その上材料である生命の木の樹液が底をついているらしい。
「元々エルフが保管してあったエリクサーは、力を奪われた守護竜様達に与えたそうです。けれど守護竜様達の魔力は膨大ですので、全く足りなかったらしくて」
「それで君に増幅魔法で威力を上げたエリクサーを作って欲しいと言って来たのか」
「はい」
実はキルスティからエリクサーを作って欲しいと言われた時に、その理由を説明されていた。
守護竜達は聖域と言われる場所に存在しているが、もちろん眷属も共に住んでいる。そこへ突然現れたヴァルデマーが封魔の杖をふるい、守護竜を殺さんとばかりに攻撃してきたのだ。
普通に考えれば一魔術師程度、守護竜や眷属達の相手ではない。けれど彼は闇竜の魔力を吸い取った杖を使い、竜達の力を奪い取ったのだ。
「本来ならばその杖を取り戻せば、守護竜様達の力も元へ戻ります。けれどあの杖には闇竜ゲアトルースの力も封印されているので…」
「守護竜様を復活させると同時に、闇竜までも復活しかねない…という事か」
「そうみたいです」
何てことだ。思っていたよりも深刻な事情をイルナが抱えているのが分かり、ウィクトルは歯噛みする。そして入り口で待機しているギュンターを呼び、イエルハルド達を呼び戻してもらうよう伝えた。
「これ以上はイエルハルド殿も交える方がいい。イルナ、また後で二人で話そう」
「はい」
神妙な顔で告げるウィクトルに、イルナも素直に頷いた。
そして程なくしてイエルハルド達が執務室に戻り、今度は守護竜達の話になった。




