ウィクトルの決意
「え…」
突然の事に驚いて言葉を失う。
ウィクトルは至って真面目な様子でイルナをじっと見ている。
「あの、それは…」
「君が嫌だと言ってもついて行く。もう決めた」
「で、ですが、ウィル様とユリウス様はお仕事でこちらに来られてるんですよね?それなのにそんな簡単に決められては…」
「何とでもなる。それに聖竜の巫女の選定の折には俺とユリウスも王都へ行かなくてはいけない。その後発つのなら、一緒に行けるだろう?」
「えと、そういう問題では…」
ダメだ、全く折れそうにない。というか何故こんな話になっているのだろうか。
そもそも聖竜の巫女の選定も出るには出るが、選ばれる気は全くない。第二王子との婚約もできるならお断りしたい。それが無理ならできるだけ返事を引き延ばしておいて、自由な身でエルフの村へ行こうと思っていたのだが、その前に色々と相談に乗ってもらっていたウィルにはちゃんと告げておきたかっただけだ。
実際両親の了解も取っていないし、イエルハルドにも何も言っていない。どちらかと言えば伝えた時点で猛反対されるだろうと思っている。だからこっそり置手紙をして出て行く覚悟だったのだが。
「ウィル、その辺で勘弁してあげたら?急にそんな事言われたらイルナも困るだろ」
いつの間にか近くまで戻って来ていたユリウスが、クスクスと笑いながら二人を眺めていた。それをウィクトルもバツが悪そうに顔を歪めている。
「困らせてるつもりなはい。だが、女性が一人で未知の土地へ行くのを、黙って見過ごす事等できない」
「それは分かるけど、イルナの話だとまだ一か月程先の事なんだろう?少しくらい考える時間をあげれば?」
「だが…」
ユリウスの言いたい事もわかる。イルナがあのキルスティとかいうエルフと懇意にしていて、とても気を許しているのも知っているし、キルスティもイルナを騙したり傷付けたりするつもりがない事もわかっている。わかってはいるが…
「イルナの事が気になるんだ」
「え」
思わずついて出た言葉にイルナが反応する。その声にウィルもハッとなり、思わず片手で口を覆った。
「い、いや、違うんだ…、その、君が心配って意味で…」
「そうですか…」
慌てふためくウィクトルとは反対にイルナはあっさり頷く。どうやら最初から親切だったウィクトルに、自分は心配をかけているのだろうと思ったようだ。
「ウィル様、心配してくださってありがとうございます。ですがこれは自分で決めた事で、覆すつもりはありません」
「イルナ…」
「私は私にできる事を精一杯したいんです。その為にも未熟な自分が許せない。だからこそ、私は『唯一の存在』になれるよう、どんな努力も惜しまないつもりです」
「唯一の存在…」
イルナの言葉にウィクトルは目を見開く。ウィクトルの呟きを拾ったイルナは、コクリと頷いた。
「ええ。誰もなれない存在になるのって、憧れません?私の目標なんです」
フフッと悪戯っぽく笑いながらイルナがウィクトルを見つめると、ウィクトルはポカンと大きな口を開けたまま固まっていた。それを見たユリウスは、ウィクトルの肩をポンと叩く。
「応援してやろうよ、ウィル。お前が付いていくかどうかは、これから二人で考えればいいんだし、とりあえず今はやる事があるだろう?」
「……ああ」
ウィクトルは小さく息を吐き、静かに立ち上がる。そしてイルナの手を掴んで引っ張り上げた。それにはイルナも驚いて、「わっ」と小さく声を上げる。立ち上がった二人はまるでダンスでもするような距離で向かい合っていたので、その距離に恥ずかしくなったイルナは顔を真っ赤にして目を逸らした。
「あ、ありがとうございます…」
消え入りそうな声でお礼を言うと、イルナはパッとウィクトルから離れる。そっと胸に手を置くと、心臓が少し騒いでいるのがわかった。
たったこれだけの事でこんなに動揺するなんて、自分は第二王子と結婚なんてできるだろうか。
そんな不安に駆られていると、呑気な声でユリウスがイルナとウィクトルに声をかけた。
「そろそろ一度コンラード辺境伯の邸に戻ろう。西の森もあと少しで探索が全て完了するし、それにイエルハルド殿も心配してると思うからね」
「そうだな」
ウィクトルもコクリと頷く。
「あ、それでしたら私は先に戻ります。突然現れてすみませんでした」
「いや、いい。また後程イエルハルド殿のお邸で会おう」
「はい」
笑顔で返事をしたイルナは、再び転移のオーブを取り出して姿を消した。イルナが見えなくなったのを確認したユリウスは、笑みを消してウィクトルに尋ねる。
「…良かったの?自分の正体を言わなくて」
「…」
「婚約を打診したのだから、いずれバレるでしょ。言うのが遅くなればなるほど言いづらいと思うけど」
「わかってる」
ユリウスが言っている事は理解している。だからさっきも、本当は自分の正体を言うつもりだった。けれどイルナの目を見ていると、言うのを憚られた。言った事によって彼女がどういう反応をするのか、知るのが怖かった。
「…イエルハルド殿の元へ戻ったら、きちんとイルナには話をする」
「その方がいいね」
婚約を打診したのだから、むしろすぐにでも言うべきだ。そして、正々堂々と彼女を自分の婚約者にして、何者からも…国からも守るのだ。
過去の増幅術師のような末路を辿らせない為にも、必ず彼女を手に入れてみせる。
「ユリウス」
「ん?」
「お前は俺を裏切るなよ」
「…」
唐突な言葉にユリウスが目を丸くする。そして次の瞬間ウィクトルの背中をバシッと叩き、呆れたように呟いた。
「当然だろう?バカな事言うなよ」
心外だとばかりに怒って見せると、ウィクトルも苦笑を漏らす。
「よし、戻るぞ!」
離れた場所に待機していた護衛とお供達に声をかけ、一行は西の森を撤収したのだった。




