ウィクトルと再会
ウィクトルの所へと転移したイルナが現れた場所は、コンラード領の西の森の中だった。丁度魔物と戦っている最中だったらしく、イルナは魔物とウィクトルの丁度間に転移してしまった。
「なっ!?イ、イルナ!?」
「えっ」
イルナが振り返ると、傷だらけになったオークがまさにウィクトルに攻撃しようとしていた所だった。
反射的にその場にしゃがみ込むと、その隙を突いてウィクトルがイルナを庇うように剣を繰り出す。間一髪オークの攻撃を弾き、ヨアキムが槍を投げつけた。そこへユリウスが突撃し、オークに刺さった槍を蹴りでさらに突き刺し、右手に持っていた剣を横薙ぎに払う。その攻撃を避けきれなかったオークはそのままズシャリと倒れ込み、絶命した。
「……」
まさか戦闘中とは思ってもみなかったイルナは呆気に取られて、その場に座ったまま動けずにいた。そこへウィクトルが気遣うようにイルナに近付き、目線を合わすようにしゃがんだ。
「大丈夫か、イルナ?」
「…っ、ウ、ウィル様…、その、申し訳ありません…。決して邪魔するつもりはなかったんですっ…。ただ…ウィル様の元へ転移したら…」
「間が悪かったみたいだね、イルナ」
「ユリウス様…すみません…」
剣についた血糊を拭き取り、鞘に収めながらユリウスもイルナに近寄る。ヨアキムはオークに突き刺さったランスを引っこ抜いている。どうやらユリウスが蹴り込んだせいで、抜けにくい程に突き刺さっているようで、セリクも抜くのを手伝っていた。
「イルナ様!大丈夫ですか!?それにどうやって…」
イエルハルドがウィクトルに付けた護衛の兵士達がイルナに駆け寄る。突然現れたイルナに驚きはしたものの、それよりも彼女が怪我をしていないかの方が気になっているようだ。何しろイエルハルドが滅茶苦茶可愛がっているお嬢様だ。何かあっては大変だからだろう。
そんな彼等にイルナは苦笑いをしながらも、大丈夫だと告げる。そしてこれ以上は聞かないで欲しいと言うと、彼らは何かを察したらしく、それ以上追及してくる事はなかった。
けれどウィクトルは突然自分の所に転移してきたイルナをじっと見つめる。その視線が気恥ずかしくなったイルナは、少し視線を外してポソリと呟いた。
「あの…私……」
こんな場所まで転移してきたものの、イルナは何を言っていいのか迷い、思わず口を噤む。けれどウィクトルはそんなイルナに優しく微笑むと、彼女の前にストンと座り込んだ。目の前の地面に座り込んだウィクトルを見てイルナが驚く。
「ウ、ウィル様!そんな、地面に座ると汚れますよ!」
「それを言うならイルナもだろう?それにこの方が話しやすい」
「それは…」
自分に合せる為に地面に座ったらしく、ウィクトルは悔しいほどに爽やかに笑う。思わずグッと言葉を詰まらせたイルナだったが、こうも気を使われたら話すしかない。すーはーと深呼吸をしてから、今度はゆっくりと語り出した。
「あの、ウィル様。私…聖竜の巫女の選定に参加する事になりました。それと、第二王子のウィクトル様との婚約の話もルーメン家に来てるそうなんです。でも…」
「……」
勿論イルナとの婚約の話は知っている。何しろ自分が打診したからだ。だが、イルナは自分が「ウィクトル」だとは知らない。彼女の気持ちは分からないが、表情からして複雑そうに見えた。それを喜んでいいのか悲しんでいいのか測りかねるウィクトルだったが、イルナの次の言葉でそんな考えは吹っ飛んでしまった。
「…私、キルスティと一緒にエルフの村に行こうと思ってるんです」
「え…」
さすがに予想しなかった言葉にウィクトルもユリウスも固まる。そして一足先に覚醒したユリウスが、なるべく平静を装いながらイルナに質問した。
「何で急にそんな話になったの?エルフの村って、人間は滅多な事じゃ入れてもらえないって聞いてるけど…」
エルフは人間をそれ程信用していない。街に出て人間とパーティーを組んでハンターとして活動しているエルフもいるが、それはごく一部だ。そもそも人間とエルフは種族が違うので考え方も違う。そして生きる時間も違うのだ。だから深く関わらないようにしていると、そう聞いていた。
「色々あって…私、行かなければいけない場所があるんです。だけど今の自分じゃ到底無事に辿り着けない。それで、一度エルフの村へ行って方法を探しに行こうと思ってるんです」
「それは…」
「…?」
「それは、君が行かないといけないのか?」
ウィクトルが問う。確かに今の話だけではイルナがエルフの村に行く事の理由にしては無理がある。行かなければいけない場所の事も、キルスティとエルフの村に行く事も、何も説明していないのだからウィクトル達が納得するはずもない。
「君は聖竜の巫女の選定に出るんだろう?もし選ばれたらそんな冒険できなくなる。それでも君は行くのか?聖竜の巫女の務めを放棄して」
「…聖竜の巫女には選ばれませんよ」
「何故そう言い切れる?」
「私には母のような素質はないからです。増幅術師なのですから、聖女のような役割は無理ですよ。それに、選ばれたとしても行きます。私にしかできない事をする為に」
今度は目をそらさず真っ直ぐにウィクトルを見る。お互い数秒間じっと見つめ合う形になり、先にウィクトルが視線を逸らした。
「…イルナは俺に頼ってはくれないんだな」
「え…」
少し拗ねたような物言いにイルナの目が瞠られる。
「イルナが一人でエルフの村に行くなんて反対だ。それに聖竜の巫女にならなくても、君には王家からの縁談が来ているんだろう?それはどうするつもりなんだ?」
「それは…」
痛いところを突かれてイルナが口籠る。そして縋るような目でウィクトルを見てしまい、慌てて目を逸らした。それに気付いてしまったウィクトルは少し動揺する。まさかそんな目で見られると思わなかったので、完全に不意打ちだった。
「ウィル様は…こ、婚約者はいるんですか?」
「え…」
まさかの質問の内容にウィクトルが固まる。返事をしないウィクトルの様子を見て、イルナの方は肯定と取ったらしく、悲しそうに微笑んだ。
「すみません、不躾な事を聞いてしまって。ウィル様のような素敵な方なら、いて当然ですよね」
「俺は…」
「ユリウス様も、婚約者はいらっしゃいますか?」
「僕は残念ながらいないよ」
「そうですか…。ユリウス様程の方なら引く手数多だと思ったんですけど、ひょっとして選り好みしてます?」
「そうかもね」
クスクスと笑うイルナに何か違和感が感じられる。ウィクトルは我慢できずにイルナの肩に両手を置き、ぐっと顔を近付けた。
「イルナ」
「ウ、ウィル様?」
急に接近してきたウィクトルにイルナの視線が泳ぐ。思いの外真剣な表情に驚くと、何となく察したらしいユリウスがセリク達と共に少し離れた所へと移動した。それにはイルナも慌てだす。けれどウィクトルは手を放してくれない。それどころか、肩に手を置いたまま少し下を向いて何かを考えるように目を閉じ、眉間に皺を寄せていた。
「ウィル様…?」
段々心配になってきたイルナは、恐る恐るウィクトルの名を呼ぶ。するとウィクトルの方も意を決したのか、スッと顔を上げてイルナを見た。
「俺も一緒に行く」
全く予想していなかった言葉がウィクトルの口から告げられた。




